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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「願い叶えます」(梨子田歩未)

2018.01.30 更新

 わたしはジンジャにいた。
 自分の願い事を言う前に、頭の中にどんどん願い事が流れ込んでくるので、仕方なく宙に飛び上がった。
「難関私立中学に合格しますように」
「恋人ができますように」
「大金持ちになれますように」
 紙とペンが通常装備として持たされていたが、丁寧に書き留めている暇なんてなく、殴り書きだ。
 あとで読めるか少々不安に思えてくる。
 先輩の言う通り、速記をマスターしておけばよかったなと思いが頭をかすめる。
 だが、過ぎたことをくよくよしても仕方がない。
 憧れの現場デビューの初日、立派に一人前としての働きをして先輩に認めてもらいたい。

 一月はどの月よりも、多くの人がジンジャを訪れる。だからこそ、多くの新入社員がデビューする月でもあるのだけれど、あまりの願いの多種多様さに圧倒される。
 カミの世界もいまや民間の波が押し寄せている。人気のあるジンジャには収入がたくさん入り、そうでないジンジャは衰退の一方。良くも悪くも淘汰される時代だ。
 人気のあるジンジャとはなにか、一概にはいえないが、大きな要素を占めるのが願い事が叶うこと。口コミが人を呼び、さらに参拝客が増えるというわけだ。
 ただ、ジンジャ所属のカミが全部の願い事をキャッチして叶えるには時間も圧倒的に足りない。
 そこで、わたしたち自由気ままにしているフリーのカミを対象に、会社ができたという訳だ。
 いまでこそ類似の会社がしのぎを削りあっているが、その中でもわたしたちの会社は、いち早くカミ界のニーズをくみ取り、営業に打って出たという自負がある。

 わたしは耳を澄ませる。
「玉の輿に乗れますように」
「運命の人に出会いますように」
 ここは縁結びのジンジャとしても有名だからか、色恋関係の願い事が多い。束になった紙から、いくつかの案件をピックアップした。
 地図を取り出し、方向を確認した。

 目的のジンジャに着く頃には息がすっかり切れていたが、先輩に声をかける前に息を整える。ついでに風で乱れた前髪も撫でつける。
 一心不乱に願い事を紙に書きとめている先輩をずっと見つめていたいが、そうもいかない。
「先輩!」
「よお」
 先輩は顔を上げるが、手元を見ないまま手は速記を続けている。
「調子はどうだ?」
「はい、そのことでご相談があってきました」
 わたしは何十枚にも重なった紙をめくる。寒さで手がかじかんでうまくめくれない。
 先輩は懐から指サックを取り出した。
「必需品だぞ」
「ありがとうございます」
 ほんのりとあたたかい指サックに頬が赤くなる。わたしは指サックをはめ、目的の願い事を読み上げる。
「二十五歳、女、会社員、趣味は町歩き。合いそうな人、いますか?」
「ちょっと待ってな」
 先輩はやっと手を止め、背中にしょった紙束から一枚取り出す。
「これはどうだ。二十七歳、男、会社員、趣味はカフェ巡り」
「あ、よさそうですね。町歩きをしながら、途中カフェで甘味を二人で楽しむなんて素敵」
「何、そんなデートしたいの?」
「え、いや。そうですね、もちろん好きな人と一緒なら、きっとどこでも楽しいでしょうけど。先輩は休みの日って」
 わたしがそう言って先輩に熱烈な視線を送ったが、先輩は気が付きもしない。
「さすが縁結びジンジャ担当。ロマンティックな想像うらやましいかぎりだ」
 顔が思わず赤くなる。確かに願い事が耳に入りやすいように、自分の適性に合うジンジャに振り分けられる。入社試験でトップの成績だった同期は、学業成就のジンジャに派遣された。
「よし、この調子でマッチングしていこう」
 願い事をひとつひとつ叶えるよりも、ふたつの願い事を叶えることで一石二鳥、労力は半分で済む。願い事はこうして迅速かつ効率的に叶えられるのである。
 マッチングしたデータを本社に送れば、企画部実行部隊が自然かつロマンティックにふたりの出会いを企画する
 企画部が花形だという人もいるが、それは違うとわたしは思う。正確に願い事を聞き、それをデータ化し、マッチングする作業が一番のはじまりであり、基礎であるからだ。
 願い事を聞き違えたり、マッチングが誤ったりすれば、出会ったところで続かない。
 だから、わたしは正確かつ迅速に速記し、マッチングを成功させる先輩に憧れたこの業界に入ったのだ。

 わたしの持ってきた案件のマッチングが終了する頃には、もう太陽が沈みかけていた。
「あの」と勇気を振り絞って声をかける。
「よかったら、この後、甘酒飲みに行きませんか?」
 先輩はちょっと困った顔をして言った。
「俺の案件、まだ終わりそうにないから、今日は残業かな」
 先輩が背負っている書類がいつの間にか先輩の身長の三倍近くに積み上がっていた。自分の気遣いのなさに恥ずかしくなり、顔が赤くなる。
「すみません、わたし、自分の分が終わったからって舞い上がってしまって」
「いいの、いいの。仕事一日目おつかれさま。よくやったな」
 先輩が頭をぽんぽんと叩き、にこっと歯を見せて笑った。

「頭ぽんぽんだよ、ぽんぽん、ぽんぽん」
 わたしは思い出し笑いをして、甘酒をぐっと飲み干した。同期は呆れたまなざしでわたしを見る。
「本当に恋は盲目というか、あなたが恋愛に関してポジティブすぎるというか、だからこそ縁結びジンジャに派遣されたんだね」
「それほどでも」
「って別にほめてないから。それにしても、縁切りジンジャって最近大忙しなんだね」
 先輩の担当のジンジャは縁切りで有名なのだ。縁切りしたい人物が別の相手と縁が結ばれれば、自然と前の縁はほどける、そういう考えから、縁結びと縁切りのタッグが生まれたのだ。とはいえ、縁切りは一筋縄ではいかない案件も多い。
「先輩はできる人だから、そこに配属されているんだよね」とわたしは自分のことのように自慢する。
「でも、縁切りに適性があるってことは……。まあ、応援するよ」
 同期が何か言いかけたが、わたしは今日の疲れで瞼が重くなってきた。
「先輩と結ばれますように」

(了)

梨子田歩未さんの前作「忘年会に、ご縁あり」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory18.html

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した6名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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