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世にも小さな ものがたり工場

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「忘年会に、ご縁あり」(梨子田歩未)

2017.12.29 更新

「今年もおつかれさま、かんぱーい」
 ノリのいい男の明るい声に続いて、ビールジョッキとジョッキが豪快に合わさる。わたしは隣に座る友人のわき腹を肘で強めにつつく。
「男が一緒だなんて聞いていない。女子忘年会って言ったじゃない」
 友人は泡をあざとく口の端に付けたまま、こそっと言った。
「親切心だってば。彼氏と別れたばっかりでしょう? 年の瀬に女ひとりなんて寂しいじゃない」
「余計なお世話」
 わたしはビールを傾け、一気に飲み干した。
「今年の嫌なことは忘年会ですっきり忘れて、新しい年に向けてさ、新しい縁を見つけようよ」
 向かいに座る男が「よっ、いい飲みっぷりじゃん。もっと飲んで飲んで、はい飲んで」とリズミカルに声をかける。
 わたしが「チャラい」と一喝しても、男はむしろ嬉しそうに「おれら、チャラいって」と笑い出す。
「チャラいけど、あんたの歴代の元カレより断然いいからね?」
 友人の言葉に、男が身を乗り出す。
「何、何。男運が悪いの?」
「悪いなんてもんじゃなくて、この子、すごいんだから。ダメ男製造機? ダメ男ハンター? 仕事していない、浮気する、借金する、あとは何だっけ? 家財道具一式持ち逃げされて失踪?」
 友人もノリノリで、わたしの恋愛遍歴を語り出す。ああ、女の友人なんてこんなもの。こんな話を披露されて、寄ってくるまともな男なんいる訳ない。
「ちょっと、トイレ」
 別に好きでダメな男を好きになっているわけじゃない。好きになった人がたまたまダメな男だっただけで、とそんなことを考えながら、歩いていると、狭い通路で人とぶつかった。
「すみません」と顔も見ずに謝ると、「待って」と手首をつかまれる。ぎょっとして、掴んだ相手を見ると、相手は「ごめん」とすぐに手を離した。
 スーツ姿の若い男、童顔、色白、線の細いイケメン。体温が一気に上昇する。「新しい縁」という友人の言葉がこだまする。
 イケメンは照れたように、首元に手をやりながら伏し目がちで話した。
「急にこんなこと言って怪しまれるのは当然だと思うんだけど、隣でぼくらも忘年会していて」
 そのささやくような声もタイプだと、わたしは次の言葉を待ちながら唾をのみ込んだ。
「君の男運が悪いのには、理由があるんだ」
「え?」
 予想外の言葉に、連絡先を聞かれると予想してスカートのポケットに手を伸ばしていた右手が宙をさまよう。
 と思った次の瞬間、背中にぬくもりと重みを感じると思ったら、誰かから後ろから抱きしめられていた。体の前に回された手にはごついシルバーアクセサリーがつけられている。
 イケメンは端正な顔をゆがめる。
「おい、やめろよ。お前がつきまとっているせいで、彼女はいつまでたっても幸せになれないんだ」
「お前だって似たようなもんだろうが。とにかく俺のもんに手をだすんじゃねぇ」
 後ろからわたしを抱きしめている男の擦れた声と熱い吐息が耳元をくすぐる。
 男が絡めた腕をほどく。男は革ジャンに、ロングヘア、がたいのいいワイルドな男だった。売れないバンドマンだった元彼とどことなく同じ匂いを感じる。
 後ろから力強く抱きしめられた感覚を思い出し、思わず顔が赤くなる。
「君のこと、ほっとけなくて」とイケメンが言えば、ワイルド男が「こいつのことは、俺長い付き合いだから、俺の方がよく知っているんだよ。あとから、横取りなんてできると思うなよ」と返す。
 なに、この少女漫画的展開。男ふたりがわたしを取り合っているなんてと、わたしはだんだん気分がよくなってきた。
「お前はさ、どっちをとるんだよ」
「やめなよ、彼女が困ってるじゃないか」
 強引さと優しさと、とにかく至福。でも、選ぶ相手は決まっていた。わたしは、迷わず、イケメンのほっそりとした手を包み込んだ。
 イケメンが微笑む。
「あーあ、知らねーぞ、後悔しても」
 ワイルド男は、捨て台詞を吐いて去っていった。
「ありがとう、ぼくを選んでくれて」
 イケメンがはにかむように言う。 
「わたしこそ、声かけてくれてありがとう。ちょっと待ってて、すぐ戻るから」
 わたしが夢のような出来事を友人に伝えて忘年会を抜け出そうと元の部屋に戻ると、料理もすっかり片付いて、誰も座っていない。
 皆どこへ行ってしまったのだろうと、店を出ようとすると、店員から呼び止められた。
「お会計がまだです」
 締めてうん万円の大出費だが、苛立ちはない。むしろ友人には感謝しなければいけない。だって、こんな素敵な出会いがあったのだから。
 

 帰り道、隣にイケメンがいるだけで体が温まって、夜風が冷たいのがまったく気にならない。
 玄関の郵便受けから封筒があふれていた。
 出かける前はそんなことなかったのにと、ずぼらな女だと思われたかもと顔が赤くなる。封筒をつかんでコートのポケットに突っ込んだ。
「どうかしましたか?」
 そう言いながら、イケメンがわたしの顔を心配そうに覗き込む。それだけで幸せな気持ちになる。
 かばんから家の鍵を取り出そうとして、財布がないことに気が付く。イケメンを部屋の中に通し、イケメンから見えないように台所でカバンをひっくり返し、中身を確認するが見つからない。
 今年もあと少しだっていうのに、ついてない。最後に使ったのは、居酒屋だからと携帯に手を伸ばすと、メールの着信音が鳴った。
『お姉ちゃん、今月ピンチ。お小遣いちょうだい笑』
 いつもなら笑って流す妹のメールを見て、嫌な予感が胸に広がる。さきほどの封筒を一通手に取り、封を破る。
 中身は、元彼の借金の督促状、金額に目がくらんだ。
 残りの封筒の中を見るのが怖くなり、リビングに戻ると、イケメンはソファでくつろいでいた。

「ねえ、さっきわたしの男運が悪いのは、あのワイルド男のせいって言っていたよね?」
 イケメンは頷く。
「ああ、あの男にとりつかれると、どんどん男運が吸い取られて、ろくでもない男たちばかりが君に寄ってくるんだよ。でも、もう大丈夫」 
 イケメンは微笑みながら、両手を広げた。
 わたしは、貧乏神の腕の中に飛び込んだ。

(了)

梨子田歩未さんの前作「ワンナイト・マジック」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory04.html

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著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

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