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新・世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「図競想」(梨子田歩未)

2019.04.26 更新

 古びた図書館の入口で、前へ前へと人が折り重なるようにして足踏みをしている。
「スタートラインから、出ないでください」
 館長の声は運動会の定番曲、天国と地獄にほとんどかき消されている。続いて、館長の放った空砲とともに、一気に人々が館内になだれ込んだ。
 ある男は、腕力に任せ、周りを押しのけると「あ」の棚をひとさらいし、抱え込んだ。
 図書館の中央にある長机に、本を等間隔に並べると、端の本を倒す。本は次の本に寄りかかり、順に全てが気持ちよく倒れた。
『3』『2』『4』
 一番乗りと鼻息荒い男だったが、三人の審査員は軒並み辛めの点数を挙げた。
「速さは素晴らしい。ただ、著者が『あ』から始まるだけでは芸がない」
 男は肩を落とした。
 続いての挑戦者は、なかなか出ない。ただ速いだけでは勝てないと戦法を変えてきたのだ。
 次は、女。分厚い小説を並べ始める。並べている途中に審査員が言った。
「これは、ミステリーで揃えてきましたね。ジャンル縛りと言ったところでしょうか」
 別の審査員が遮るように言った。
「いや、ただのミステリーではない。これは、犯人が全員……おっとこれ以上はネタバレになりますね」
 三人目の審査員はうむむと唸る。
「これは試されますね。我々も」
 女は深い本に対する知識をアピールに成功したかに思えた。だが、しかし分厚さが災いしてか、ドミノが途中で止まってしまった。得点は思ったほど伸びず、女はため息をついた。
 準備が整ったのか、挑戦者たちが列をなして待っていた。
「江戸時代が舞台の小説ですね」
「こっちは宇宙が舞台か」
「今度は、パリが舞台の小説だ」
 飽き始めた審査員は、あからさまに大あくびをする。
「いや、別にいいのですよ。本を舞台や時代設定で分類するというのは基本かもしれない。けれど、ひねりが無いですね」
 その言葉を聞いて、列をなしていた挑戦者たちは自分の手に持った本を見下ろして、別の本を探しに本棚の間に散って行った。
 残った一人が緊張した様子で、本を丁寧に並べていく。
「これは…なんでしょう」
 審査員は身を乗り出して、本のタイトルを確認する。
「ジャンル、は違いますね。ファンタジー、純文学、ホラーに、詩集と来た」
「同年出版、という訳でもなさそうだぞ」
 ネコを抱いた館長が微笑みながら、タイトルをわざわざ口に出してゆっくり読み上げる。
「月の輪くぐり、キツツキと春、あいとマリコ、月見花、テノール、くらげの朝・・・・」
 館長の言葉を遮り、審査員が興奮気味に立ち上がった。
「あ、私、わかりましたよ。つ、き、あ、つ、て、く、だ、さ、い。付き合ってください」
「つ、が大文字なのは大目に見ましょう」
 一人の審査員は納得がいかないようだったが、館長が懐に忍ばせていたクラッカーを周りのギャラリーや審査員にさっと渡し、祝福の音とともに色鮮やかな紙吹雪が飛び出した。
 頬を赤く染めた初々しい恋人たちは、ぎこちなく抱きしめあった。
 ただし、音に驚いたネコは、館長の腕を飛び出し、図書館の奥に駆けて行ってしまった。
 恋人たちの心温まる光景とは裏腹に、一度使った本は使えないので、本が少なくなり、空いてきた本棚を前に、徐々に人々の小競り合いが始まった。
 取り合った本がびりびりと嫌な音を立て、二つに裂ける。落ちてきた本をいくつもの足が踏みつぶす。ついには本を武器に投げ合って、さながら雪合戦ならぬ本合戦と様相を変えてきた。
 そんな中一人の老人がゆっくりと本を並べ始めた。抱えてきた本の中から、最初に立てにくい厚みのない絵本を選び、慎重に並べ始めた。周りは息を飲んで見守った。
 出来上がったドミノは、まるでなんの一貫性のない並びで、審査員が首を傾げる。
「絵本、児童書、冒険小説、SF、ミステリ、恋愛、歴史小説。なにか共通点などあったか?」
 審査員は頭を寄せ合う。館長のヒントを期待するが、館長もじっと考え込んでいる様子。
「ああ、降参だ。一体どういう本なのだ」
 審査員の一人が言うと、若者は胸を張って言う。
「これはわたしの思い出の本なのです」
 そんなのわかるわけがないと、審査員は軒並み点数札を上げる。
『0』『0』『0』
 初の0点に会場からは、ため息に似た悲鳴があふれる。
 老人はというと、がっかりした様子も見せずに、周りに向かって堂々と言った。
「これは、わたしの本人生です。親が読み聞かせてくれた絵本。自分で読めるようになったはじめての本。夜ふかしをして、夢中で読んだ小説。感銘を受けた偉人の伝記。本が世界を広げ、人生を豊かにしてくれた」
 審査員の一人がふっと笑みを漏らし、老人の並べた本を一冊指さす。
「その本の作者、私なんだよ。公私混同はしまいと思っていたんだけどね」
「そんなことを言ったら、あの絵本、僕だって思い出の一冊ですよ」
 点数を出すのも忘れ、審査員は本にまつわる思い出を語り出した。
「いや、わたしだって」
「ぼくだって」
 みながみな、口を開き始め、本を奪い合う手をやすめ、口々に本にまつわる思い出を語り出した。
 館長とさきほどの老人が並んでその様子を見ていた。
「本による読書経験がある最後の世代から言わせてもらえば、こうして本を触ると、その時の思い出が鮮やかに蘇るよ」
 今の時代、どんに長い本でも頭にチップをつなげば、5秒足らずですぐに内容が取り込まれる。紙の本による読書とは、もはや過去の産物であり、今の時代では一部の人々の優雅な趣味だ。日々忙しい毎日を送る人々にとって、一枚一枚ページをめくり、本を読む時間などない。
 ここは、最後の紙の本の図書館である。いつもは存在を忘れられているのだが、毎年一回は館長主催によるイベントが行われ、その一日の来館者数がそのまま一年の来館者数となるのだ。
 
 祭りの騒ぎの翌日の荒れ果てた図書館。本という本が投げ出され、中にはページが破れたり、表紙が外れてしまったりしている。
 壊れた本は館長が一冊一冊丁寧に修復し、分類順、著者順にあるべき棚へと一年かけて戻していく。
「来年は、どうしようか」
 館長が独り言をつぶやいた。職員は自分たった一人しかいないのだから当然のごとく誰からも返事はない。
 閉館を避けるため、と考えて始めたイベントも毎年続けるうちにアイディアがすぐには浮かばなくなってきた。
 窓から差し込むひだまりの中、黒表紙の本の上で特等席にネコが丸くなっている。それを見て、館長はネコの横に腰を下ろすと、近くに落ちていた本を手に取り読み始めた。
 ここには、たくさんの空想の種がある。また一年かけてじっくり考えればいい。

(了)

梨子田歩未さんの前作「サン・センター」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory85.html

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
the world is wide(ザ・ワールド・イズ・ワイド):「「名たんてい 赤塚れい子のじけん薄」を読んで」で第3回優秀賞を受賞。
霜月 透子(しもつき・とおこ):「ぬか床ラヴァー」で第3回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。
山岐 信(やまき・まこと):「孕む壁」で第3回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回、第3回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した9名の方の競作連載。
共通のお題だからこそ浮かび上がる、作家ごとに異なるオチ、着想、作風etc。
きっと好みの作品に出会えます。

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