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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「魔法のタクシー」(梨子田歩未)

2018.04.13 更新

「右手に見えるのが今東京で一番高いヘブンタワーで、つい二カ月前に完成したばかりなんですよ」
 春のあたたかい風が心地よい。じゅうたんも機嫌よく春風になびいている。
 わたしはヘブンタワーの横をゆっくり旋回するようにじゅうたんを飛ばした。ガラス張りのヘブンタワーに自分の姿が映る。白いターバンに、白い服。胡坐をかいて、ハンドルを握っている。
 本当に気持ちがいい。下に目をやれば、川沿いに咲く桜が満開だ。後ろに乗るスーツ姿の男性がトゲのある口調で言う。
「余計な案内とかはいいから、とっとと目的地まで届けてくれないか。……今、余計な旋回のメーターの値段、あがったよね?」
 ちっという舌打ちを背後に聞きながら、高揚した気持ちは、一気にしぼんだ。悔しい気持ちをぐっと堪え、穏やかな口調を心がける。
「誠に申し訳ございません」
 いちに安全、にに快適、さんに誠実、移動の際には魔法のじゅうたん社のタクシーをご用命ください、と社のCMコピーを頭の中でリフレインさせる。
「またのご用命をお待ちしております」
 じゅうたんを降りて、振り返ることなく去っていく男性に向かって深く頭を下げる。結び目がゆるかったのか、頭からターバンがほどけ、地面に落ちた。
 わたしは空を仰いだ。
 雲一つない青い空。けれど、空には雲型、ほうき型、UFO型、思い思いのタクシーが飛んでいる。

 会社のロッカーに戻り、ターバンを丸めたままぶち込む。
 目ざとく見つけた社長がロッカーを開ける。
「ちょっと、ちょっとしわになるから、ターバンはちゃんと畳むこと。身だしなみを整えることも大事な仕事だよ」
「はぁ、い」
「ため息を返事で誤魔化さない。じゅうたんも、ほこり払って、ちゃんと干して」
「はぁ」
 動力を切ったじゅうたんは重い。引きずるようにして、ベランダに持って行く。ドローンタクシーが解禁になってから、約十年。
 もはや空飛ぶタクシーは当たり前で、うちみたいな弱小は何か独自色を出す必要がある。
 じゅうたんに目をつけたのはいいと思うけれど、中途半端なインド人風衣装はもうただのコスプレだ。
「やっぱりタクシーと言えば、タクシー帽でしょう」
 わたしには、憧れのタクシー運転手がいる。丁寧な運転、心地よい接客、何よりタクシー帽子に白い手袋、ぱりっとした服装。一人旅で緊張する小さな子供だったわたしをひとりのお客様として丁寧に扱ってくれた。
 自分がそのタクシー運転手になったのに、毎日思い通りに行かないものだ。
 修学旅行生を乗せた時、ヘブンタワーの周りを回ったらとても喜ばれた。同じお客様はいない。観光目的か、目的地に急いでいるのか、話しかけてほしいのか、そっとしてほしいのか、状況も気持ちも違うのに、同じことをして喜ばせよう、と思った自分が浅かったのだ。
 仕事をはじめて一年になるけれど、ありがとうという言葉はまだもらってない。怒られたり、お客様を不快にさせてしまうことばかり。
 安全に正確にお客様を目的地まで連れていくのが当たり前の世界で、ありがとう、っていう言葉をもらうのがこんなに難しことだなんて思ってもいなかった。
「ちょっと、たそがれているところ、悪いけど、今日、夕方から予約入ったよ」
「はーい」
「最近このエリアでタクシー強盗が起きているみたいだから、気を付けなさい。君、ぼおっとしたところがあるから」
「あはは、大丈夫ですよ。いちに安全、にに快適、さんに誠実。お昼行ってきまーす」
 笑い飛ばして、向かう背中に社長がぼそりと呟いた。
「そういうところが心配なんだよ」

 暗闇にぼおと浮かぶ街灯の下で、一人の初老の紳士が立っていた。お客様を驚かせないように、前方からゆっくりと降りる。地面に着くかつかないかのギリギリのところでじゅうたんを宙に浮かせる。
 紳士は、アイロンのきちんとかかったワイシャツ、かっちりとしたスーツを着こなしていた。初めてのお客さまを乗せる時は、いつでも緊張するがこの紳士から漂う優しげな雰囲気にわたしの声も自然と明るくなった。
「ご予約ありがとうございます。魔法のじゅうたんをご用命いただき、誠にありがとうございます」
 紳士は何も言わずに、じゅうたんに足を乗せた。
「行先は、ミライミナトですね。それでは、夜景を楽しみながら、空の小旅行をお楽しみください」
 まだ少し冷たい夜風を切って、上昇する。昼の運転も好きだけれど、夜はロマンチックだ。光が眼下に広がっている。
「お嬢さんは長いのかね、この仕事?」
「ええと、一年です。まだ新米です」
「そうかい」
 妙な沈黙が生まれ、わたしは慌てたように付け足す。
「あの、でも、安全運転しますから」
 紳士の笑い声がした。
「すまないね。そういう意味で聞いたんじゃないよ。仕事は楽しいかい?」
「楽しい、と思うこともありますけれど、まだまだ失敗と反省の方が多いです」
「そうかい、根掘り葉掘りすまないね。わたしもタクシー運転手なんだよ」
「ええ!同業の方でしたか」
「といっても、古い方。地面を四つのタイヤで走っていたころですよ。今じゃもう見かけない。お嬢さんも知らないでしょう?」
「知っています。わたし、そのタクシー運転手さんに憧れて、運転手になろう、って思ったんです」
「おや、そうなんですね。それはタクシー運転手冥利に尽きますね」
 わたしは急な思いつきにどきりとする。
 もしかして、この紳士は、わたしがタクシー運転手を志すきっかけになったあの運転手ではないか、と。年齢も十分あり得る。神様がくれたご褒美だろうか、と。
 おずおずと切り出す。
「あの、空港まで小さい女の子をひとり乗せたことってありますか?」
 返事の代わりに、布が裂ける嫌な音がしたと思ったら、じゅうたんが急に傾いた。
 前を気にしつつも振り返る。紳士が穏やかな笑みを浮かべたままだが、手には月光を反射する鋭い刃物が握られていた。
 じゅうたんは無残にも裂けている。バランスを失ったじゅうたんは、ふらふらと頼りなげに走行している。
 社長の言っていたタクシー強盗という言葉が思いだされ、ぽつりとつぶやく。
「タクシー強盗?」
「タクシー強盗なんて、しやしませんよ」
「じゃあ、一体」
 また答える代わりに、刃物で再度びりびりとじゅうだんを割く。
「どうして?」
「地上のタクシーなんてもう時代遅れだと、わたしたちは、お払い箱です。空のタクシー、魔法のタクシーなんて信じない。墜落させて、信用を地に落とします」
 紳士の静かな口調と言っている内容が正反対で、頭がパニックになる。
「ええ、そんな困ります」
「お嬢さんには申し訳ないことをしました。でも、もう決めたのです」
 紳士はすくっと立ち上がる。紳士がこれからしようとすることを悟ったわたしは紳士に飛びつく。
 抱き付きながら、じゅうたんはぐんぐん高度を下げていく。落下する風の音の中でわたしは叫んだ。
「地上とか空とか形が変わっても、つながっていくものってあるんじゃないんですか。お客さんを思う心とか、役に立ちたいと思う気持ちとか。わたしがなりたいのは、そんな運転手です」
 紳士はわたしの手を振り切って、じゅうたんから一歩外に踏み出した。紳士が闇に吸い込まれていった。
 わたしは前を向き、ハンドルを握り直した。
「いちに安全、にに快適、さんに誠実」呟きながら、バランスを何とか保ちながら安全な着地を試みる。
 地上五メートルのところで一時停止し、そのまま慎重に着地した。
 ターバンはほどけ、髪は風ですっかり乱れている。ターバンの端は、じゅうたんの一部に固く結びつけられ、伸びたターバンの先には、紳士がつながっていた。
 地面に座り込んだ紳士は茫然とした顔で、でもどこか泣きそうな顔で小さく言った。
「ありがとう」
「またのご用命をお待ちしております」

(了)

梨子田歩未さんの前作「繁盛の訳」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory36.html

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した6名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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