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世にも小さな ものがたり工場

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「光陰矢のごとし」(行方行)

2017.12.29 更新

 宇宙船会社の倉庫で、社長と三人の社員がささやかな忘年会を開いていた。
 庫内には、球型や円盤型のような一時代前に流行したものから、前衛的すぎた螺線型や年代物のペンシル型、会社を軌道にのせた竜胆型の名機まで、自社で開発した宇宙船が所狭しと格納されている。
 その一角にテーブルを置き、七色に変化する酒や品種改良で牛と豚と鳥の旨味を混ぜた揚げ物や星の形をした菓子やクジラの姿をした小魚の刺し身を並べて、社員たちは飲んで食べて陽気に騒いでいた。
 しかし社長だけが違う。
 怒ったように眉を寄せ、窓外の宇宙港に目を向けていた。
 乗客を押し込んだ定期連絡船や積載量いっぱいに荷物を積んだ輸送船がひっきりなしに行き交っていて、港はとにかく賑やかだ。その向こうの宇宙空間では、ときどき流れ星が光の線をつくっている。社長は苛立たしげに奥歯を噛んだ。
 ──あんな宇宙船をつくろう。
 起業の際、副社長とそう誓いあったのを思い出したからだ。
「もう年末とは、一年なんてあっという間ですね」
 入社間もない社員が、そういって社長の盃に酒を酌んだ。
 飲み干し、社長が苦い顔をする。
「そうかい。私にとって時間とは、我慢ならないほど遅々として進まないものだがね」
「帰ってこられない副社長のことがご心配だからでしょう」
 そばの社員が息を飲んだが、新人は気づかずに腕時計型の機械に視線を落とした。
 それは、全人類を網羅した生命確認装置だ。
「副社長の生命反応は、かすかながら返ってきています。途絶え途絶えで、遠方にいるのか電波を遮断した室内にいるのかわかりませんが、存命なのは間違いありません。ですから──」
「ちょっと、お邪魔しますよ」
 よれよれのコートを着た無精髭の男が倉庫に入ってきた。
 副社長の行方不明事件を捜査している刑事だ。
 社長は不快そうにため息をついた。
「あんたもしつこいひとだ。何十回と捜査協力をしてきたのに、こんな年の瀬にまで現れるなんて。何百回と訪問されても答えは変わらんよ。私は副社長を殺していない」
 社長は、強くはっきりと言い切った。
 社員たちが緊張し、ぴん、と空気が張り詰める。
 和ませるように、まあそうでしょう、と刑事が相好を崩す。
「せっかくですので、宇宙船を見学させてもらってよろしいですか」
 返事も聞かずに刑事が歩き出す。社長は不満顔でついていった。
 倉庫内では、修理用、開発用、運送用、さまざまなロボットが活用されている。
 刑事が頭を掻いた。
「これでは人間の出る幕はありませんな」
「この規模の施設を数人で運営できているのは、ロボット文明のおかげだよ。我が社も人間はもっぱら営業職で、研究開発は私と副社長とロボットだけでやっている」
「ほう、では、開発された宇宙船になにが積まれて打ち上げられても、おふたり以外にチェックするひとはいない、と」
「……まあ、そうなるな」
「その片腕たる副社長が姿を消され、さぞお困りでしょう。エンジン開発の天才で、会社の成長はその才能なくして成し得なかったと聞いています。行方不明になる前にも、ずいぶんと画期的な宇宙船を開発されたとか」
 これですか、と自動車ほどしかない小さな宇宙船の前で刑事は足を止めた。ブーメラン型をしていて、狭いながら内部には操縦桿や計器が揃っている。隣が不自然に空いていた。
 ああ、と社長が頷く。
「いままでの宇宙船とは比較にならんよ。光速で飛行し、地球から月までだったら瞬く間に往復できる。加速しすぎるのでまだまだ調整が必要だが、完成すれば星間を繋ぐ要となるだろう」
「ひとつしかありませんが」
「一方は実験で宇宙にあげているのでね」
「どちらまで」
「遠くまで」
「ですから、どちらまで」
 刑事が食いさがり、社長は煩わしそうに眉を寄せた。
「もう研究に必要な情報は集めたので、第二の地球でも探させるさ」
「押し込めば、生命維持装置をつけた昏睡状態の男性を入れられるでしょうか」
「……不可能だろうね。そんな余分な空間はない」
 刑事は、蛇のように目を細めた。
「ご存知のように、副社長は友達もいなければ結婚もしていない、ほとんどの時間をロボットとエンジン開発に勤しむひどい人間嫌いでした。逆にいえば、だれかが副社長に危害を加えたのなら、その重要参考人は限られています」
「回りくどいのは嫌いだ」
 では、と刑事は挑むように続けた。
「もし副社長が誘拐か殺害されていた場合、あなたが犯人である可能性が極めて高い」
「生命反応があるのだから、死んではいない」
「そうでした。生命確認装置は位置情報も送信しているので誘拐はありえない。その正確さは、世界から行方不明事件をなくしたほどですから。装置の電波を遮断することは可能ですか?」
「無理だな。世界的な技術者が時間と金をかけて開発した特殊なものだから、どんな障壁でも通り抜けるし銀河系の隅に潜んでいても、しっかりと反応を返す」
「では、なぜ副社長の生命反応も位置情報も、信じられないほど微弱なのでしょうか」
「それを考えるのが警察の仕事だろう」
 社長はつっけんどんにいったが、気にする素振りもなく刑事は肩をすくめる。
「まあ、私も誘拐なんて思っていません。あなた方の仲の悪さは業界で有名でした。副社長は癖のつよい方でしたからね。計画を無視して好きなものをつくり、会社の金でさんざん賭け事をし、才能がないとあなたを罵り、なにより許せなかったのは──」
 他社に移る、と言い出したことだった。
 刑事は語らなかった部分が社長に伝わったのを見極め、続けた。
「あなたはひどく副社長を憎んでいた。社長なのですから追放すればいいのでは?」
「クビを切った者がほかで活躍すること、我が社を追い詰めること、その想像がどれほど恐ろしいか。私はあいつの能力を買っていたんだよ。だからこそ殺すしかない」
「殺意を隠されない。形骸化し罪が軽減された誘拐ならまだしも、殺人はいまだ大犯罪ですよ」
「あんたに届くほど噂が広まっているんだ。いまさらだろう」
「では、こちらはなぜ秘匿されたのでしょうか」
 刑事は、路地裏の写真を示した。
 社長が男から小瓶を受け取っているところが写っている。
「これは毒ですね。服用すると昏睡状態に陥り、きっかり十日後に命を落とす」
 じり、と社長はたじろぎながらも、皮肉げに口角をあげた。
「よく調べている。使ったことでもあるのではないか」
「残念ながら、それほどひとを憎んでいませんので。こんな猛毒をなんのために?」
「……さあな。帰ってくれないか、忘年会の途中なんだよ」
 早足で戻ろうとする社長の前に、刑事が立ちはだかった。
「急にどうしました。あなたには、こちらの写真も見てもらわなければなりません」
 刑事は、扇子のように五枚の写真を片手で開いた。それは小型宇宙船の打ち上げを連続で捉えたもので、ロボットばかりのなか、社長が指示を出している。
 いいから帰れ、と社長は手で押しのけようとしたが、刑事は踏ん張って動かない。
「一年前、あなたは秘密裏にあの光速の宇宙船を発射しました。きっと毒で意識不明になった副社長が乗っていて、いまでも宇宙をあてどなく飛行しているでしょう」
 それを聞いて、社長はふっと嘲るように笑った。
「おかしいではないか。十日後に絶命させる毒だといったのは、あんただ」
「……長期間の昏睡状態を維持できるよう、うまく濃度を調整したのでは」
「たとえそれができたとして、一年間も眠ったままでは干からびて死んでしまうだろう。だが、ちゃんとあいつの生命反応はある。見たろう、船内に生命維持装置は入らない」
 刑事は苦虫を噛み潰したように、顔を歪めた。
「で、では、副社長はすぐに起きてもいい。携帯食料を大量に積んでおけば、目覚めて生きながらえても、そこは宇宙空間なのでなにもできない。箱に閉じ込められたようにどこまでも──」
「飛んでいかない。船内には操縦桿があるから、あいつなら容易に帰還できる」
「……」
 刑事は引きさがりかけ、周囲を見てはっとした。
「そうか。生命確認装置は心臓に繋がっているから、それ以外の肉体をロボットに置き換え、船内に閉じ込めたのでしょう。そうすれば電気だけで副社長を生かすことができる」
 社長は呆れたように頭を振った。
「荒唐無稽だよ。そんなことができたら、私は天才科学者としてあいつ以上に名を馳せていただろう。帰りたまえ、何度こられても返答は変わらん。私は副社長を殺していない」
 刑事は反論できず、悔しそうに帰っていった。
 社長は宴に戻りかけて立ち止まり、窓から宇宙空間をみた。
 すべて刑事のいう通りだ。
 昨年の年末、毒で昏睡させた副社長を宇宙の果てに向けて宇宙船で打ち上げた。あれから一年が経ったが、あいつが次の忘年会をできるのは何百年後になるだろうか。
 副社長がつくったエンジンは、あまりに高性能だった。
 どんどんと加速し続け、いつしか光に限りなく近い速度に達する。そうなれば俗にいうウラシマ効果により、乗っているひとの時間はすさまじく遅くなるのだ。
 こちらの一年があいつの一日にも満たない。
 半日、いや数時間だったとして、いまだ副社長は夢のなかだろう。空腹を訴えるまでにも、地球時間で数十年はかかるはずだ。
 あいつは、いまも生きている。
 きっと私の寿命が尽きたころ、やっと毒が効き出すのではないか。
 ──私は殺人を犯していない。しかし副社長はゆっくりと確実に、死ぬ。
 また星が瞬き、線を引いて流れていった。
 光陰矢のごとしというが、あいつのそれはあまりにも、遅い。

(了)

行方行さんの前作「この世でもっとも甘い酒」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory05.html

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著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

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