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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

世にも小さな ものがたり工場 ブック・カバー
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「小さなお客さま」(長野良映)

2018.04.27 更新

 人の多い通りを流しているのに、一人もつかまらない。それもそのはずだよ、と太一はうんざりしました。
 タクシーだとわかる表示が天井についていないし、「空車」のサインもない。普通のクルマと同じ外見なのです。
 太一は普段便利屋として働いていますが、今日の依頼はタクシーの運転代行です。
 ため息をつき、仕事を引き受けたことを後悔しながら、依頼人に言われたことを思い出します。
「お客さんは急に乗ってくるから、ちゃんと乗せてあげてください」
 しかしいつになったら乗ってくるんだろう。路肩に停めてぼーっとしていると、フロントガラスががたがたと揺れました。
 数羽のツバメがガラスを突いていたのです。
「おいおいやめてくれよ」
 追い払おうとしてドアを開けると、ツバメたちが車内に滑り込んでしまいました。
 やられた、中が荒らされてしまうのではないか。覗き込むと、3羽のツバメが後部座席にちょこんとおさまっていました。
「小桜駅までお願いします」
 太一は自分の耳を疑いました。だけど声はどう考えてもツバメから発せられています。
「すいません、急ぎでお願いできますか」
 尖った口調で隣のツバメが言いました。どうやら耳は正常のようです。
「わかりました」と律儀に答え、あたふたとクルマを発進させました。
 赤信号で停まったときルームミラーで後ろを確認しても、やはりツバメたちはそこにいます。
「もしかして運転手さん、はじめてですか」
 そう聞かれても、何もかもはじめて尽くしです。
「このタクシーに人間の大人は乗れません」と一番大きなツバメが歌うようにさえずります。
「われわれ小さな動物や」と隣のツバメ。
「人間の子供のためのもの」と甲高い声の子供ツバメ。
「知りませんでした」ツバメの勢いに押されて答えました。お客様が動物だなんて、依頼人は一言も教えてくれませんでした。
「お客様は人間の言葉を話すことができるのですね」
「都会に住む身として当然です。人間の前で話さないだけです」
「タクシーだってよくわかりましたね」
「クルマの匂いでわかるんですよ」
「はあ……しかし、なぜ利用されるのですか」
「そりゃあ華麗に空を飛びたいです。しかし電線がはりめぐっていては安全に移動できません。いままではある駅に巣を作らせてもらってたんですが改修工事が入ってしまって、泣く泣く住み処を変えた次第です」
 人間の都合で引っ越しせざるをえないことに申し訳なさを覚えながら、目的地まで安全に走りました。
 駅に着くと、大きなツバメがひらりと飛んでいきました。
「お礼を持ってまいりますから、しばしお待ちを」
 代金のことなど頭にありませんでしたが、待っていると、500円玉をくわえて戻ってきました。
「そんな、いいですよ」
「こういうところはしっかりとしておかないと。なあに、巣を作ろうとしている屋根のところにあったものですから」
 ツバメたちは羽ばたき、青い空に吸い込まれていきました。
 太一はしばらく眺めていましたが、気を取り直して窓を閉めると、
「花園町の3丁目へ頼むよ」と妙に落ち着いた声が。まるまるした灰色の猫が座席にもたれていました。
「いつの間に」
「ちょっとした隙間から入れるのが猫ですから。急ぎでお願いします?」
 動物に急かされていることに変な気分になりながらもクルマを出しました。
 しばらく走ると、なあ、と後ろから声がかかりました。
「喉がかわいてね。何かないかい」
 太一はクルマを停めて、ツバメにもらった500円で缶コーヒーを2つ買いました。とりあえず渡すと、猫は前足を器用に使って缶を開け、傾けました。
「ぷはぁっ。一度飲んでみたかったんだ」
「自宅では飲まないのですか」
「飼い主さんは厳格だからね。私には決まった食事と水しかくれないよ」
「なぜ外出されているのです?」
「私は家の中で飼われていた。だがどうにも退屈で。ある日、隙を狙って外に出てみた。飼い主の止める声など耳に入らず、広がる世界に圧倒され、我も忘れて駆け抜けた。だが気が付いてみると、私は家に戻れなくなっていた……外で暮らしてみて、やはり慣れ親しんだ家が一番だとわかったよ。運転手さんもそう思うだろう?」
「確かにそうですが……それではタクシーをご利用になったのは」
「ああ。帰り道がわからなくなったんだ」
 猫の指示する通りに住宅街を走り、立派な一軒家につきました。家の近くまで来れば猫の鼻がきいたのです。
「着いたようだな。ありがとう」
 落ち着いた調子からは想像できないほど、猫は玄関へ一目散に走っていきました。
「やった!帰ってきたよ!!」
 子供のはじけるような歓声が聞こえました。猫が帰ってくるのを待ち望んでいたのでしょう。
 とてもいいことをした気分でしたが、お礼のことが頭をよぎりました。まあいいか、とクルマを降りて背伸びをすると、空中を漂う何本かの筋が目に入ります。それらはふわふわとクルマの中に流れ込みました。
 猫じゃらしでした。お礼のつもりなのでしょう。猫らしいお返しに、太一はくすりとしました。
 また座ってシートベルトを締めようとすると、いつの間に幼稚園くらいの男の子が足をぶらぶらさせて座っていました。真ん丸な目でぽっちゃりしたかわいらしい子です。
 慣れてきたのでさほど驚かず「どちらまで」と尋ねると、
「山里神社までお願いします」とはっきり答えました。
「夜になる前に急ぎでお願いします」
 目的地までは30分ほどでした。動物のお客さんでなくてほっとしました。
「どうしてタクシーに乗ったの?」
「お父さんとお母さんからはぐれちゃったんだ。帰り道がわからなくて」
 男の子は猫じゃらしを揺らしたり、息を吹きかけたりして遊んでいました。自分の鼻に近づけるとむずむずしたようで、大きなくしゃみをしました。様子をミラーごしに見ていた太一は、顔をほころばせます。
 恥ずかしいところを見られた仕返しとばかり、男の子はねこじゃらしで太一の首筋をくすぐりました。太一は真剣な顔で必死にハンドルを握りました。
 日が暮れかかっていました。鳥居の前に停車すると、子供は先ほどの猫のように駆けていきました。
 探していたのでしょうか、ちょうど鉢合わせた両親に飛び込むように抱きつきます。
親も子供もわんわん泣いてしまって、太一が入り込める感じではありません。
 親子の邪魔にならないように、太一はゆっくりとアクセルを踏み、去っていきました。
 依頼人にクルマを返した次の日、家を出た太一は立ち尽くしました。玄関先に色とりどりの野菜が山のように積まれていたのです。
「いったいどういうことなんだ……」
 見てみると、あの子供が遊んでいた猫じゃらしがそえられていたのです。
「あの子からか……あんなお客さんばかりでも、こんなお礼をもらえば生活していけるな。しかし、あんな子どもがどうやってこんな野菜を……」
 そのときです。たぬきが変身に使うような大きな葉っぱがふわりと舞い降りてきました。

(了)

長野良映さんの前作「メーターの休暇」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory43.html

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した6名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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