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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「怪奇タクシー」(行方行)

2018.04.27 更新

 怪奇タクシーが、いた。
 弔事の垂れ幕のように白黒に塗られたタクシーが、赤信号で停まっている。聞いていた通り、口の大きい白髪の老人が運転席にいて屋根の行灯には霊と書かれていた。
 深夜二時半、墓地沿いの幹線道路を歩いていた私は、それを見つけて色めきだった。
 怪奇タクシーに乗ると、さまざまな霊現象に襲われる。
 そういう噂を耳にしていて、どうしても体験してみたかったのだ。
 何ヶ月も交通量の多い国道で待っていても見つけられず、インターネットでも画像は出回っていない。東尋坊で見かけた、いやいや富士の樹海で客を降ろしていた、札幌の時計台で荷物を積んでいた、東京タワーのしたで休憩していた、などが伝わってくるだけだった。
 信号が変わって、怪奇タクシーがこちらに向けて進みはじめる。
 手をあげたが停車する気配がない。私は思わずタクシーの前に飛び出した。急ブレーキをかけて車が私の直前で停まる。なにか独りごとを言っている運転手と目が合った。後部のドアが開く。
 期待に胸を膨らませながら乗り込むと、座席に手のひらほどの染みがあった。車内灯はときどき明滅し、冷房が効きすぎていて夏なのにはっきりと寒い。怪奇タクシーらしい演出に嬉しくなって、ふふふ、と笑ってしまった。濡れているところを避けて運転席の後ろに座る。運転手が振り返り、にっと白い歯をむき出しにした。
「へいらっしゃい。急に車の前に現れたものだからびっくりしましたよ。暑くはないですか。明日も真夏日だそうで、こう連日だとたまらないですねえ。荷物はありませんか。音楽でもかけましょうか。そういえば、昨日、面白いお客さんを乗せましてね、あ──」
 運転手は慌てた様子で気難しそうな表情になり、蚊の鳴くような声でいった。
「どちらまで行かれますか?」
 これも雰囲気作りなのか、運転手は話したいのを我慢するように、口をもごもごさせている。たしかに怪奇タクシーにおしゃべりは似合わない。
 行き先より持ち合わせはあったろうか。ポケットを探ると、どこに置き忘れたのか財布がなかった。しかし、せっかくの怪奇タクシーを降りたくない。どう言い繕って居座ろうかと車内を見回すと、そもそもタクシーメーターが付いてなかった。料金は、と訊く。
「無料なんですよ」
 ──北海道でも九州でもお金はいらないんですか。そんなまさか、どうして。
「お客様には秘密なのですが……そうですね。もし、またこのタクシーにお乗りの際にお教えしますよ」
 一度だけでも大変なのに、また見つけるなんて奇跡がありえるのだろうか。
 運転手は沈黙した。行き先の指示を待っているようだ。
 家に帰ろうか。しかし、ここからそう遠くないので怪奇タクシーを堪能できない。もっと遠くにいいところはないか。いや、そもそも金がかからないのだから自由でいいのだ。
 ──とりあえず走らせてください。
 そう言うと、運転手は困ったように唸った。
「ご自宅でも思い出の地でも、どこかに目的地はありませんか」
 こんな夜更けに行きたい場所なんて思いつかない。
 ──では、北にまっすぐで。
 強く言い切ると、わかりました、と運転手は車をUターンさせた。
 住宅街を抜けると、つづら折りの山道に入っていく。民家も商店も自動販売機もなく街灯もまばらなので、周囲のほとんどは完全な闇だ。ぞくぞくした。これこそ怪奇タクシーが進むべき道ではないか。
 ひ。思わず声が出た。隣席の染みが私のところまできていて、お尻が冷たい。指先につけて見ると無色だった。かすかなすすり泣きが聞こえる。目を凝らすと、俯いて泣いている黒髪の女性が見えた、気がした。その涙がシートを濡らしているらしい。私は口もとが緩むのを押さえながら、言った。
 ──なにか、シートが濡れているのですが。
 運転手は黙ったまま、車を停めた。
 閉店した個人商店の前だ。看板は外され、出入り口には板が打ちつけられている。隙間から店内を覗くと、商品はなくレジだけが残されていた。後ろのドアが開き、だれも乗り降りしていないのに車体が大きく揺れる。すぐにドアは閉まり、再び車は動き出した。
 ──あらまあ、そうなの。
 車内で、素っ頓狂なほど明るいおばさんの声がした。──いいわねえ。ええ本当に。そう聞いたけれど。羨ましいわ。ねえもっと聞かせて。
 隣に、エプロンをつけた大柄な女性が見えた。おそらくさっきの店のおかみさんだろう。お客さんらしきだれかと楽しげに話していて、淀みなく終りが見えない。怖いというよりのどかだったので、早々と運転手に声をかけた。
 ──なにか、話し声が聞こえるのですが。
 これにも運転手は答えてくれない。
 見ると、顔をしかめるように口を真一文字に結んでいた。そうまでしないと、つい話し込んでしまうひとなのだろう。
 今度は、廃校になった小学校で助手席のドアが開いた。
 とと、と影が駆け込んできて、急に運転手が前かがみになる。凝視すると、小柄な男の子がその背中で跳ね回っていた。よほど運転手が好きなのだろう、満面の笑みでまとわりついて片時も離れようとしない。慣れているのか、運転手は気にする素振りもなくアクセルを踏んだ。心配しながら、訊く。
 ──なにか、運転を邪魔されてるようですが。
 もちろん返事はない。
 それからタクシーは、公民館や病院や火葬場やバス停で何人もの幽霊を乗せ続けた。
 そのたびに、びしびしと衝撃音が響き、バックミラーに血だらけの老婆が写り、ナビが道案内してくれなくなって、天井にいくつもの汚れた手跡がつき、窓にひびがはしり、タイヤがパンクし、暗いトンネルで立ち往生し、急ブレーキをかけると崖の手前で、あいかわらず世間話とすすり泣きが聞こえて車内は凍えるほどに寒い。いまや車内は賑やかなお化け屋敷の様相を呈していて、ふふふ、と私は笑みを抑えきれなかった。
 つぎはどんな怪現象が起こるのか、楽しみでしかたがない。
 車内のもうひとり──運転手はどうだろう。様子を覗くと、相変わらずの猫背で口を必死に閉じている。
 ──怖くないんですか。せっかくですので話しを聞きたいのですが。
 水を向けると、運転手はあっさりと答えてくれた。
「慣れました。そういうタクシーですからね」
 ──怪奇が起こる、タクシー?
「幽霊のためのタクシーですよ。ご存知のように、タクシーは知らずに多くの幽霊を乗せてきました。そうして、トランクルームが引っかき傷だらけになったり、異臭が染みついたり、ウィンカーが点かなくなったり、運転席が歪んだり、ボンネットがひしゃげたり、遠方まで運んだのに料金を払わずに消えられてしまったり、と多額の損害を被ってきたわけです。そこで業界はこのタクシーを生み出しました」
 子供が背中で暴れるので、運転手の猫背がどんどんと深くなっていく。
「ご覧のように、私は霊に取り憑かれやすい体質ですし、この車体も多くのタクシーのなかから特に霊現象ばかり起こるものを選びました。ですので、少し走れば簡単に幽霊を見つけられます。そうして乗っていただいて……」
 崩れかけた民家の前でタクシーが停まり、ドアが開いた。
 車が左右に振られ、あれだけしつこかったおかみさんの話し声が遠のいていく。
「幽霊であってもお客様ですから、目的地にお連れするとほとんどの方は満足して成仏されるんですよ。そうやって私は実体のない乗客を減らしているんです」
 車が進みだし、私は尋ねた。
 ──幽霊だけなんですか、このタクシーを使えるのは。
「ええ。お客様も、墓地でこのタクシーを待っていて事故に遭われ、亡くなったんですよ」
 ──死んでいる……私が?
「ええ、残念ですが。どこか目的地は思いつかれましたか。そこまでお連れいたしますよ」
「……」
 私はしばらく考え、首を左右に振った。
 ──いえ、遠慮します。
 乗っていれば、もっとたくさんの怪現象を体験できるのだ。
 そんな愉快なタクシーを降りるなんて、もったいない。
 私は運転席の背もたれにしがみついた。
 それから朝も昼も夜もない。決まって交差点で効かなくなるブレーキやドアが開かなくなり餓死しかける運転手、無線から延々と聞こえる呪いの言葉やいつまでも消えない線香の匂い、謎の発光体の出現や本当の交通事故や車体の浮遊や運転手の消失など、話でしか聞いたことがなかった怪異をたくさん体験できて、私は面白くてたまらなかった。
 だからどんな霊が乗り込んできても席を譲らず、どんなに叱責されても降りることはない。いつしか私は、ふふふさん、と呼ばれるようになり、十年ほどが経った。
 タクシーが廃車置場に停まって、運転手が降りていく。
「ふふふさん。残念ですが、お別れです。成仏させられなくて申し訳ない」
 そうしてタクシーは粉砕され、跡形もなくなった。

 気づくと、私は墓地のそばを歩いている。
 深夜だ。
 白黒に塗りわけられた怪奇タクシーが、赤信号で停まっていた。青になり、こちらに走り出す。手をあげても無視されたので、私は車道に飛び出した。タクシーが急停止し、白髪で大口の運転手がうんざりした様子で後部のドアを開ける。
 乗り込むと、背もたれに泥がべっとりとついていて、どこからか赤ん坊が指をしゃぶる音が聞こえ、暖房が効きすぎていて、とにかく暑い。まさに怪奇タクシーらしい雰囲気に、ふふふ、と私は頬を緩ませた。
「どちらまで行かれますか?」
 どこで落としたのか、財布も携帯電話も手もとにない。降りなければならないのか。それならせめて車内を記憶しようと見回したら、タクシーメーターがなかった。
 ──料金は。
「無料なんですよ──あ」
 思い出したように、運転手はつけ足した。
「このタクシーのお客様には、おあしがありませんからね」

(了)

行方行さんの前作「最後のクスリ」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory38.html

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著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した6名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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