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新・世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「怪人」(the world is wide)

2019.06.28 更新

 世間の一部の人たちはこの時間をスーパーヒーロー・タイムと呼ぶのだそうだ。日曜日の朝早く、子供向けの特撮番組が次から次に放送されて、子どもたちにとってはゴールデンアワーなんだとか。レスキューポリスとかマスクドライダーとか、あと女の子向けのバトルアニメとかね。

 まぁ、それはしかしこの話とはあんまり関係がないことで、その7月の日曜日の朝早く、とあるキャンプ場にトカゲとカエルの合成怪人が現れたのは特撮番組の撮影でもないし真剣に大真面目な本当の話だ。なんでそんなものが現れたかについては、たとえば地球温暖化を始めとする環境問題だとか、あるいはトカゲやカエルに対する日頃の仕打ちについて我々人類が胸に手を当てて考えてみるとなにかわかるかもしれない。まぁともかく怪人はその日人類の前に現れたわけで、日曜の朝のキャンプ場に現れたわけだ。朝から元気いっぱいな子どもたちが楽しく遊ぶ水辺に突如水をザバーと跳ね上げ、ヒレ状の足で川原の石の上に立ち、ぎょきょきょ、などと鳴いてみせるとキャンプ場にいた人たちは仰天して全員逃げ出した。燃え残りの焚き火の熾をそのままに逃げたものもいるし、律儀に水をかけて消してから逃げたものもいる。カラフルなテントやタープの彩りをそのままに、キャンプ場はひとっこひとりいないゴーストタウンみたいになった。怪人はぎょきょきょと鳴いたきりだ。

 それで仕方ないからトカゲとカエルの合成怪人は川べりを歩いてみた。川にバドワイザーの瓶が冷えているのを見つけ、怪人はその時初めてバドワイザーを飲んだ。なかなか悪くなかった。2本目のバドワイザーを手にしてあてもなくキャンプ場を徘徊していると、どこかの家族の焚き火がくすぶっていて、大振りな串に刺した肉が焼けていた。怪人はその時初めてシュラスコというものを見た。串から肉を外して、薄くそぎ切りにして食べてみた。これも悪くなかった。もう一度バドワイザーを傾けると太陽が激しく目を灼いた。それで怪人は簡易式のテーブルの上に置きざりにされてあったサングラスを掛けた。
 そうやって怪人は人間たちの荷物を検めてみたりした。怪人にとってはまるきり使い方のわからないポンピング式のランタンや、利用価値のさっぱりわからない(だってそんなもの見てどうするんだ?と怪人は思ったから)ポータブルテレビや、子供向けの飲み物だろうか、黄色のストローが添えてあるプラスチック製のピンク色の小瓶などを見つけることができた。

 ところで、怪人の足は水中や芝生を歩く分には良かったが、舗装された道には向かなかった。アスファルトはひどい熱を持っていてやけるようだった。かといってさすがに怪人に合うような靴やサンダルの忘れ物はなかったから、しかたなく怪人は川に戻って足の裏を休ませた。
 ほのかに空の青が溶け出した川の水と太陽に灼けた白い砂、じゃれるように砂地に打ち寄せるさざなみ。遠浅のさらさらした砂と川を踏みながら、怪人はここで先程みつけた子供用の飲み物をストローで吸った。しかしこっちはあまりうまくなかった。泡は出るには出るのだが、ビールの味のほうが怪人は好きだった。もう少しゆっくり楽しめばよかったかな、バドワイザーの味を思い出しながら怪人は思った。
 その時ざぁっと風が吹いた。川を渡ってきた心地のいい風だった。怪人はサングラスの中で目を細め、「きゅう」と鼻で鳴いた。すると鼻から泡が出て、風の中に透き通った気泡が浮かんだ。怪人は少し驚いたが、きっと子供飲料のせいだろうと見当をつけた。もう一度鼻で息を吐くと、七色に光る透明な球がいくつも宙に浮かんだ。それらは風に乗って、川下の方角へみんなして飛んでいった。風に震えてすぐ弾けてしまうものもあれば、草むらの影に落ちてそこでじっとしているものもあった。2つが合体したまま飛ぶものもあった。きわめて小さなものもあったし、会心の大きさのものもあった。

 怪人はこのときはじめてシャボン玉というものをみた。
 おもしろいな、と怪人は思った。儚いな、とも思った。そうしてシャボン玉が夕焼けを逆さまに写して夕暮れに飛び立つ時間まで怪人はそこで遊んだ。やがて川に真っ黒な水の流れる時間になって、その頃になると怪人は一人きりで川を遡って山に帰った。

 その晩怪人は人間の子供たちと一緒に、晴れた川べりで例の子供飲料を飲んで、みんなで鼻からシャボン玉を飛ばすたのしい夢を見た。

(了)

the world is wideさんの前作「連休のひと仕事」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory106.html

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
the world is wide(ザ・ワールド・イズ・ワイド):「「名たんてい 赤塚れい子のじけん薄」を読んで」で第3回優秀賞を受賞。
霜月 透子(しもつき・とおこ):「ぬか床ラヴァー」で第3回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。
山岐 信(やまき・まこと):「孕む壁」で第3回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回、第3回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した9名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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