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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「お世話になったお礼」(長野良映)

2017.12.15 更新

 年越しへの雰囲気が加速していく12月26日、前日の仕事を終えた会社員が向かい合ってシャンパンを酌み交わしていた。彼らはくたくたに疲れていた。
 一仕事を終えた充実感も残っているので、最初のうちは互いの労をねぎらっていたが、酔いが回ってくると話題の中心が会社への不満に傾いてきた。
「こんな仕事いつまで続くのだろう」
 相手のグラスにシャンパンを注ぎながら、片方の社員がため息をついた。同僚もまったくだ、と同調する。
「うちは北欧だけだったのに、海外進出したら一気にきつくなったよな。俺はほんの少し日本語できるからって日本支社に転勤になったけど、神社とコラボして願いをくみ取るプロジェクトも任されちゃって。聞こえはいいけど要は神社でカバーしきれない願いの受付をこちら側にも引き受けろってことだから、うちの社には何のメリットもない」
「俺もそのクチだ。夏から秋にかけては暇なはずなのに、昨年のプレゼントの分析をやれと言われてね。それも世界中の。地域差なんて表れるはずがない。今の子どもたちが欲しがるものなんて、ゲーム、ゲーム、またゲームさ。わかりきってることなのに上は資料ばかり欲しがる。みんなストレスが溜まるよ。この前も課で飲み会したときなんて愚痴ばっかりで大変だったんだ。みんな気性が荒いから取っ組み合いのケンカさ……」
「どうしたって不満は溜まるよな。この業界は花形だってわかってはいるんだけど」
「やりがいがいくらあってもね。年明けだって普通に四日から出勤だろう。里帰りする暇もない」
「しかも四日は社長の説教会だ」
「出た! お決まりの『今年は勝負の年だ』説教」
「毎年勝負の年だからな」彼らは自嘲めいた笑いを浮かべ、減りが早いグラスにまたシャンパンを注ぎ合った。
 耳慣れた鈴の音が遠くから聞こえてきたのはその時だ。次第にそれは近づいてきて、彼らの恐怖を煽った。
「隠れなきゃ」
「観念しろ。もう間に合わない」
 縮こまるような態勢をとったが、無駄な抵抗だった。
 一人の男が木製のそりに乗って飛んできたのだ。真っ赤なあの服を翻した白い髭の男が。
「お前らの鼻がぴかぴかだから、どこにいてもすぐにわかるな」
「サンタさん!」
 トナカイたちが声を揃えて挨拶した。思わずグラスから手を離してしまったので、大きな音を立てて割れた。
「さん付けはやめろと言ってるだろう」
 サンタが鋭く訂正した。
「はい、サンタ社長」
 彼は腰を下ろすとタバコをくわえた。赤い鼻のトナカイが慌ててライターで火をつける。
「こんなところで休憩していていいのか」
 トナカイたちは一気に萎縮してしまった。丸いツノを持った方のトナカイがなんとか返事をする。
「は、はい。きのうは遅かったですし、打ち上げをしようと」
「ほうほう」サンタは立派なくちひげを撫でながら言った。「私も誘ってくれればよかったのに」
「い、いえ」赤鼻の鼻は震えている。「社長は業界の打ち上げがあるのだと思いまして」
「いくら忙しいこの私でも、部下との交流を欠かすつもりはない。垣根をなくし、風通しの良い社にするのが私の目標だ」
 こうしたもっともらしい発言は、すべてビジネス本の受け売りにすぎなかった。サンタは流行りのビジネス書を読んではトナカイたちにやり方を押し付けるので、迷惑なことこのうえなかった。
 面倒くさい人が来た、とトナカイたちが下を向いていると、
「仕事をもってきてやったぞ」サンタは、ひひひ、と笑った。「喜べ」
 トナカイたちは反論しても無益だと知っていたので、「喜んで!」と口をそろえた。
「至急の願いが一件入った。我々の企業はカスタマー・ファーストだ。すぐ対応、すぐ出動だ」
 今まで聞いたこともない思いつきのスローガンを聞いて赤鼻の鼻が白く変化した。それを一顧だにせず、サンタは得意げに続ける。
「顧客の要望には応えなければならない。信用が第一だからな。ただ質を落としてはならない。我々はあくまで中身で勝負するのだ。どんな壁があろうとも、顧客にプレゼントを必ず配達する。なあに、私も行くから心配せんでいい」
 それからサンタは配送先の住所を言い、配送の準備をするようトナカイたちに指示した。
「こうして社に貢献できることを喜ぶがいい。働く者として24時間仕事のことだけを考えろ。そうして初めて一人前になれるのだ」
 サンタはそう言い残してそりに乗り込んだが、彼の姿が見えなくなっても、トナカイたちは呆然としていた。
「今日はさすがに休みだと思ったのに」と丸ツノは呻いた。
「横暴が過ぎる」と赤鼻が絞り出した。
「多少金がいいから入ってきたけど、この業界、先の成長は見込めないことは明白だ。それにプレゼントを選んで子どもたちに渡すのはいつもあのひげのおっさんなんだから。下の苦労をいいとこ取りして」
「そろそろ俺たちも馬車馬のように働くのはやめて、ワークライフバランスを念頭に置くべきなのかもしれない。故郷の北欧では自然とともに生きるトナカイが増えているらしい」
「もう限界かもな」と追い詰められたように丸ツノが呟いた。
 これまでにも不満が溜まって愚痴が止まらなくなることはあったが、今回のサンタの仕打ちで堪忍袋の緒が切れてしまった。鼻だけでなく顔も真っ赤にしながら丸ツノが叫んだ。
「この仕事だけはやってやるが、終わったら辞めてやる」
「そうだそうだ」
 結託したトナカイたちは、妙にすっきりした気分で仕事の準備に取り掛かった。サンタから告げられた住所をパソコンで調べていた丸ツノが声を上げた。
「ほら、ここってたしか有名な議員の家だよ。やつめ、政界にパイプを作ろうと必死なんだ」
「少子化でクリスマス業界も厳しいからね」
「それはわかるが、割を食うのは俺たち下っぱなんだ」
 またうんざりした雰囲気が漂う。
「知ってるか? サンタがサンタである理由はあの帽子にある」と赤鼻が沈黙を破った。
「どういうことだ?」
 赤鼻が言うには、赤い帽子をかぶることでサンタとしての能力が発揮されるらしいのだ。そりで空を飛べたり、トナカイを操るといったことが。
 それに加えて、彼が秘書課だったときサンタの自宅に迎えに行くと、サンタとは似ても似つかないみすぼらしい老人がいたことがあったと言う。他ならぬその老人がサンタだったのだ。
「帽子によって肉体や顔つきまで変わっちゃうんだよ。サンタに関わる要素全てがあの帽子のおかげなんだ。帽子が本体みたいなものさ。それを利用して、故郷に帰る前に一泡ふかせてやろう」
「これまでのお礼も兼ねてな。よし、そうなったら計画を練ろう」
 トナカイは互いのツノを突き合わせた。

 <日付間違い? 「サンタ男」御用>
 クリスマスから一日経った出来事に、閑静な住宅街は一時騒然となった。
 警視庁は26日深夜、東京都渋谷区の住宅に侵入したとして住所不定、職業不祥の男を現行犯逮捕した。住人からの通報により発覚した。逮捕時、男は衣服を身につけていなかったという。
 男の年齢は明らかになっていないが、容貌から60代前後と推定。警察の調べに対し、「私はサンタである」「プレゼントを届けるためにきた」などと供述。また「帽子をトナカイに盗られた」などと意味不明の発言を繰り返しており、警察は精神鑑定も視野に入れて捜査を進める方針。

(了)

長野良映さんの前作「あこがれ」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory09.html

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著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

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