キノノキ - kinonoki

キノノキ - kinonoki:ナビゲーション

世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

世にも小さな ものがたり工場 ブック・カバー
バックナンバー  1...2223242526...51 

「占いの効果」(長野良映)

2018.01.30 更新

「このままじゃとんでもないことになりますよ」
 占い師が準に告げた。準は絶望的な気分になった。こうもはっきり言われるとは。隣では美咲が同じように身を固くして聞いている。
「ただ占いだから、深く捉えることはありません」と占い師は気休めに言ったが、よく当たると評判の彼女だ。それに、もう「とんでもないこと」はすでに起きているのだ。
「何か自力でできることはないんですか」と準はすがるように尋ねた。
「手っ取り早いところだと、部屋の模様替えですね。植木鉢を窓際に置くとか水の入ったものを西に置くとか。風水的にも効果があるの」
「手間がかかりそうですね……」
「小さなものでいいんです。大切なのは、それがあるべきところに配置されていること。そうすれば部屋全体として、その場にふさわしい力が出てくるのよ」
 準は胡散臭さを感じていたが、美咲は真に受けたようだ。
「私の方が帰り早いし、やれることはやってみるよ」
 準は申し出に甘えることにした。変わらないかもしれないが、やらないよりはいい。
 美咲と一緒に住みはじめて半年になろうとしている。彼女と出会って相性の良さを感じ、付き合ってあまり経たないうちに同棲を持ちかけたのだった。
 彼女と初めて会ったのは、オフィス街にある小さな公園だった。仕事であまりに疲れ果て、家に帰る気力さえなくしてベンチに座り込んでいたところ、「大丈夫ですか」と声をかけられたのだ。
 彼女は新興宗教の勧誘などでもなく、純粋に彼を心配して行動したのだった。夜の公園、薄暗いなか一人で頭を抱えている男によく声をかけてくれたものだ。
「だって、助けてあげなきゃと思って」
 あのときの話になると彼女はきまってそう口にした。
 彼女は相手のために尽くし、燃え上がるタイプの女性だった。料理にしろ洗濯にしろ、自身も仕事で疲れているのにやってあげなくては気が済まなかった。準が手伝おうとしてもすげなく断られてしまう。
 その一方でお化けの存在を怖がるような面もあり、夜道では準に寄ってくるなど、頼ってくれるのが自尊心を満たした。
 順調な美咲との関係とは反対に、仕事ではうまくいかないことが続いた。
 新卒で入社し働きはじめて慣れてきたころ、部署を異動したのだが、そこで厄介な上司にあたってしまった。提案しても難癖をつけられ先に進まず、理不尽な怒声も浴びる。神経が少しずつすり減っていった。さらに上の課長にパワハラではないかと相談しても言葉を濁されるだけで何の解決にもならず、準は焦燥感に駆られた。このままではだめになってしまう。
 美咲はいつも愚痴を聞いてくれていたが、状況は悪くなるばかりだったため、運気の巡りが悪いのかもしれないということで半分本気で占ってもらったのだった。
 翌日、なんとか帰宅すると、美咲が笑顔で出迎えてくれた。
「どう? いろいろと置いてみたんだ」
 よく見てみると確かに植木鉢が窓際にあった。彼女は他の細かい変更も教えてくれた。
「そういえば帰り道にかわいい猫を見たよ。いままで野良猫なんていなかったのに」
 今日あった良いことを思い出して準が言った。
「やった。模様替えが効いたのかな」
 だがその日の上司の態度はいままでになく酷かった。能力がない、会社の役に立っていないクズだと罵られ、辞表をいつでも出せるよう書いておけと言い捨てられた。
「周りでフォローしてくれないの」
 目をうるませながら美咲が準を覗き込んだ。
「関わったら被害が自分にも来るからね。しょうがないよ」
「でも……課長だって知らんぷりなんてひどすぎる」
 準は頭を抱えたが、悲しんでくれる存在が隣にいてくれることに感謝した。「私にできることは何でもやるからね」と頭をなでてくれる彼女がいるのならば、会社が大変だとしてもまだ我慢できそうな気がした。
 食事のあと、風呂の順番を彼女が譲ってくれた。熱々の湯に体を浸すと、疲れが溶け出していく。うとうとするうちに、トントンと壁を打つような音が遠くから聞こえてきた。上の部屋からだろうか。そういえば下見の際、壁の薄さが気になったのを思い出す。
 美咲もこの音を耳にしているだろう。一人で怖がっているに違いない。早めに出て様子を見なくては。
 しがみついてくる美咲を想像しながら風呂からあがると、美咲は皿を洗っていた。「怖くなかった?」と聞いても、「え、どうしたの」と平然としている。
 拍子抜けしたが、「温まった?」と聞いてくる美咲の笑顔を見ると、なんとなく「幸せ」だと思い、ぼうっとした。
 出社すると、いつもの雰囲気とは異なり課内がざわついていた。隣の係の人間に聞くと、準の上司が昨夜通り魔に刺され、重傷だという。
「意識はあるみたいだけど、少なくともしばらくは会社に出て来られないだろうね」
 同僚もさほど悲しそうな顔ではなかった。やはり他の同僚からも疎まれていたのだろう。準にしても気遣う心はほとんどなく、しばらく会わなくて済むのだと思うとほっとした。不謹慎と言われようが毎日あれだけの仕打ちを受けたのだから。
 昼のニュースで事件のことが大きく取り上げられていた。人気のない道で後ろからいきなり刺されたという。凶器どころか犯人の痕跡も何一つ残っていないそうだ。
 いつになく平和に仕事を終えて今日の出来事を美咲に報告すると、驚いていた。
「よかったっていったらよくないけど、準も注意してね」
「ああ。美咲の方も。その前に、包丁にも気をつけてな」
 美咲は、料理のときに切ってしまったという絆創膏の巻かれた指を一瞥してくしゃっと笑った。
 次の日には、すでに会社の入口から異様な雰囲気が満ちていた。テレビカメラやレポーターが押し掛けていたのだ。また社員が通り魔の被害に遭ったのだという。
 準は肝を潰した。パワハラを訴えても何もしなかった課長が餌食になったのだ。すでに意識は戻っているが、犯人の手がかりはまた残っていなかった。
 その日は仕事にならなかったので午後で早退した。もしかしたら次の被害者は自分かもしれない。そうなれば美咲も悲しむ。
 転居してきたとき、とてもご利益のある神社があると不動産屋から聞いていたのを思い出した。自分の身は自分で守るしかないが、神頼みも必要だろう。美咲の安全もあわせてお参りすることにした。
 鳥居をくぐって全体を眺めると、小ぶりな神社だった。落ち葉は掃かれないままそこかしこに散らばっていた。
 参道を歩いて手水舎の横を通り、賽銭を投げ入れて鈴を鳴らし、安全を祈願した。社に向って左には、大人二人でやっと抱えられそうなほどの太い幹の御神木がそびえていた。高さや枝振りが見事で、目を奪われた。
 どこかで見たことがあるのだろうか。不思議な親近感があった。
 近寄って御神木を注視した途端だった。もやもやがはっきりした像に変わる。家へ一目散に駆け出した。
 飛び込むように玄関から入ると、美咲は料理をしていた。
「お帰り。早かったね」
「出先が近くて、直帰になったんだよ」と嘘をついた。
 早く帰ってきてくれてよかった、という声を聞きながら、さりげなく部屋を見渡す。
 同じだった。
 玄関には二つの犬の置物、廊下を渡った先の右手には洗面所、リビングの左手には思い出の写真が画鋲で留めてあり、正面の窓際には貯金箱、その真上にはクリスマスに二人で作ったくす玉。
 それぞれが、狛犬、手水舎、絵馬の奉納、賽銭箱、鈴に当たっていて、あの神社の配置をそのまま真似ていた。仕事で疲れていて気がつかなかったが、この状態になったのは美咲が占い師の教えで模様替えをしてからだ。
 壁に留めた写真のそばに植木鉢がある。配置的にこれは御神木ということだろうか。気づかれないよう静かに壁を見やっても、探し物は見つからなかった。
 あの写真しかない。
やめろという理性を押しのけながら、息を止め、めくる。見つけてしまった。尖ったもので削り取られたような穴。御神木に開いていた穴と同じ形状だ。足元を見ると、茶色く細長いものが落ちていた。藁だ。
 占い師の言葉が繰り返し響いてくる。
 あるべきところに配置されていれば、部屋全体として、その場にふさわしい力が出てくる。
 美咲は家を神社のように仕立てたのだろうか。邪魔者を制裁するために、藁人形を釘で打ち付けたのだろうか。
 きっと美咲が一人で神社を訪れたとき、あの穴を目にしたのだろう。藁人形を痛めつけようとしたが夜にこっそり行うのは怖がりな彼女には無理な話だ。だったら家で目を盗んでやればいい。そこで家を小さな神社に仕立てた。
 体温がすうっと冷めていくのがわかった。
「あ、今日も良いことあったんでしょ? 教えて教えて」
 いつもと変わらない明るい調子で言いながら美咲が振り向いた。
 左手の指は、たくさんの絆創膏で覆われていた。

(了)

長野良映さんの前作「お世話になったお礼」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory14.html

バックナンバー  1...2223242526...51 

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

ページトップへ