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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「どちらまで?」(恵誕)

2018.04.27 更新

 私は暗闇の中にいた。
 どうしてここにいるのか、何をしているのか、よくわからない。
 身体が鉛のように重い。
 腕にぐっと力を入れ上半身を起こすと、目の前にすうっと背中が浮かびあがった。
 誰だろう? じっと見ていると、その背中の主は振り向いた。
 男、のようだ。
 というのも、ネクタイが絞められたシャツの上に顔はなく、ただぎょろりとした目と鼻の穴と口だけが闇に浮かんでいた。
 私は不思議と、その奇妙な男が怖くなかった。

「ここは?」
 尋ねると、男はにやりと笑った。
「タクシーの中だよ」
「タクシー? どこへ行くんだ?」
「それを今から決めるんだよ」
「決めるって何を?」
「死んだ後の生き方、いわゆる死後活ってやつ」
「私は死んだのか?」
「だから、ここにいるんだ。俺は死後活ドライバー。こうして死んだ後の生き方を案内してる」
 そう言うと男は骨だけの指をパチンッと鳴らした。
 タクシーの運行状態を示す表示灯に「案内」の文字が灯り、身体にかすかな重力を感じた。静かに動いているのだろう。目が慣れてくると、車内の様子が見えてきた。

 それにしても自分が死んだ、という記憶がまったくない。
 事故だろうか、病気だろうか、思い出そうとしても記憶に鍵がかかっているように、何も思い出せない。
「それで、あんたはどこ行きたい? 何したい?」
 ドライバーはメーターの横にあるカーナビをカツカツと爪で叩いた。
 どこへ行きたいかと聞かれても、いったいどこへ行けるというのだろう。だいたい、死んだ後の生き方って何のことだ。終活ならまだしも、死後活なんて聞いたことがない。
 呆然と闇を見つめる私に、ドライバーが話しはじめた。

「あんたさ。死んだら漠然と天国か地獄、もしくは無になるって思ってただろ?」
「違うのか?」
「違うんだよ。死後の世界も変わったんだ。
 これからは死んだ後も生き方が選べるようになる。死んだら終わりじゃないんだ」
「ばかな……」
 私はドライバーの言ってることがまったく理解できなかった。
「はは。とくに信仰もないあんたみたいな人間は、だいたいそんな反応だよ。
 恋をしてもいい、商売をはじめるんでもいい、資格試験めざして勉強するんでもいい……まず、やりたいことを言ってみろ、俺がそれにふさわしい場所まで案内してやる」
「やりたいことって言われても……」
「ここは現世よりずっと叶いやすい。やったもん勝ちだ。あんたいったい、何を迷ってるんだ?」
 私は一呼吸おいて、尋ねた。
「現世に行きたい場合はどうすればいい?」
 その質問に、ドライバーは首をかしげた。
「戻りたいのか? そんなはずはないね。あんた生前、“死んじまいたい”って何度も言ってただろ」
「私が? いつそんなこと……」
 そう言いかけて、頭の奥がズキンズキンと脈打った。
 そうだ。確かにそんな言葉を言ったことがあるかもしれない。こうして、ナビの画面を見ながら……。

「戻りたいかどうかはわからないが、気になる。どんな仕事をしていたのか、家族はいたのか。だいたい死んでから恋とか商売とか資格って何だよ。そんなの意味ないだろ」
 私の発言が気に入らなかったらしく、チッと舌打ちする音が聞こえた。
「あんた何言ってんの? ここじゃ意味ないって何? それぜんぶ、あんたが生きてる時に抱えてた、願望だよ」
「私の願望?」
「そう。今度生まれ変わったら、もっと勉強して恋して転職して……ってやつ。忘れる程度のものだったんだな。
 それと、現世に行くのは無理。だってあんた死んだんだもん」
 私はやつの横柄な態度に、何だか無性に腹が立った。
「何も生き返らせろと言ってるわけじゃない。少しでもいい、現世へ連れてってくれ。金は払う。いくらだ? タクシーなんだから、払えば行きたい場所へ連れてってくれるのが筋じゃないのか?」
 ポケットに手をつっこみ、財布をさがした。残念ながらコイン一つない。
 ドライバーはため息をつき、あきれ顔でこっちを向いた。
「あんたさ、金とか筋とか何言ってんの? ここは死後の世界なんだからそんな理屈、通じるわけないだろ。だいたいさ……」
 その時、どしん、と何かがぶつかり車が停車した。
 フロントガラスに白い影が映る。その白い物体はするりとドア横へまわりこみ、かつん、かつん、と窓を叩いた。
 ふわふわモコモコとした白い塊。それは……
「マル!」
 そう。その白い塊は私が飼っているマルチーズのマルだ。
 扉を開けようとしたが、びくともしない。私はドライバーに開けるよう頼んだ。
「無理だね。ここはまだ生と死の中間地点。死んだあんたを外へ出すわけにはいかない」
「いいから、開けろ」
「しつこいな、あんた死んだんだよ。あんたはタクシーの運転手で、いろいろうまくいかなくなって、自分で山道のガードレールに突っ込んだんだよ」
「うるさい。とりあえずマルに餌をたっぷり与えてからじゃないと死ねない。とりあえず開けろ、開けてくれ!」
 私はドアを蹴った、指が折れるほど窓を叩いた、力のかぎり全身でぶつかった。暴れながら、確かにドアの色も、シートの感触も、覚えがあることに気づく。
 車はグラグラと揺れ、そしてついに横転し、そのままゴロゴロと転がり落ち、大きくガツンと何かにぶつかるとボンネットから炎があがるのが目に入った。暗闇にめらめらと真っ赤な世界が広がる。

 熱さと煙で意識が遠のく中で、叫ぶ声が聞こえた。
 ドライバーか? いや違う。もっと強く、太く、確かな存在。炎のむこうでその声は言った。
「タクシーの中に人がいるぞ! おい、大丈夫か? 生きてるか? よし、救出するぞ!」

 ドライバーは、動けずにいる私を見下ろすように立っている。今まで暗くて気づかなかったが、なぜか私の制服を着ているではないか。

「おまえは一度死んだんだ。そう思って生き直したらどうだ?」
 そう言うとやつは、扉を開いた。

(了)

恵誕さんの前作「夜の待合室」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory40.html

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著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した6名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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