キノノキ - kinonoki

キノノキ - kinonoki:ナビゲーション

世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

世にも小さな ものがたり工場 ブック・カバー
バックナンバー  1...2425262728...92 

「白紙神社」(行方行)

2018.01.30 更新

 一月十五日になると、私の神社は忙しくなる。
 階段と境内の雪を避け、竹串に団子を刺し、甘酒を温め、灯籠にろうそくを立てて周囲を照らし、庭にブロックで囲いをつくり松飾りや竹やしめなわや薪や藁でやぐらを組む。
 日が暮れはじめたころ、赤ら顔の老人に若い労働者、一升瓶を持った中年に杖をついた老婆など、さまざまなひとが鳥居をくぐってきた。それぞれ袋を抱えていて、やあ久しぶり、とそこここで明るい挨拶が聞こえる。
 番号札を渡しながら甘酒を振る舞うと、だれもがほっとした顔になった。
 いや、大男だけが口をつけようとしない。三十代だろうか。三箱のダンボールをかたわらに重ね、口を真一文字に結んで地面を睨みつけている。あの量だ、丑三つ時の客だろう。
 夜になった。
 月が社殿の屋根に隠れたころ、原稿用紙をねじる。
 それに火をつけてやぐらに移すのが、しきたりになっていた。藁をよく乾燥させていたので、すぐに炎があがる。竹が爆ぜ、集まった数十人の顔が照らし出され、ぱちぱちと薪が音をたてて、やぐらが一気に傾いてあっさりと崩れた。しかし火はしっかりと奥まで達していて朝まで消えない。
「一番の方、お願いします」
 私の声に、生真面目そうな青年が紙袋を差し出してきた。
 なかには、アイディアや構成、会話文をまとめた数十枚の原稿が入っていて、炎に入れると、たちまちに燃えあがって煙が広場で渦を巻く。
 太陽系外惑星の調査に向かう宇宙船のなかだ。
 酸素を供給する機械が壊れ、ひとり減らさなければ、呼吸ができなくなって乗組員が全滅してしまう。緊張感が高まるなか、見目麗しい女医の描写に枚数を費やして、いつまでたってもだれを排除するかの話し合いに入らない。後半になってやっと議論が始まったが妙案が浮かばないまま延々と平行線を辿り、
 ──わたしは機械も直せるんです。
 と女医が修理をしてしまって、肩透かしのまま物語はかすんで消えた。
「無理してSFにしなければよかったのに」
 だれかの声に笑いが起こる。
 煙を浴びたみんなで、燃やされた作品を観ているのだ。
 次は常連の老人だった。
 受け取った短冊を火に落とすとかすかな煙があがり、笹の揺れる河川敷が垣間見えた。列車が橋を渡り子供たちが野球をしている。郷愁を感じるいい俳句だ。もったいなかったんじゃないか、といわれて、
「ばかいえ。これぐらいならいくらでも詠めるさ」
 と、老人は得意げに鼻を擦った。
 私は知っている。老人は、ここでみんなと俳句を味わうために、とっておきを焼いているのだ。来年も味わい深い一句を仕上げてくることだろう。
 三番目は時代物だった。
 町医者が江戸庶民の困りごとを解決していく短編集らしいが、調べるのが億劫なのか治療の場面がまったくなく医術用語を一言も発しない。それでは現実味が薄いと察したらしく、最後には『医者』と背中に大きく書かれた上着を身につけるようになって、手を抜くな、と指摘される羽目になった。
 痩せた若者が持ってきた漫画も燃やす。
 鉛筆で描かれた少年の冒険譚は、孤独に魔物を退治し続けて、心奪われる女性との出会いも好敵手との対峙も街のひととの交流もない。あまりに息の詰まる展開に、
「もっと肩の力を抜いて、楽しんで」
 と周囲から日本酒を勧められ、若者は酔いつぶれてすぐに眠ってしまった。
 白紙神社では、こんなやりとりが九十年近く続けられている。
 御札や人形の代わりに小説や漫画などの創作物を、焼く。近所に住んでいた小説家が書き損じをどんど焼きに投じたのをきっかけに、その仲間や作家志望者や習い事で詩を嗜むひとも持ち寄るようになって、毎年、大勢が集まる行事となった。
 複製を残さない、というのが唯一の決まりごとだ。
 実際に元原稿やデータを処分しているかはわからないが、その覚悟があればこそ、炎が内容を垣間見せてくれるのだろう。
 数時間をかけて紀行文や掌編やジュブナイルや散文詩や児童文学などを灰にし、残り火で団子を焼いて食べた。それぞれの作品を肴に甘酒を酌み交わし、次こそは名作を仕上げるさ、と笑いあって、
「また来年」
 と、ほとんどのひとが階段を降りて最終バスで帰っていく。
 残ったのは、大男を含めた三人だけだった。ほかのふたりも、目一杯に膨らんだ紙袋を両手にいくつもぶらさげていて、いまにも持ち手が千切れそうだ。
 丑三つ時まで待って番号を呼ぶと、小柄な女性が原稿の束を渡してきた。
 字詰めと厚さから五百枚を越す長編らしい。
 火に投じる。瞬く間に表紙と冒頭が黒くなってしだいに深くまで焼けていき、濃い煙があがって広場を暗くした。
 好きであるほど、お互いが透明人間のように消えてしまう恋人同士の物語だ。鏡や水面やスプーンの写り込みを使って相手を探すところは面白いし、ふたりの職場である市役所は丁寧に描けている。よく調べたのか彼女がそこで働いているのか。しかし人物の造形が浅く、障害が少ないので展開にめりはりがない。
 ふたりはぎくしゃくした関係を維持していたがミラーハウスで決定的な言い争いをし、お互いが見えるようになって好意が失われたことに気づいた。ほどなく別れ、物語はあっけなく終わりを迎える。
 書き上げるのに半年、いや一年以上がかかっているかもしれない。
 燃えてしまえば、あっという間だ。
「うまく書いてあげられなくて、ごめんね」
 女性は俯いたまま、鼻をすすった。
 ほかのだれもなにもいわない。この作品に費やされた膨大な時間と思いが、痛いほどわかるからだろう。なにも、せっかく書いたものを燃やすことはない。しかし、三人はそれをするためにここにきたのだ。
 もう創作をしないと吹っ切るために──。
 丑三つ時は、いつからかそんな覚悟を決めたひとたちの時間となっていた。
 辞める理由はひとそれぞれだ。仕事が忙しくなった。家族が増え執筆に時間をとれない。疲れ果てて。自分の才能に見切りをつけたから。趣味にするには踏み込みすぎていて、断ち切らないと一歩も前に進めない。
 二人目は背広姿の男性だった。
 天秤が全てを司る異世界で、黒獏と呼ばれる少年が連れ去られた想い人を探して旅をしている。しかし世間は絶望的なまでに冷たい。金を盗まれ身体を壊し騙され、蔑まれて虐げられて、それに対抗するように作家自身が恨みつらみを延々と書き綴ってどんどんと文章が荒れていき、千枚に達するところで唐突に終わって、しかも想い人と再会できない。
 最後は、あの大男だ。
 踏ん切りがつかないのか歩きだそうとしない。私も促さずに待つ。しばらくして大男はダンボールを私の近くに運んだ。なかにはぎっしりと原稿が詰め込まれている。私は、ためらわず火に放った。
 かれは、子供のころに読んだ児童書の影響で探偵を志した。目を悪くするほど読書に励み、犯罪心理を学んでいろいろなトリックを覚え、やっと密室殺人事件に出くわしたけれど、どう頭をひねっても謎が解けない。
 次の人体消失もそのあとの山荘での連続殺人も、いくつ事件にぶつかってもかれはひとつも解き明かせずに途方に暮れた。それは大男にとっての公募なのだろう。
 そうして物語は青春小説となる。
 どんなに熱情をぶつけても、探偵になれないのではないか。
 才能と運と努力。それらの言葉に悩んで泣きそうになりながら、古典的な探偵だからいけないのではないか、と社会派を標榜してみたがうまくいかず、身近な謎や時刻表を駆使したものや法廷闘争や不条理な恐怖までジャンルを広げ、とにかく十数年も足掻いてみたが結果がでない。絶望が心を蝕み、でも優しく囁く。
 ──好きではじめたことだ。我慢してまでやることではない。
 たしかにそうだ。しばらく休んだらめっきり気力が失われ、再び推理を構築しようという意欲がわかない。それでも粘って事件に挑んだが、場当たり的で没入できず、なによりおもしろくなかった。
 かれは、もう犯罪を追わない。
 それでもおびただしい数の事件記録はいつもそばに置いていた。たまに読み返しては、これを使えば一世一代のトリックができるのではないか、と筆を取るが悲しいほど集中できずに一行も書き出せない。
 そんな忸怩たる思いを何年も続け、かれは決意した。最後の大事件にかかろう。資料を読み込み、現地を巡り、できるだけ多くのひとから話を聞き、いままで得た知識を総動員して数年がかりで挑んだが、箸にも棒にもかからず、そこで潰えた。
 大男の物語が灰になっていく。
 しばらく無表情だった大男が、ひどく顔を歪ませて炎に手を入れた。焦げた原稿の切れ端を掴んだとき、強い風が吹いて火の粉が舞いあがる。まるで星々のように空が明るくなり、物語が混ざり合った。
 町医者は女医に医術の心得を習って大成し、黒獏は市役所に勤めて下町の人情に触れ、少年は河川敷で殺戮の無意味さを悟って武器を捨て、相手が見えるようになったふたりは密室で再会して再び恋に落ち、探偵は結末のない物語を巡って解決の糸口を見つけていく。
 炎は優しい。
 決まって、幸せな終わりを与えてくれる。
 だからそれを眺める作家たちは、みな、穏やかになっていく。
 明け方になると、一気に火勢がおさまった。鉄の棒で灰をかき分け、残り火をまとめていく。かすれていた探偵が影絵のように濃くなって未解決の事件を調べはじめた。
 ふたりは帰り、大男だけがあぐらをかいて物語の残滓を眺めている。
 私が火かき棒を渡すと、大男は不思議そうに眉を寄せた。
「句切りに」
 しばらくためらったのち、大男は白い灰のなかに丸く句点を打った。
 しかし、きっと次の一文を考えている。

(了)

行方行さんの前作「光陰矢のごとし」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory19.html

バックナンバー  1...2425262728...92 

作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した6名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

おすすめ作品

第3回 遭難

堀真潮(ほりましお)

アネモネの姉妹 リコリスの兄弟

マツムシソウの兄妹 後編

古内一絵(ふるうち かずえ)

第2回 SHE

堀真潮(ほりましお)

悪夢か現か幻か

第1回 溺れる男

堀真潮(ほりましお)

ページトップへ