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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「ランドリー・クリスマス」(滝沢朱音)

2017.12.15 更新

 雨のクリスマスイブ。コインランドリーには誰もいなかった。僕は黙々と洗濯物を運び、小銭を投入すると、窓際の冷たいベンチに腰を下ろした。

 近年増えている大型の店舗とは違い、ここは昔ながらのこじんまりとした店だ。オーナーが気をきかせたのか、Merry Xmasと書かれたガーランドが壁に飾られている。
 このところ雨続きとはいえ、どうしても今夜ここにくる必要はなかった。
 ただ、イブの夜を一人暮らしの部屋で過ごすのがやるせなくて、でも、にぎやかな場所に出かけるのはもっとやるせなくて、消去法で選んだのがこの場所だったにすぎない。

 洗濯機の作動音を聞きながら、ぼんやりとスマホを見ていると、ざあっと雨の音が店内に響いた。目線を上げると、洗濯物いっぱいのカゴをかかえた男が、扉から入ってくるところだった。

 男は小太りで、僕より少し年上、おそらく三十すぎだろうか。膨らんだダウンの下は、よれよれのスエット。僕と同じ種別――女の子には縁のないタイプ――であることがすぐ見てとれる。
 男は洗濯物をセットすると、僕が座るベンチの反対側の端に座り、同じようにスマホを見始めた。
(イブの夜に、アラサーの冴えない男が、並んで洗濯を待っているなんて……)

 ため息をついたとき、また扉が開き、今度はスーツ姿の中年男が入ってきた。
「メェリィ、クリースマァース!」
 赤ら顔の男は上機嫌でそう叫ぶと、いきなり僕たちの間に座った。手にはコートと、大きなケーキ箱。酒臭さがあたりに充満する。
「じゃーん、クリスマスケーキ!」
 男は箱を開けた。苺やチョコプレート、サンタが載っている、オーソドックスなクリスマス用のホールケーキだ。
「さあ、みんなで食べよう!」
 そう言って男が箱に手を突っ込もうとしたので、僕はあわてて止めた。

「いやいやいや、こんなとこで食べちゃダメでしょ。おうちでご家族が待ってますよ」
「家族?」
 男は表情を曇らせ、泣きべそをかき始めた。
「今、いないんだよぉ。嫁さんと子ども、怒って実家に帰っちゃったの……」
「そ、そうなんですか」
「会社で予約してたケーキをキャンセルするの、すっかり忘れちゃっててぇ……」
 男は天を仰ぎ、おんおん泣き始めた。酔っ払いとはいえ、いい年した男性が子どものように泣く姿を、僕は初めて見た。

「あの……そういうことなら、お言葉に甘えてケーキいただいちゃいましょうか」
 小太り男が、今にも舌なめずりしそうな顔で言う。図々しいにもほどがあると呆れたが、中年男は涙をふき、笑顔になった。
「どうぞどうぞ。持って帰っても食べきれないからねぇ」
「じゃあ俺、車にキャンプ道具積んでるので、皿とか持ってきますよ。あと、ポテチとか、つまみくらいならあったかも」
 小太り男が素早く気をきかせたので、僕も仕方なく立ち上がり、店内の自販機で三人分の飲み物を買うことにした。
 ――こうして、思いがけない場所で、わびしいクリスマス会が始まったのだった。

「そりゃさ、職場に若い女の子が入ってきたら、コミュニケーションのつもりで『可愛いね』ってメッセージを送ったりするでしょ。どうして浮気認定されなきゃいけないの?」
 中年男は、泣きながら愚痴をこぼす。小太り男は、ケーキを頬張りながら彼を慰める。
「でも正直、結婚できただけでも勝ち組っすよ。俺なんか、社会人向けのイベントサークルの幹事もしてるのに、誰も恋愛対象として見てくれなくて……」
「うーん、そうかぁ、そりゃ切ないよなぁ」

 伏し目がちにケーキを口に運んでいると、小太り男は僕にもパスを投げてきた。
「君はどうなの? 彼女いる?」
 僕は苦笑いした。
「もしいたら、イブにコインランドリーには来ませんよ」
「あはは、だよね、こんなとこいないよね」
 お互いの自虐の笑いが、意外にも心地いい。人と直接交わす会話は、なんの解決にもならなくても、それなりに心を癒してくれる。
(今夜、ここへ来てよかった……)

 ふと窓の外を見ると、さっきまでの雨が、いつのまにか雪へと変わっていた。
「あ、雪が降ってきましたね」
「わぁ、ほんとだぁ、寒いと思ったら……」
「ホワイトクリスマスっすね……!」
 男三人のクリスマス会が、必要もなくロマンチックになったそのとき。
 ――扉が開き、白い袋を肩に掛けた初老の男が、雪まみれで入ってきた。

 ランドリーの空きがないと思ったのか、男は僕たち三人を見てすぐに出て行こうとしたが、中年男がそれを呼び止めた。
「ちょっとあなた、ケーキ食べませんか?」
「……?」
「今夜はクリスマスイブですよぅ。よかったらおひとつどうぞ」
 男はためらいを見せたが、小太り男がさっと立ち上がり、ベンチへ誘導した。
 彼の風貌や伸びたヒゲ、大きな白い袋は、どこかサンタクロースをイメージさせる。
(男だけの突発クリスマス会に、サンタの飛び入りか。袋の中身は洗濯物だけど)
 僕はくすりと笑った。まったく妙な展開だ。

 勧められたケーキをさっそく口にしながら、サンタ男はぽつりと言った。
「今日はイブだったか。すっかり忘れてた」
「おじさんも、一人暮らしっすか?」
 小太り男の問いに、サンタ男は頷く。
「ああ。昔は家族もいたんだがね、絶縁されてしまった」
「絶縁……?」
「私には、どうしてもやめられない癖があってね。人生を賭ける感覚に、たまらなくスリルを感じるんだ。そのせいで、とうとう家族にも見放されて……」
(ギャンブルにハマってしまったんだな)

 孫に囲まれて暮らすような年齢になって、一人でコインランドリーに洗濯物を持ち込むなんて、どんなに寂しいことだろう。まるで将来の自分の姿のようで、人ごとには思えない。小太り男も身につまされたのか、わざとらしく明るい声をあげた。
「じゃあ……せめて今夜はにぎやかに、クリスマス気分を楽しみましょうよ!」
「メェリィ、クリースマァース!」
 酔いどれ中年男は相変わらず絶好調で、コーラの缶を高く掲げた。

 ――それにしても、不思議な光景だ。
 さびれたコインランドリー。自販機にアルコールはなく、食べ物は崩れかけのケーキとわずかなスナックだけ。ずいぶんとシケたクリスマスパーティだ。
 それでも、同じように孤独な男たちが、偶然この場に居合わせたことが、僕にはたまらなく癒しであり、聖なる夜の奇跡のようにさえ思えたのだった。

 結局僕たちは、夜更けまで語り明かした。中年男がスーツを脱いで洗ってしまったので、小太り男が着替えを貸してやったり、サンタ男がふざけてランドリーの蓋を開けるので、僕が閉め直したり。

 まるで子ども同士のようなじゃれ合いを繰り返し、日付の変わる頃、会はようやくお開きになった。
「楽しいクリスマスだった。ありがとう」
 酔いの醒めてきた中年男がしんみりそう言うと、サンタ男も目を赤くしてつぶやいた。
「人との触れ合いは、やっぱりいいものだね。なんだか無性に人生をやり直したくなってきた。家族に会いたいよ……」
 そして、サンタ男は立ち上がり、僕たちに向かって高らかに宣言した。
「そうだ、私は人生をやり直す! この際、悪い癖をきっぱりとやめるよ。そしていつの日か……家族に会いに行けるような自分になると決めた。決めたんだ!」
 突然のクリスマスの誓い。感動的な展開に、僕たちは拍手を惜しまなかった。

 サンタ男はそのまま扉に直進し、白い袋を肩に掛けなおすと、振り向いて言った。
「ありがとう。きっかけをくれた君たちに、とっておきのプレゼントを用意しておいたよ。楽しみにしていてくれ」
 男は一礼すると、扉を開けて雪の中へと消えていき、残された僕たちは顔を見合わせた。
「あのおじさん、もしかして、本物のサンタクロースだったりして……」
「ははは、まさかぁ」
 そう言って笑いながら、乾燥機で縮んだしわしわのスーツに着替えようとした中年男が、ふと首を傾げた。

「あれ、ポケットに何か入ってる……?」
 乾いた洗濯物をカゴに戻していた小太り男も、狼狽して叫んだ。
「あれ、なんでこんなものが……?」
 僕もランドリーに駆け寄り、蓋を開けた。そこには、見覚えのない鮮やかな色の――
「――パンティ?」
 中年男には緑、小太り男には赤、そして僕にはゴールド。見事にクリスマスカラーで揃った、女性物のランジェリー。
「……悪い癖、本当に直るといいね」

 僕たちは、サンタ――ではなく、下着泥棒が去った雪降る街角を、いつまでも呆然と見つめていた。

(了)

滝沢朱音さんの前作「スターチェイサー」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory08.html

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著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

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