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新・世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「物語の物語」(行方行)

2019.05.31 更新

 奇跡があるなら、神様だっている。
 ──面白い物語を書きたい。
 少年の強い願いは、神様に聞き入れられた。
 叶えてあげよう。
 少年の古いノートパソコンの集積回路を未来のものにすり替え、古今東西の膨大な物語を読み込ませた。これで、なにかアイディアを打ち込めば、それを活かした面白い作品が瞬時に生み出される。
 そのことに気づいたら、さぞ少年は喜ぶことだろう。
 神様はほくそ笑んだが、少年はノートへの手書きに拘った。
 なので、神様が少年の反応を見るのは、ずいぶん先のこととなった。

 少年は物語に没頭していた。
 朝食代わりに新聞小説を読み、学校に向かいながら文庫本に視線を落とし、授業中に長編を味わい、昼休みは古典SFを読み込んで、ジュブナイル小説に胸を躍らせながら帰宅する。夕食を済ませたら幻想文学を堪能し、有名作家の全集に目を通して、童話で肩の力を抜きながら眠りに落ちた。とにかく片っ端から物語を読む。
 小学五年生には、わからない漢字も理解出来ない展開もあった。しかし少年は文字を追うのを止めない。主人公の人生が流転していくさまを大筋で理解し、我がことのように笑って泣いて憤る。
 しかし所詮は他人事だ。
 だから、つまらない算数の授業中に窓外で稲光を見て、
 ──あの落雷を受けて、ぼくが異なる世界にいったらどうだろう。
 と発想したときは、天啓を受けたように痺れた。
 想像力を働かせれば、自分も物語の主人公になれるのだ。
『ごろごろと雷が鳴っていた。それも次第に近づいてくる。』
 一行目をノートに記してみる。
 なんとなく次の行で主人公を走らせてみた。なぜか。そう雨が降りかけているからだ。傘はない。学校にいこうとしているのか帰宅中なのか。どっちでもいい。視界が明るくなって主人公は空を見上げた。閃光が主人公を貫く。目覚めた主人公は太陽が三つある異世界の草原で、怪物たちに囲まれていた──。
「面白い」
 少年は、さらに文章を繋げていった。プロットも立てず登場人物は場当たり的で説明も足りず接続詞は間違いだらけだ。しかし、そんなこと構わなかった。主人公の物語──人生を描くのだ。それができるのは自分しかいない。
 すぐに夏休みに入ったので、朝から晩まで休まず書いた。必要以上に敵を強くしすぎたせいで主人公は命を落とし、仲間が対立して、城や街がどうしても書き割りになっていしまう。少年は頭を掻きむしって悩み、うやむやに生き返らせては超能力を与え、喧嘩腰でも対話させ、くどくなっても描写を重ねて、壁を破りながら筆を進めた。
 九月の初旬に仕上げ、学校に持ち込んで手当たり次第に渡してみる。
 夢中で書いたのだから、読んでくれるひともきっとそうだ。
「つまらない」
 異口同音にそう否定され、わずかにでもいいところはないか、とすがったが、文章は回りくどいし誰にも共感できないし舞台設定はありきたりだし出来事に驚きがないし、とこきおろされて耳が痛い。
 少年は腹を立て、それ以上に悔しくて鼻をすすった。
「面白い」
 と、どうにかいわせたい。
 だからそれからはより一層、創作に打ち込んだ。
 粗筋を作ると登場人物の自由さが失われるようで、出だしから奔放に展開させ、世界観に紙幅を割いたかと思うと矢継ぎ早に強力な武器を獲得させてあっさりと宿敵を倒し、佳境に入っても盛りあがらない。完成までに三ヶ月を要したが、最後まで読めなかったとみんなから突き返された。小説の賞に投稿しても一次選考さえ通らない。
 頭に血がのぼった少年は、すべての原稿を焚き火に焼べた。
 文字が灰と化していき、滲む。なんの涙だろうと不思議がっていると、烈火のような怒りが込みあげてきて、かといって叫ぶことも暴れることもしなかった。心に刻むようにひとつのことを、繰り返す。──面白い物語を書きたい。
 しかし、それからも少年の作品はつまらないままだった。
 読書をしようにも自分の下手さが浮き彫りになるようで集中できず、この表現でいいのかこの会話でいいのか、と執筆中も不安で頻繁に追い込まれる。そのたび、書くほどに上手くなる上手くなる、と繰り返して、時間がかかっても歩みを止めなかった。たまに不調から抜け出して、天才ではないか、と万能感が支配したが、すぐに萎んで息苦しい日常が待っている。
 青年になるころ、清書が辛くなってパソコンに切り替えた。
 ローマ字入力に慣れず、文章が想像に置いていかれる。なんとか食いさがりながら、事故で恋人を失った男が四十五年後にその孫娘と同居する話を書いていたら、主人公の感情で行き詰まった。
『恋人が亡くなる場面で、どれほど泣かせればいいのか』
 そう書いて悩んでいると、
『梅雨の長雨に打たれて、無表情で。冒頭の冗談を呟かせる』
 打ってもいない文字が画面に現れた。
 たしかにそのほうが複雑な心情を伝えられるし、「起きろよ、画集が濡れる」という台詞で過去と現在を結びつけることができる。難所を越えてさらにいくと、
『老人はいつから彼女に恋心を抱いていたのか』
 と迷い、尋ねるとすぐに返事がきた。
『男は美しいだけの思い出に孫娘を重ねているだけ』
 救いはないが、そうやって読み直すと、孫娘との交流に別の視点が加わって物語に深みが増した。
 さらに、機械が本文を延々と書き込んでいく。
 謎を絡めた導入は印象的で、淀みなくふたつの時代を描きながらも孫娘と老人の交流を微に入り細に渡って描き、後半は一転、衝撃的な展開が続いて山場で頂点に達し、鮮やかな一枚絵のように幕が引かれた。
 ──これこそ、閃いたときに想像した面白さだ。
 だが、過剰な部分や舌っ足らずなところが散見し、同じ単語の繰り返しや誤字脱字や誤用まであって、まるでひとが書いた草稿だ。執筆者としては荒いが読み手としては手練の青年は、間違いを訂正し、描写に幅をもたせ、表現を練りあげてユーモアを混ぜ、作品名を『氷雨し六月』として情緒を足した。
 完成させて周りのひとに見せると、
「いい。これだけ面白ければ本になるよ」
 絶賛され、新人賞に投稿すると本当に受賞して単行本になった。
 若い感性と老成した味わいが渾然一体となった驚異の作品、と文壇で激賞され、泣いた、震えた、感動した、と評判が高まって何度も重版がかかる。続刊を出せば飛ぶように売れて、青年のところには原稿の依頼がひっきりなしに舞い込むようになった。
 乞われるまま、青年はがむしゃらに書く。
 パソコンの前で目覚め、食事をするとき以外はキーボードを叩いて、明け方にわずかな仮眠を取った。いつまでも疲れが抜けず噛み締めすぎて奥歯がぐらつくようになったが、かまわない。
 ──面白がってもらえる。
 その喜びは、なにものにも代えがたかった。
 あっという間に出版点数が二桁を超え、どれも評判がよくどんどん売れていく。名前が広まると、パーティの誘いや講演会の依頼が引きも切らなくなった。すべてを断り、男は地下の書斎にこもった。窓や時計のないここなら時間を忘れて没頭できる。
 作品の勘所はすべてパソコンが用意してくれるので、文章を含めた一部にしか男は関われない。それでも休むことはできなかった。少しでも気を抜くと、
「つまらない」
 と吐き捨てられそうで、一行を吟味し一文字の意味合いにこだわる。
 三十代に入っていくつか縁談の話が舞い込んだけれど無視し、相変わらず光の差さない部屋で文字を打ち続けた。友達はいないが、訊けば答えてくれるパソコンとの交流が濃厚で、いつまでも飽きることがない。あっという間に白髪が生え、椅子に沿って腰の骨が歪んで視力も激しく衰えた。男は他人と接しないので己の変化に気づかない。
 五十代にさしかかったとき、ノートパソコンが壊れた。
 起動ボタンを押しても画面が灯らない。修理に出すと、こんな古いのは直せない、と送り返され、自力でバッテリーや記憶媒体や演算装置を交換したが、質問を叩いても返事はこなかった。
 締切が迫っている。
 男は新しいパソコンを用意し、キーボードを打った。
 『主人公は嘘しかつけない探偵だ。』
 しかし文章が続かない。
 かれは何歳でどんな容姿だろう。いや女性かもしれないし、老婆や少女、宇宙人や幽霊だっていいのだ。どんな始まりにすれば読者を引き込めるのか。どうすれば楽しげな丁々発止のやり取りを作れるのか。山場で読者に呼吸を忘れさせるにはどう騒動を重ねればいいのか。
 もう、参考にすべき下書きはない。
 広大の海原を筏で漂流しているような不安が、心を締めつけた。
 どう向かうか自分で決めるしかない。
 しばらく迷い、男は震えながら漕ぎだした。
 嘘の魅力を展開に生かせず、探偵の性格は終始ふらふらとし、後半にいくほど謎は深まらず、推理はおざなりで、歪に組まれた物語に興奮も喜びも切なさもない。
 それでもなんとか形にして発表すると、
「今作は、驚くほどつまらない」
 さんざん酷評され、まったく売れずにすぐ本屋から姿を消した。
 男は地下室から出ないので批判を耳にしない。
 ただ、つくづく実感した。
 ──自分だけでは面白い物語を書けないのだ。
 いままでの賛辞がすべて批判に覆るようで、悲しくて嗚咽が漏れた。つまらない、つまらない、つまらない。その晩は四十年ぶりに執筆をせず、でも眠れずに明け方から書きはじめた。
 そういう性分なのだ。
 数百冊の作品を上梓し信頼されているので、一作の失敗で依頼がこなくなることはない。男は新作に取りかかり、自問した。どうすれば自力でいいものを仕上げられるだろう。もっているものをすべて捨て、はじめからやり直すしかない。
 男は、文章の呼吸を把握するために名著を限りなく模写し、街に出て愉快な会話に聞き耳を立て、何十通りもの展開を考え、建物や風景や人物を文章で素描し、口の回らない老人だろうと博徒だろうと飲み屋の女将だろうと魅力的なひとに話を聞いて、鼻血が出るまで細部に拘り神が宿るのを願った。
 数年をかけて何作も世に出したが、
「つまらない」
 という評価は変わらない。
 六十代になった男に、だれも出版の話を持ちかけなくなった。
 それでも男は黙々と書く。
 ──次の作品こそ面白いものにするんだ。
 情熱は尽きないが結果に結びつかない。昔なじみの編集に読んでもらっても色よい返事はこず、賞に投稿しても落選し、知人や親戚に見せても感想は返ってこなかった。否定しては男が傷つくと思ったのかもしれない。
 男は蓄えを切り崩しながら、一円にもならない物語を書き続けた。
 さらに老い、目を患って画面の文字がほとんど読めない。それでも男は筆を置かなかった。叩くべきキーは指が覚えている。まともに読み返せず資料を参考にするのも難しいので、自然と短い物語ばかりになった。もうだれに見せることもない。だから面白いのかつまらないのか判断されることもなかった。
「ずっと書かれていたんですね。あなたの評伝を書きたい」
 そんな酔狂な物書きが現れたので、男は自分の一生を話して聞かせた。語り終え、男が席を外す。あてが外れたように、物書きは肩を落とした。
「創作ばかりで、なんて面白みのない人生だ」
 聞こえていたが、男は気にせず新作に取りかかった。
 書けば書くほど、どこまでもうまくなっていく気がするのだ。
 それがとにかく嬉しくて、もう二度と手を休めることはできない。

(了)

行方行さんの前作「金縛(かなしば)の目」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory77.html

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
the world is wide(ザ・ワールド・イズ・ワイド):「「名たんてい 赤塚れい子のじけん薄」を読んで」で第3回優秀賞を受賞。
霜月 透子(しもつき・とおこ):「ぬか床ラヴァー」で第3回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。
山岐 信(やまき・まこと):「孕む壁」で第3回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回、第3回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した9名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
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