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新・世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「精神論」(髙山幸大)

2019.06.28 更新

 「校長! この高校の野球部員はふざけていてけしからん! 練習中にもっと気持ちを見せてプレーをしろと指導すれば、人の目に見えないはずの気持ちをどうやったら見せることができるんですか? なんて聞いてくるし、二十四時間三百六十五日野球のことを考えろと言えば、睡眠不足になると体調不良になるしそもそもずっと起きているなんて不可能ですなどと反論してくる! あいつらは私を馬鹿にしているに違いない!」
 校長は今日新任したばかりの監督の様子をうかがいにグラウンドに出たのだがいきなり怒鳴られて面食らい、激高する監督をたしなめようと慌てて説明する。
 「そ、そんなことがあったんですか……。お気を悪くさせてしまい、申し訳ありません。しかし、彼らは決してふざけているわけではないのです。我が校の部員たちに限らず今の子どもたちはみんな幼い頃から科学的で合理的なトレーニング指導を受けてきた世代で、監督やコーチも今はデータ分析などを基に論理的かつ正確な言葉で指導することを心がけています。部員たちはあなたが口にしたような精神論に馴染みがなくて、その言葉に含まれるニュアンスを理解できないだけなんです」
 「昔は当たり前に通じていた言葉だぞ。私が監督業からしばらく離れていた間に高校野球は大きく変わってしまったのか……。練習メニューや器具なども随分違っていてやりづらくて仕方ない!」
 「突然の監督就任依頼のうえにやりにくい環境で申し訳ないのですが何とか助けてください! 地方大会直前に急病で倒れた監督の後任を必死に探してきましたが、お願いできるのはあなたしかいなかったんです。私たちもできる限りサポートしますし、それにうちの部は弱小だから結果を出そうと力まず気楽に……」
 「最初から負けるつもりで臨むなんて野球の神様に失礼です! それに不可能だと思える高い目標をあえて掲げて挑むからこそ実力の限界を超えて強くなるんです!」
 その日の練習後に監督は部員たちを集め 「俺はお前たちにとって理解しがたいことを言うかもしれないが強くなりたければ信じてついてこい! みんなで甲子園に行くぞ!」と威勢良く声をかけた。昔率いた野球部員に対してもそうしたようにみんなを鼓舞するつもりだったのだが……。部室に戻った部員たちは混乱していた。
 「一体どういうことだ? あの監督は甲子園を目標にしているようだぞ……」
 「俺たちの実力はセイバーメトリクスのデータなどを見れば一目瞭然だし強豪校との差も明確だ。地方大会を勝ち抜く可能性は極めて低いうえに初戦まではわずかな時間しか残されていないのだがどうやって甲子園に行くつもりなんだ?」
 「校長は実績あるベテランの監督だって紹介したよな? そんな監督が闇雲に目標設定するとは考えられないし、過度なノルマを課して部員を追い詰めるような酷い監督であればネットで叩かれたり提訴を起こされたりしているはずだがそんなこともないようだ。何か確実性の高いプランを用意しているに違いないのだが……」
 「ひょっとして練習法に秘策があるのか? でも監督が指示する練習は変わったものばかりだったよな? AIが提案する練習メニューやメディカルチェックマシンなんて必要ない、こんなのに頼っていたらダメだ、強くなれないって全否定してやらせる練習内容はどれもスポーツ科学理論に基づいていなかった」
 「ああ。走れなくなるまで走り込む、腕が上がらなくなるまで素振りするなんて初めての経験だ。こんなにハードな練習をしてもオーバートレーニングにならないという確証があるからこそやらせているはずだけど、いったい何の理論を基にしているんだ……」
 「監督は実はまだ世に出回っていない最先端のトレーニングメソッドをマスターした新進気鋭のトレーナーで、俺たちに課しているのは短期間で実力を飛躍させるための革新的なトレーニングだということはありえないだろうか?」
 部員たちはこれまでに行ってきた練習法と比較しながら監督の指示する練習のメリットをあれこれ探したのだが、皆目見当がつかないので困惑した。
 「なぁ、甲子園に行くというのはただの妄言だったとも考えられないか? だって監督は練習の時に気持ちを見せろなんて意味不明な言葉を言い続けていたじゃないか? もしかすると幻覚が見えているのかも……。違法ドラッグを使っている危険人物かもしれないぞ」
 「ああ。確かに監督は理にかなわない発言を連発していたもんな」
 その時、先ほどからずっとパソコンのモニターを見続けていたマネージャーが口を開く。
 「いや妄言や虚言ではないみたい……。今日の監督の様子はずっと動画でおさえていたけど、そこから抜き出した監督の声紋や表情をメンタルチェックシステムで分析したら、どの発言も正常な精神状態で真剣に発しているという結果が出た」
 「えっ? ということはあれも本気で言っていたのか? 私はエースで四番だった、甲子園出場を決めた試合で投げた球は火を噴いて相手打者に向かっていき、バッターボックスでは相手投手の球が止まって見えてことごとくホームランだったっていう。俺たちを茶化しているだけかと思っていたがまさか……」
 「うん……。そのまさかだ。噓を言っている時に出るはずの身体的反応もなかったし、それどころか事実を回想しているからこその表情をしていたと分析されてる」
 「で、でも、そんなのはとても人間のできることじゃないぞ!」
 みんながざわつく中で部員の一人が神妙な顔をしてつぶやく。
 「……なぁみんな、俺はあることに気が付いたんだが……。監督は俺たちには理解しがたい非科学的な練習を命じているけど、これはもしかすると科学では解明できない超能力を身につけるためのトレーニングなんじゃないか?」
 「た、確かにもし超能力を使えるようになって火を噴く球を投げたり球を止めたりできれば無敵だが……。でもそんなアニメの世界のような話はとても信じられない……。みんなで監督に確かめてみるか?」
 「いや、監督に聞いてもきっと教えてくれないぞ。練習内容があまりにも不合理なことに疑問を持った俺は、やる意味を教えてほしいと監督にお願いしたんだけど……。監督は、それは教えてわかることではない、その意味はお前の心で感じろって俺を追い返したんだ」
 「説明を求めたのに対して心で感じろというのはどういうことだ? 難解だ……」
 「難解といえば俺も監督とこんなやり取りがあったぞ。練習中に、やる気がないなら帰れと言われて、確かに今日は気分が乗っていなかったし帰って休もうと思ってグラウンドから出たんだ。そしたらなんで帰ろうとしているんだ! って𠮟られた」
 「帰れと言われても帰ってはいけないとはどういうことなんだ? いくら考えても監督の言っていることがさっぱりわからないぞ」
 「そういえば……。難解な問答をすることで悟りを開く、禅問答というものがあるな」
 「悟り……? なぁ、監督が気持ちを見せろと言うのは実際に気持ちを見ることができる能力があるからだよな。悟りを開くことでそういうことができるようになったとも考えられないか?」
 「もし本当に気持ちが見えるのであれば打者は相手投手の配球が読めて有利になるだろうな」
 「それに二十四時間三百六十五日野球のことを考えろと命じるのであれば当然自分もできるはず。悟りを開いて仙人のような存在になり不眠不休が平気な体になっているのかも……。それだけの体力があれば投手なら途中交代せずに延々と投げ続けられる!」
 「超能力を身につけさせるために非科学的なことをやらせたり、悟りを開かせるために難解な問答を繰り返したり……。監督は俺たちに特別な力を与えることで甲子園に連れていこうとしているのか? 野球の実力で甲子園に行くのは不可能でもそういうことならば……」
 ガチャ。その時、部室のドアが開き、監督に呼び出されていたキャプテンが戻ってきた。
 「監督からの伝達だ……。明日は今日よりも厳しい練習をするから死ぬ気でやれと……」
 「し、死ぬ? 監督は一体どんな練習をさせようとしているんだ?」
 「そ、それにせっかく特別な力を身につけても死んでしまっては甲子園に行けないぞ? 監督は俺たちをどうするつもりなんだ?」
 部室内は騒然となった。

(了)

髙山幸大さんの前作「謝罪会見」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory92.html

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
the world is wide(ザ・ワールド・イズ・ワイド):「「名たんてい 赤塚れい子のじけん薄」を読んで」で第3回優秀賞を受賞。
霜月 透子(しもつき・とおこ):「ぬか床ラヴァー」で第3回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。
山岐 信(やまき・まこと):「孕む壁」で第3回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回、第3回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した9名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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