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新・世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「満足」(梨子田未歩)

2019.07.31 更新

 段ボールを捨てて部屋に戻ると、今日買ったばかりのアンティークのテーブルの上に出来立てのハンバーグがあった。
 ハンバーグはデミグラスソースに包まれ、照っている。添えられたじゃがいもとニンジン、ブロッコリーの三色が彩りを添え、隣の皿に盛られたライスはゆるやかな丘になっている。
 この料理をつくったのは、ぼくでもない。また、ひとり身のぼくには料理を作ってくれるような相手はいない。
 このテーブルは今日ふと出向いた野外の古物市で見つけた掘り出し物だ。正方形で足は細く、板も薄い。その華奢な作りとところどころ擦れている風合いが気に入った。
 正直、毎日食事を外食で済ませ、自炊はしない。コンビニで買って帰った弁当を食べる時の台がないので、引越しの時に使った段ボール箱を仮の机にしていたくらいだ。
 気味が悪いと思う反面、匂いにつられ、テーブルに近づくと、もうそれはぼくのために用意された食事だと疑いようのない気持ちになって、席に座ると、もう食することで頭がいっぱいだった。
 ハンバーグをフォークで軽く押さえ、ナイフを入れると断面から肉汁が溢れてきた。デミグラスソースと絡めて口の中に入れると、柔らかくそれでいて肉の味がしっかりする。
無言で、時折フォークとナイフが皿に当たる音を聞きながら、手を動かし、ハンバーグを口に運んだ。口に食べ物が入るたび、幸福感で満たされる。最後のひとくちを食べるのがもったいなく、だが、その時が来てしまった。しばし満腹で放心した。
 日に二回は食事をしている。朝はコーヒーで済ませるので、カウント外だ。何をしなくとも腹は減る。それが生理現象だ。昼はコンビニのパンや弁当、夜もコンビニが続くときもあれば、スーパーでお惣菜を買うこともある。
 この日が始まりで、それから、テーブルは毎夜ぼくのためだけの夜ごはんを作ってくれるようになった。
 とろとろのオムライス、ごろっと具材が大きいビーフシチュー、エビドリア。このテーブルは洋食屋にあったもので、このテーブルにとりついた過去の記憶が料理を作るのではなかろうか、と根拠のない空想をしているところで、そんな気持ちを見透かしたように、テーブルは酢豚やチャーハンといった中華から、肉じゃが、煮魚と和食までを披露した。
 ぼくはランチョマットを買った。シンプルな白いランチョマットだが、肌触りのいいコットン100パーセントの布地でできている。
 ランチョマットの上が料理を置く場所だとテーブルも分かっているのか、きれいに食事が並べられている。

 飲み会があった日、酔いでベッドにそのまま横になり、軽い頭痛と共に目を覚ますと、テーブルの上には表面がすこし乾燥した生姜焼きが置かれていて、うしろめたさを感じた。
 飲み会ではなくとも残業で夜遅くなった日も、変わらず食事は用意してあった。もちろんテーブルに文句などいえる口もないわけだが、文句も言わず、食事を用意する姿がけなげな新妻に思え、少しずつテーブルに愛着を持ち始めていた。
 夜食べなかった食事を捨てるのは忍びなく、弁当箱を買ってきて、昼に持って行くようになった。
 コンビニで昼を済ませていた男が急に弁当、それも手作りを持ってくるようになると、会社の連中が口々に好き勝手言った。
「弁当を作ってくれる彼女ができたのか」
「たしかにお前少しふくよかになったな。幸せ太りか」
「弁当、うまそうだな」
 周りにいろいろ言われるのは好きではないが、弁当がうまそうといわれると自分のことが褒められたかのようにうれしさを感じた。
 同僚からひとしきりからかわれた後、会社の屋上で弁当を食べていると、後輩の及川みのりが話しかけてきた。
「恋人ができたんですか」
 ぼくは思いがけない質問にナポリタンを吹きだしそうになった。及川みのりは気やすく話せる後輩だが、恋の話など一切したことがなかったからだ。
「いや」
「そうですか、でもさっき井出さんたちが噂していました」
「あれは、勝手に勘違いして騒いでいるだけです」
「そうですか、じゃあ、わたしにもまだチャンスありますか?」
 そう小さく言った後、みのりは「お食事中、お邪魔してすみませんでした」と頭を下げて小走りで戻っていった。
 その夜、テーブルの上には食事が並んでいた。俵型のコロッケにトマトクリームがかかっている。斜め切りにしたバケットにはオリーブオイルが添えられていた。それが二セット。

「たくやさん、料理上手ですね。おいしい。しあわせ~」
 タンドリーチキンを頬張るみのりと向かい合って、ぼくもタンドリーチキンを口に入れた。辛すぎる料理は得意ではないが、ヨーグルトで辛さがまろやかになったタンドリーチキンが口の中でほぐれ、うま味が広がる。
 お互い下の名前で呼び出したとか、敬語の中にタメ口がだいぶ混ざるようになったのはここ最近だ。
 みのりに告白して、先輩後輩から恋人という関係になってから、仕事終わりにみのりが家に来て食事をすることが日課になり始めていた。みのりは食事がぼくの作ったものだと思っている。
 食事を美味しそうに食べる彼女を見て、ぼくは満たされた。ひとりで美味しい食事を食べることも幸福だ。ふたりで顔を見合わせながら美味しいを共有することも楽しい。
 幼い頃家族でテーブルを囲んだ時は、そんなことを考えるまでもなく、そういう食べ物を囲んだ家族の幸せを享受していたことを、みのりとの食事で思い出した。
 会社であったことや、次の休みの計画、果てはテレビドラマの感想など他愛ない会話も弾む。
 テーブルを片付け、台拭きでふく。感謝の気持ちでテーブルをなでるように触った。お腹が満たされ、風呂に入り、一緒のベッドで眠る。一連の動きのはじまりは、やはり食事なのだと思う。

 幸せな毎日が日常になり、このまま永遠に続くかのような気持ちになるが、ほころびが現れた。
 いつも食事の準備はテーブルがする。けれど、みのりには言っていなかった。ぼくがみのりより早く家に帰り、食事を用意している、そういう風にみのりは思っていたはずだ。
 その日家に帰ると、豚の角煮のほんのり甘い食欲をそそる香りが玄関先からでも分かった。予想通りテーブルの上に角煮を見つけたと同時に、冷蔵庫の前で固まるみのりを見つけた。
 合鍵を渡したのは数日前。合鍵があったら便利だね、とみのりが言い、断る理由もないので引き出しでずっと眠っていた合鍵をみのりに渡したが、こんな事態は想定外だ。
 みのりの足元にはスーパーの袋があり、じゃがいもが見えた。いつも料理を作ってもらっているから、たまにはサプライズで料理を作ろうと思ったに違いない。
 沈黙を破り「これは」とぼくが言葉を発すると、それに被せるようにみのりが言った。
 低く冷たい声は、初めて聴く声だった。
「わたしバカみたい」
 その言葉の真意を測りかね、ぼくは震え出しそうな声を落ち着け、「それはどういう」と聞いた。
 みのりは、目を閉じた。眉間にはうっすらとシワがよっている。パッと開いた目が台所を見渡す。鍋も、フライパンも、菜箸もないがらんどうのキッチンを。
「調理器具すらない。料理を作ってせっせと運んできてくれる女がいるんでしょう?」
 みのりの解釈はあながち間違っていない。テーブルの上に毎夜料理が勝手に現れるという話より、よりよほど現実的だ。
 すぐに解ける誤解だと、ぼくは笑みを漏らしてしまった。それがいけなかった。
「話を聞いてほしい。不思議な話だけれど、本当なんだ」
 テーブルを買ったいきさつから、毎日の料理、食べられなかった分をお弁当にし、それがふたりのキューピッドにもなったこと、ひとつひとつ丁寧に話した。
 話を聞き終わったみのりはしばらくの沈黙のあと、「わかった」とうなずいてぼくはほっとした。
「そういうことにしといてあげるよ」
 それはつまり今の話をみのりがまったく信じていないということで。みのりの態度に返す言葉もなかった。

 みのりがぼくの部屋に来なくなり、ひとりでの食事に戻った。にもかかわらず、食事はふたつ用意される。
 ひとりになって寂しさを感じるが、相変わらず食事は美味しい。
「仲直りしろってことかい? 無理だよ」
 残ったひとり分の食事は翌日せっせと弁当に詰めた。

 みのりと別れて一カ月ほど経った頃、テーブルがやけに手狭だと思ったら、食事が三食分並んでいた。
 トロッと半熟の卵がまぶしい親子丼。黄色い卵の上に、三つ葉が載っている。みっつのどんぶりを眺めながら、ぼくは考えた末に一つの答えを出した。
 翌日、弁当をふたつ持って、昼休みになると、みのりに声を掛けた。
「みのり、待って」
 みのりは歩く速度を緩めない。早足でみのりを追い越し、前に立つ。
「なんですか?」
 声は冷たいが、自分のしたことを考えれば当然だ。ぼくは潔く頭を下げる。
「この前はすまなかった」
「別に謝ってほしいわけではないって」
「分かっている。いるんだろう、ぼくたちの」
 ぼくはそこまで言って、みのりのお腹に目をやる。そこはわずかにふくらみを帯びている。みのりはぼくの視線を追い、自分のお腹に目をやる。
「赤ん坊、いるんだろう?」
 みのりは顔を赤くした。と、次の瞬間ぼくは頬に痛みを感じた。みのりがぼくの頬を思いっきりはたいと分かっとと同時に、「話ってそれ? 人のことデブっていいたいの。あんたの方がよっぽどデブだよ」と言った。
 好きだった人からの暴言は胸をえぐった。たとえ内容が事実だとしても。
 
 振られた痛手を癒してくれたのは、やはり食事だった。どんなに家の外で傷ついても、家には自分を待ってくれている存在がいる。
 今日の夜ごはんはなんだろう。ぼくは吸い寄せられるようにして、五食分の食事が用意されたテーブルに座る。体重の増えた体をのせた椅子が悲鳴をあげるようにぎしりぎじりときしんだ。
 テーブルが満足するのが先か、ぼくの体が限界を迎えるのが先か。ぼくは空っぽの部屋で「うまい、うまいよ」と言いながら、から揚げを口に運んだ。

(了)

梨子田歩未さんの前作「一目ぼれ」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory117.html

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
the world is wide(ザ・ワールド・イズ・ワイド):「「名たんてい 赤塚れい子のじけん薄」を読んで」で第3回優秀賞を受賞。
霜月 透子(しもつき・とおこ):「ぬか床ラヴァー」で第3回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。
山岐 信(やまき・まこと):「孕む壁」で第3回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回、第3回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した9名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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