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新・世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「シッドとジェーニー」(the world is wide)

2019.07.31 更新

 職工のシッドはずっとジェーニーが欲しかったんだ。だからシッドはジェーニーを手に入れたときたいそうよろこんだ。シッドは毎日ジェーニーの髪をすいてきれいなリボンをかけてやり、毎晩ジェーニーに楽しい話を聞かせた。毎日毎日来る日も来る日も。そうするとジェーニーはシッドに笑ってくれたから、シッドはジェーニーが大好きになった。シッドはジェーニーのためだと思うとまるきり気の乗らない仕事も頑張れた。毎朝いってきますのキスをして、帰ってくると毎晩話を聞かせて、いちばんの面白い場面でジェーニーがくすくす笑うのを聞くとシッドは胸に温かいものがいっぱいになった。気分のいい五月や美しい七月や、冷たい風の吹く十月の夜や、しんしんと雪の積もる十二月、暖かく灯った窓明かりの中で2人はずっと一緒だった。
 そうして2年と半月ばかり経った頃、ある晩シッドはいつも自分ばかりが話していることに気がついた。シッドはジェーニーの話が聞いてみたくなった。けれどジェーニーは困ったように笑うきりで何も話してくれなかった。だからその晩もその翌日もそのあくる日もシッドはジェーニーが話す代わりにいろんな話をした。話が思いつかないときはウィスキーをガブガブ飲んでピンクの象がやってくる話をした。ジェーニーは酔っ払ったシッドが何を話してるのかちっともわからなかった。今度はそんな日が続くようになった。いやらしい年度替りの4月、雨ばかりの6月、うんざりする蒸し暑さの8月。
 やがてシッドはジェーニーを見ても何も思わなくなった。だんだん話しかけることもしなくなったし、髪をすいてやったり、リボンをかけてやることもしなくなった。ジェーニーはシッドの部屋にあるただの飾りみたいになって、そのままさらに何日も過ぎた。
 ある夜、酔っ払って帰ってきたシッドはワインの瓶を手にしたまま棚に置かれていたジェーニーを何気なくひょいとつかんで、ジェーニーの服を乱暴に脱がした。そしてワインを飲みながらジェーニーの腕や足の関節を曲げたりした。まるでおもちゃにするみたいにジェーニーの腕がどこまで曲がるか確かめようとたり、脚をおかしな角度に曲げてみたりした。しばらくそうしてジェーニーの体で遊んだあと、シッドはちっとも面白くなさそうに「ふん」と言って、またワインを飲んだ。
 そしてあくる日の朝、シッドは魚のワタや、傷んだトマトやワインの瓶と一緒にジェーニーをゴミに出した。ジェーニーは胴から2つに折れていて、腕は両方ともなくなっていた。「いままでありがとう。さよならシッド」そう言ったジェーニーの声はシッドにはもうまるで聞こえなかった。
 はじめから面白いことなんて何もありゃしなかった、シッドがそう呟くと、通りでごみを載せたトラックが走り去る音が響いた。

(了)

the world is wideさんの前作「怪人」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory118.html

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
the world is wide(ザ・ワールド・イズ・ワイド):「「名たんてい 赤塚れい子のじけん薄」を読んで」で第3回優秀賞を受賞。
霜月 透子(しもつき・とおこ):「ぬか床ラヴァー」で第3回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。
山岐 信(やまき・まこと):「孕む壁」で第3回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回、第3回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した9名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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