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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「日課」(恵誕)

2018.03.15 更新

「ハルちゃん、こっちこっち! もう、久しぶりじゃない。全然病院来ないから、みんなで心配してたのよ。具合でも悪いんじゃないかって」
「まぁ、ありがとう。なんだか外に出ると鼻水がズルズルで、花粉症になったみたいなの。でもみんなの顔見たらとまったわ。マキさんは相変わらずお元気そうね」
「この人は元気だけがとりえですから」
「ちょっとあなた、余計なこと言わないでよ。ねぇ、柏木さん」
「わ、わたしに振られても……」
「これでもいろいろあるのよ。息子のこととか、孫のこととか、日本の未来とか……」
「未来、ねぇ……。ところで、新しい院長先生ってどんな方?」
「あらぁ、そうよね。ハルちゃんずっと来てないから、まだお会いしてないのよね」
「外国帰りのチャラついた若造だ。わしは好かん」
「誰もあなたの好みは聞いてません」
「声が低くて俳優さんみたいに彫りが深いお顔なの。しかも若くて!」
「若いっておいくつくらい?」
「五十代半ば、いや、六十手前くらいかしら」
「若いわねぇ」
「小僧だな」
「ああ。どうせなら、私も若い医院長に見てもらいたかった」
「まぁ、バチあたりね。そんなこと言うもんじゃないわ。あなた、大先生にはあんなによくしてもらったのに」
「若くなくて悪かったですね」
「あ、大先生! いらしてたんですか?」
「いらしてたんですかじゃないですよ。みなさん、いいかげん待合室を喫茶店がわりに使うのはやめてください。もうどこも悪くないでしょう?」
「大先生、お言葉ですけど、これが私たちの健康習慣なんです。ここにきてみんなと話した日は肌の色艶もいいし」
「みんなで笑った方がココロも温まりますし」
「それにまだ誰も患者さん来てませんよ」
「あのね、あと一時間もすれば来ますよ、本当の患者さんが!」
「じゃぁ、それまで」
「ダメです。さ、みなさん、帰って帰って!」
「は〜い……」
 大先生に怒られ、陽気なシニアたちはよっこいしょと立ち上がると窓をすりぬけ、ふわりと空へと帰って行った。その様子を眺め男はため息をつく。

「本当に困ったもんです。どうしてあの人たちは死んだあとも毎日通ってくるんだか。それだけうちの病院をかけがえのない場所だと思ってくれるのは、ありがたいことですけど」
「大先生……」
「お、看護師長。おはよう。どうだ? うちの息子は新医院長としてうまくやってるか? 変な横文字使って生意気言ってないか? ちょっとあいつの診察でも見ていこうかな」
「大先生、あの、大丈夫ですから。ご心配される気持ちはわかりますけど、あとは私たちにおまかせください。医院長は大先生が急逝したあと、実にしっかりやってくださってますから」
「いや、ちょっとだけ……」
「大先生!」
「わかった、わかった師長。そう怒らないで。じゃあ、今日もたのみましたよ」
 そういうと、男は立ち上がり、先ほどのみんなと同じ空へと帰って行った。

(了)

恵誕さんの前作「おつかい」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory22.html

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著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

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