キノノキ - kinonoki

キノノキ - kinonoki:ナビゲーション

世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

世にも小さな ものがたり工場 ブック・カバー
バックナンバー  1...2829303132...83 

「天才」(髙山幸大)

2018.02.28 更新

 彼は天才と呼ばれるフィギュアスケート選手。
 スケート選手として全ての面で能力が高いと評されているが、その中でも、誰も真似することのできないジャンプは最大の武器であり、彼の代名詞。
 「人間の限界を超えた回転数」で世界を驚かせ続けている。
 そのジャンプはあまりにも規格外なため、過去の例にならってジャッジすることができず、彼のために競技の採点基準が変更されたほどだ。
 「回っているというよりも見えない力によって勢いよく回されている」
 彼にはそんな感覚があったのだが、それはただの思い込みではなかった。
 本物の天才。
 才能に恵まれた選手は他にもたくさんいるが、この回る力は誰も持ち合わせていない。稀代の天才である彼にだけ与えられたものだった。
 ところが、天からは与えられるばかりではない。
 与えられた分、奪われるものもあった。
 その奪われたものにより、リンク上では難なくできることがリンクの外ではうまくできなくなっていたのだ。
 例えば学生時代、彼は運動神経が良いのにもかかわらず跳び箱が下手だった。
 それに陸上競技はどれも学年一の成績なのに、ハードル走だけは全然ダメ。
 「スケートではあんなに跳べるのに。変わったヤツもいるもんだ」と先生やクラスメイトは笑っていたが、それは単に苦手なせいではない。
 リンクで跳躍力を与えられている分、それと引き換えにリンク外では跳ぶ力を奪われているからなのだ。
 さらに、ゲームで遊ぶ時もキャラクターが跳ぶための操作が上手にできず、いつも序盤でゲームオーバーになってしまうといった具合に、それは自分の体を動かすうえのことだけではなく様々なことに影響していた。
 他にも彼がハンドルを持つとなぜか重く回りにくくなって自動車運転免許の試験に合格できないし、効率の良い栄養補給のためにと購入したジュースミキサーがいつも不調でうまくスムージーを作れた試しがない。修理を依頼しようと電器屋に持って行くと、そこでは快調に回るといった繰り返し。
 また、好きな女の子と遊園地デートに行くチャンスに恵まれた時も入場した途端に豪雨で臨時休園。園内を回ることなく帰宅を余儀なくされた。本当であれば彼女とコーヒーカップやメリーゴーランドに乗って回っていたはずなのに。せっかく彼女も彼に好意を寄せていたのだが、それ以降、疎遠に。
 人並み以上の才能と引き換えに、多くの犠牲も払わなくてはいけないのが天才の宿命。しかし、彼はそれに気がつかないまま過ごしていたのだった。
 そして、難易度の高いジャンプを決めれば決めるほど、それに比例して奪われるものも増え、過酷な状況になっていく。

 将来を有望視され、強化選手に選ばれた頃の彼。代表の座を巡り、ライバルとの争いは熾烈を極めていた。
 ある大会で彼が圧倒的なジャンプを決めた後、悔し涙をこらえながら「君には負けたよ」と握手を求めてくるライバルに対して何も言えず、手を差し出すことさえできなかった。
 無視するつもりはなかったのだが、結果を出した喜びと敗れたライバルにどう声をかけるべきか迷う気持ちが重なって、混乱したのだ。
 これはリンクで渾身の回転をした分、他人に対して上手く立ち回れなかったのが原因だ。
 また、良くしてくれる協会の関係者やせっかくついてくれたスポンサーへの挨拶回りもうまくできないし、自分に教えを乞う後輩に対しては、先輩としてどんな役回りをするべきかがわからない。
 本当は仲良くしたい、色々なことを話したいと思っているのだが、みんなの前に立つとなぜか頭が回らず、いざ口を開いてもろれつが回らず。
 こうして彼はどんどん孤立していったのだった。
 美しい絵を描けるのに恋人との未来を描けず愛を失う天才画家、時代の流れを読む力は長けているのに人の心を読めず仲間に離反される天才実業家……。
 天才は皆、孤独なものだ。
 彼もそんな天才たちと同じ運命を辿(たど)っていた。
 しかし、満たされない気持ちとは裏腹にリンクの上では快進撃を続ける彼。
 国民の期待も最高潮。満を持して四年に一度の大舞台を迎えることになった。

 審査員も観客も緊張しているのが伝わる張り詰めた空気。
 そんな中で彼は、いつも通り自信を持ってリンクに入った。
 「世界一の表彰台に立ってみせる」
 氷を削るシューッという軽やかな音を聞きながら華麗に滑る。
 最初のジャンプをきれいに決めると、場内から大きな拍手が巻き起こった。
 「なんだかいつもよりスムーズに回ったぞ」
 彼は手応えを感じながら滑走し、そして曲が盛り上がるタイミングでゆっくり腰を沈めながら再びジャンプの体勢に入った。
 今日は特に調子がいい。このコンビネーションジャンプは最高のものになると確信した。
 「今だ」
 ありったけの力を込めて、最高のタイミングで氷を蹴る。
 跳んだ瞬間のあまりにも美しく力強いフォームに、これはすごいジャンプになると会場の誰もが息を呑んだ。
 「あれ?」
 彼の体は、いつものそれとは違う高速回転をしている。まるで竜巻になったかのような強烈な回転だ。
 「体がねじ切れる!」
 次の瞬間、足がもつれ、激しく転ぶ。
 リンクに叩きつけられながら何度も横転する。
 その上から降ってくる叫び声とため息の滝を浴びながら、彼はいつまでも起き上がることができなかった。
 すぐに起き上がって演技を続けていれば翌日のフリースケーティングで挽回できたかもしれないが、体験したことのない激しい回転に目を回すとともに、一世一代の大舞台で失敗してしまったショックはあまりにも大きく、それができなかった。
 そのまま棄権した彼は引退を決め、一線を退いたのだった。

 この大会が終わった直後、彼の保有していた株や仮想通貨が大暴落、首が回らない状況に陥ることに。
 全財産を投入したのに加え、親や銀行、金融会社などに巨額の借金をしてまで購入したものだった。
 リンクではいつも強気で判断力に優れた彼も実生活においては真逆。
 スケート選手を引退した後の先行きに不安を覚え、知人に勧められるがままこのようなものに手を出していたのだ。
 
 彼は今までの人生を回想しながら反省し、人との接し方を改めようと誓う。
 そしてその日を境に、色々なことに気が回せる人間になっていったのだ。
 「無口なヤツだとばかり思っていたけど、お前って喋(しゃべ)るのが上手だったんだな」
 みんなと打ち解け、どんどん口が回るようになっていた彼。いつしかその饒舌(じょうぜつ)が評判となり、スケート関係者を通じて「テレビ番組に出演しませんか?」という話が回ってきた。
 「転ばなければとんでもない回転数として記録に残っていた。伝説となったあのジャンプについて話を聞きたい」という出演依頼が殺到したのだ。
 カメラが回る前であの日のことを何度も話しているうちに、トラウマも徐々に消えていった。
 また、金は天下の回り物ということだろうか。これらの仕事に真面目に励んだ結果、いつの間にか借金もなくなっていた。
 『失敗から立ち直るために』という題目の講演で全国各地を回る現在は、忙しさで目が回る感覚も心地よい。
 愛車のハンドルを軽快に回して西へ東へと出かけていく彼の姿は、生気に満ち溢れている。

 リンクで回らなくなった分、リンクの外では回るようになったのだろうか?
 それとも彼が生き方を変えたことで運が回ってきたのだろうか?
 それは知る由(よし)もないが、何もかもうまく回っているように見えて、そうでもないこともある。
 テレビ番組や講演会で言ってはいけない余計なことをうっかり口にして叩かれたり、スケート業界の裏話を深く考えないまま週刊誌に寄稿して怒られたり。
 口が滑り、筆が滑るようになったのは、リンクで滑らなくなってからのことだ。

(了)

髙山幸大さんの前作「神」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory23.html

バックナンバー  1...2829303132...83 

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した6名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

おすすめ作品

cover-works_midori

第10回

東 直子(ひがし・なおこ)

アネモネの姉妹 リコリスの兄弟

「ヒエンソウの兄弟」後編

古内一絵(ふるうち かずえ)

世にも小さな ものがたり工場

「ある日突然○○に!」のショートショート集

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ページトップへ