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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

世にも小さな ものがたり工場 ブック・カバー
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「夜の待合室」(恵誕)

2018.03.30 更新

「また白雪姫がいない」
 小人たちは大きくため息をついた。
「ここのところ姫は深夜に外出ばかり。王子は心の広いお方だから何も言わないけど、困ったもんです。昨日なんて朝帰りで、それを注意したらなんて言ったと思います? どうせ誰も見てないわ、ですよ」
「はぁ~……」
 七つのため息がこだました。しかし、小人たちはすぐに帽子をかぶり、本棚からぴょこんと飛び降りた。行方不明の白雪姫を探しに行くことにしたのだ。

 となりの本棚の前ではカメとツルとサルが昔話に花を咲かせていた。みんな人の話を聞かず、自分勝手にしゃべりまくっている。けれどなぜか通じ合っているから不思議だった。
 その光景を感心して見ていると、どしん、と後ろから何かがぶつかってきた。
 三人の少年がはじけるような笑顔で駆けずりまわっている。名前を尋ねると桃太郎、金太郎、浦島太郎とのこと。桃と金と浦島がファーストネームで太郎はファミリーネームなのだろうか。
 小人たちが暮らす世界の少年とはずいぶん違って、とても素朴だった。
 太郎ズはホコリを舞い上げながら、傍若無人に走り去って行った。
「きっと彼らもヒマでエネルギーを持て余してるんですね……」
 小人たちは悲しい気持ちでその場をはなれた。
 何やらざぶん、と頭上から音がした。
 驚いて見上げると、そこには鑑賞用の水槽があり、中にいるカクレクマノミたちが逃げまわっている。まるで、何者かに追われるように。
 その原因は人魚姫だった。
 人魚姫はうっとりと身体をしならせ、イソギンチャクの間をゆらゆらと泳ぎ、時おり小さな岩に腰かけ、ひと休みした後は再び勢いよく水の中へ潜り込んだ。
 魚たちは予期せぬ侵入者にただただ、慌てるしかなかった。

 これは白雪姫だけの問題ではない。ここ小児科の待合室・絵本コーナー全体の秩序と風紀が乱れている、と小人たちは感じていた。
 原因はわかっている。
 自分たちに出番がないのだ。
 子供たちをわくわくさせようと本の中でスタンバイしているのに、誰も手に取ろうとしない。そのため、日中はただひたすら本の中でじっと待つしかなく、心身ともにストレスが溜まるばかり。こうして夜に気分転換せざるをえないのである。

「確かに、今の子供たちって本よりもゲームが好きみたいですし」
「待っている間もスマホで動画とか見てる子が多いですよね」
「もしかして、絵本コーナーがあること、知らないのかな……」
 現実を見つめると心が重くなる。それでも小人たちは一列になり、無言で足を動かした。
 しばらく進むと、小人の一人がくんくん、と鼻をひくつかせた。
「この甘く、せつない香り……」
「リンゴだ!」
 鼻を頼りに匂いのする方へ進むと、内科の待合室へとたどりついた。その奥、雑誌のラックの上に白雪姫は腰をおろし、リンゴを片手でポンポンしていた。
「白雪姫!」
 小人たちは一斉に叫んだ。
「もう! いったい、こんな遠くまで来て何やってるんですか! ここはテリトリーが違います。早く小児科の待合室へ戻りましょう」
 小人たちの叫びに白雪姫は応えず、ぽつりと呟いた。

「ねぇ、もしかして私たち、時代遅れなんじゃないかしら?
 私、ここのところ内科の待合室に置いてある本を読んでみたんだけど、私たちの世界と全然違うの。たとえば、このリンゴ。今はね、スムージーにしたり、コンポートにしたり、タルトタタンにしたり……いろいろな可能性があるのよ」
「スムージー? コンポート? タルトタタン?」
 小人たちはとりあえず単語を繰り返したが、まったく意味がわからなかった。白雪姫は続けた。
「私たちは名作と呼ばれ、ずっとずっと昔から多くの人に読まれてきたわ。だけど、これまでやってこれたから、これからもやっていける? ずっと本の中に閉じこもって読んでもらうのを待つだけでいいのかしら? 
 もっと危機感を持って、積極的に外へ出て行った方がいいと思うの。時代は変わってるのよ」
「外って……本の中で生きてきた僕たちが外へ出て、どこへ行くんですか?」
「それは……はっきりわからないわ。でも可能性を求めて外へ、旅に出るのよ。この広い世界には、私たちを待ち望んでいる子がきっといるわ」
「そんなこと言われても……」
 小人たちはオロオロするしかなかった。
 深い沈黙がどのくらい続いたのだろう。その重い空気を壊すように、ドアの開く音がし、かすかな陽の光が差し込んだ。
「いけない! 誰か来たみたい。やだ、もうこんな時間。とにかくみんな隠れて!」
 白雪姫と七人の小人は慌ててラックの下に隠れようとした。しかし、光が彼らをとらえ、影が薄くなってゆく――。

      ☆

「……さん、桜井さん、さ・く・ら・い・さんっ!!」
「あ、看護師長。おはようございます……」
「おはようございますじゃないでしょう。あなた、絵本をこんなに広げて何やってるのよ。さ、早く片付けて!」
「すみません……」
「そりゃあ、あなた、待合室の絵本コーナーを充実させようと一生懸命に取り組んでたから、残念な気持ちはわかるわ。でもね、アニメの鑑賞スペースをつくるためには、どうしても撤去せざるをえないのよ」
「はい。わかってます……でも、申し訳なくって」
「申し訳ない? 誰に?」
「私、子供のころ両親が仕事をしていて、学校にもあまりなじめなくて、いちばんの友達は絵本だったんです。楽しい時も、寂しい時も、絵本の中のキャラクターが励ましてくれたっていうか……ほら、時代的にまだDVDとかスマホとかなかったんで。
 だから、絵本コーナーをなくしてしまうのは、友達の居場所をなくしてしまうような気がしてなんだか……」
 師長は頷きながらじっと耳を傾けた。
 ひととおり話を聞いてもらうと看護師は小さく深呼吸し、机の上に広げた絵本を静かに片付け始めた。
 と、いちばん上の『白雪姫』が手から滑り、床でページが開いた。
「あっ」
 思わず口をおさえ、本を手に取った。
 白雪姫、小人、王子、魔女、森の動物……どのページからもキャラクターが消えている。ただ、景色だけが広がっていたのだ。

(可能性を求めて外へ、旅に出るのよ)
 
 看護師は少し前に見た夢を思い出した。
 そして、大切な友の、旅のぶじを願った。

(了)

恵誕さんの前作「日課」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory35.html

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した6名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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