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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「シロツメクサの花束を持って」(滝沢朱音)

2018.04.27 更新

 ――タクシーに乗ると、花の香りがした。
 思わずクンクンと鼻を鳴らした俺に気づき、運転手が言う。
「においますか、すみません。前のお客さんが、花束を持ってたので……」
「いや、いい香りだよ。懐かしい。なんの花だっけ」
「……それがね」
 若い運転手は、苦笑した。
「シロツメクサです」
「シロツメクサ?」
 別名、クローバー。初夏になると野に咲く、素朴な白い花だ。姉が花冠を作っていた幼い頃の光景を、俺は思い出した。
「でも、あれって、花束にするような花じゃないよな?」
「ええ。つい懐かしくなって、たくさん摘んでしまったのかもしれませんね。まん丸なブーケみたいにして……そういえば、えらく綺麗な女性でしたよ」
「へえ……!」
「まるで女優さんみたいに整った顔立ちで。僕と同い年くらいだし、思わず口説きたくなったけど、お客さんだから我慢しました。あはは……!」
 上機嫌に笑う運転手は、おそらくまだ20代だろう。さわやかな風貌の彼なら、その女性を本当に落とせたかもしれない。
 そんな彼が、中高年の多いタクシー業界をわざわざ選んだ理由が、ふと気になった。
「運転手さんは、なんでこの仕事してるの?」
 そうたずねると、彼は前を向いたまま、首をすくめた。
「これは、いわゆる……世を忍ぶ仮の姿です」
「仮の姿?」
「はい、食っていくためのね。実は僕、小説を書いてるんですよ」
 彼はバックミラー越しに、こちらの反応をうかがいみている。その期待通りに、俺は驚いてみせた。
「へえ、小説家なのか! すごいなあ」
「いやいや、まだ卵ですけどね。運転手は時間の融通もきくし、小説のネタに事欠かないという利点もあるので……」
 そのとき、舗装状態の悪い道を通ったのか、車内が揺れた。少し体勢を崩した俺は、足元に1冊の手帳が落ちていることに気づいた。
 表紙に四つ葉のクローバーとシロツメクサの花をあしらった、かわいいデザインの手帳。あきらかに女物だ。
(前の客が落としたんだな)
 女優のように綺麗だったという客が、どんなことを書いているのか。興味を持った俺は、運転手に気づかれないように手帳を拾い、そっと開いてみた。
 表紙をめくって1枚目には、几帳面な字で、こう書かれてある。

『シロツメクサの花言葉は、〝復讐〟――』

 いきなりの強烈な1文に、俺はどきりとした。

『そして、クローバーの四つ葉は、磔(はりつけ)の十字架を意味するのだという。
 磔にしたいほど憎いあの男は、そんなことを知りもしないだろう。
 復讐のため、ようやく居場所を突き止めた今、男はタクシーの運転手になっていた』

(え……?)
 俺は、前の運転手の様子をそっとうかがいみた。彼はこちらに気づかず、ふんふんと鼻歌を歌っている。

『あくまで生活のためだ、これからも小説家への夢は追い続ける。
 そう言いながら、いまやタクシーのほうが本業になり、小説を書く気力が無くなっていることを、彼自身は認めようとしない。
 新人賞への応募も長らく途絶え、空き時間にはマンガを読んだり、ゲームをして気を紛らわせている。
 たまに客に夢を語り、悦に入っている様子は、哀れですらある。
 私の復讐は、この怠惰な男を、結果的に救うことにもなるのだ』

(これは、やはり……この運転手のことだろうか。だとすると、シロツメクサの花束を持っていた女性は、彼に復讐するために、このタクシーに乗ったというのか)
 俺は思わず身震いをし、手帳の頁をめくった。

『同級生だった私に薬を盛り、犯した男。
 私の方から誘ってきた、ブスだし好みではないが、仕方なく付き合うことにしたと、男は周りに吹聴した。
 ショックのあまり、私は心を病み、大学をやめた。
 それから長い間、自分の殻に閉じこもらざるをえなかった私は、男への復讐を決意すると同時に、整形手術を受けると決めた。
 復讐の際、男に私だと気づかせないためだ』

 筆跡は乱れもせず、整然と書かれてあり、女性の決意のほどがひしひしと伝わってくる。

『手術で綺麗になった私は、男のタクシーに試しに乗ってみた。
 男の顔を見ると、吐き気とともに恐怖もよみがえってきたが、復讐への強い思いがそれらを打ち消した。
 男は私だと気づかず、美しさに見とれているようだった。
〝素敵な運転手さんね、気に入ったから、今度は指名乗車するわ〟と告げると、男は鼻の下をのばした』

 運転手を見ると、彼は呑気にあくびをしている。

『そして、復讐の方法。
 かつて私がそうされたように、彼にも同じ方法を取ることにした。
 いわゆるレイプドラッグと呼ばれるものを調べ、少し時間を置いてから確実に効き目があらわれるタイプの薬を選ぶと、私はそれを、カフェオレのボトルに混ぜた。
 再び男のタクシーに乗車したら、自慢話を聞いて気を許させ、降り際に〝お疲れ様〟と言って、男に渡すつもりだ。
 降車場所は、Mインターのそばにしよう。あのあたりの道路は、魔の急カーブと呼ばれる場所がやたらと多いからだ。
 そのときは、シロツメクサの花束を持っていこう。男への、せめてものはなむけに』

 ――ぞっとした。
(Mインターのそばって……俺がこのタクシーに乗った場所じゃないか!)
 俺は祈るような気持ちで、運転席のほうを見た。
 はたして、ドリンクホルダーには、カフェオレのボトルが置かれている。
 ――間違いない。俺の前に乗っていたのは、この運転手に復讐をしようとしている女だ。
「あ、あの、運転手さん」
「……はい」
「そのカフェオレって、新商品だよね。おいしかった?」
 男は、ふわぁとまたあくびをしながら答えた。
「ええ……さっきのお客さんに、眠気覚ましにと……もらって……」
 男の語尾が、奇妙に途絶えた。
 タクシーはかなりのスピードを出している。アクセルを踏んだまま、眠ってしまったのだろうか。
「運転手さん、ちょっと、運転手さん……!」
「……」
「起きてくれ! 頼む、起きて!!」
 ハンドルが揺れ、車が蛇行する。
 そして前方には、『この先急カーブ注意』の大きな表示。
 俺は必死で運転手の肩をたたき、それでも男の首が傾いたままなのを確認すると、声にならない声で絶叫した。
「わああああああああああっ……!」
 両手で顔を覆い、とっさに前傾姿勢をとった。もうだめだ――

「――お客さん」
 ふと気づくと、運転手がこちらを向いていた。車は路肩に停車している。
「着きましたよ。これ、飲んでないんで、よかったらどうぞ」
 男はカフェオレのボトルを俺に差し出し、にっこりと笑った。
「ふ、ふぇっ……?」
「そうそう、この車の芳香剤、シロツメクサの香りなんですよ」
 何が起こったのかわからず呆然としている俺に、男は言った。
「その手帳に書いたのは、この香りから発想した小説です。なかなかの迫力だったでしょう?」

(了)

滝沢朱音さんの前作「荊の館」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory33.html

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した6名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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