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新・世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「ドクターイエローの黄色いリュック」(滝沢朱音)

2019.04.26 更新

 朝、ドアを開けたら、黄色いリュックが脇に置かれていた。
 おそらく子ども用だろう。新幹線のイラストが大きくプリントされている。
 誰かが置き忘れたのか。この社宅は独身寮だから、子どもはいないはずだが……といぶかしみつつ、リュック側面の名札入れを見た僕は、目を疑った。
『たちばな あらた』
 ひらがなでそこに書かれていたのは、僕の名前だったのだ。
 ポケットのファスナーを開けると、四つ折りのわら半紙が入っている。表には『遠足のしおり』と印刷されていた。

 ――遠足のしおり――
 日にち:5月7日
 行き先:五月山(さつきやま)公園
 持ち物:リュックサック、べん当、はし、おしぼり、水とう、しき物、レインコート、おやつ
 服そう:動きやすい服、はきなれたくつ
 ねらい:自ぜんとふれ合いながら、なか間との友じょうを深めよう

(遠足か。懐かしいな……)
 こんなよい天気の朝に、スーツ姿でいる自分をのろいながら、しおりをリュックに戻したとき。
「あらたー!」
 僕の名を呼ぶ声に振り向くと、坊主頭の男の子が立っていた。
 年は10歳くらいだろうか。くたびれた綿のシャツに、カーキ色の半ズボン。肩にかけているズタ袋には、『たけした しんのすけ』と書かれた布が縫い付けられている。
「えっと、君は……しんのすけ君? 僕になんの用?」
「決まっとるやろ、遠足や。はよ、そのリュック背負え!」
 しんのすけは子どものくせに、決してあらがえないような威厳がある。僕は彼に急かされるまま、黄色いリュックを背負ってしまった。
 気がつくと、着ているものもスーツではなく、Tシャツとズボンに変わっていた。目線だってしんのすけと同じだ。
(もしかして僕は、子ども時代にタイムスリップしたのか?)
 疑問に思う間もなく、しんのすけは僕の手をひき、外へと走り出した。

 ――僕の就職が決まったとき、家族はたいそう喜んでくれた。
 大正時代の創業で、今では日本を代表する大企業となったその会社のことを、両親も祖父母も当然、よく知っていたからだ。
 この4月に入社式を迎え、本社のある大阪で半年間の新人研修に入ったのだが、ゴールデンウィークを迎えたとたん、僕は急に動けなくなった。
 同期の優秀さに圧倒されながらも頑張った反動で、疲れが出たのだろう。そう思って帰省の予定をキャンセルし、部屋に引きこもって連休を過ごしたが、気分は一向に晴れなかった。
(もしかして、これが五月病ってやつだろうか……?)
 連休明けの今朝は、自分を叱咤激励し、なんとかスーツには着替えたのだが、どうしても出社する気になれなかった。
 こみ上げる吐き気をおさえながら、重たい身体を引きずってドアを開けたとき、あの黄色いリュックを見つけたのだ――

 五月山公園には、ツツジがあちこちで咲いていた。
 山の頂上へ続くハイキング道を登り始める。遠足だというのに、周りには僕としんのすけしかいない。
 しんのすけは、次々にツツジの花を摘んでは、根元に口をつける。
「それ、何してるの?」
「知らんのか。蜜を吸うてるんや。甘いで。おまえもやってみ」
 僕はおそるおそる彼の真似をし、ツツジの蜜を吸ってみた。
「どや?」
「うーん、確かに甘いけど……」
 あまりおいしくはないねという言葉を飲み込み、僕は笑った。
 しんのすけは山歩きに慣れているらしく、子どもとは思えないスピードで、どんどん先を進んでゆく。
 僕の足はそれについていけず、徐々に遅れ始めた。 
(これじゃまるで、研修のときと同じだな)
 仕事のことを思い出した僕は、ふと我に返り、立ち止まった。
(待てよ……まるで夢の中にいるような気分でいたけど、もしかして僕は今日、会社を無断欠勤してしまったんじゃないのか……?)
 日はすでに高く昇っている。暑さと焦りとで汗が一気に吹き出した。
 せめて電話連絡をと思い、ポケットやリュックの中を探ってみても、どこにも携帯はない。
 道脇に座り込み、うなだれていると、しんのすけが道を戻ってきた。
「どないした? 疲れたんか?」
「しんのすけ君……僕……」
 額から流れる汗とともに、涙で不意に視界がにじむ。
「僕……ほんとは大人なんだ」
「おとな? あらたが、おとな?」
 しんのすけは驚き、僕の顔をのぞきこむ。
「うん。ほんとは今日、会社に行かなくちゃダメだったのに……もう大人失格になっちゃうよ……」
 しんのすけは困ったように眉根をよせた。そして、べそをかく僕の隣に腰を下ろし、ズタ袋をごそごそと探り始めた。
「なあ、まだ早いけど、おやつにしよか。甘いもん食べたら元気出るやろ」
「……」
「あらたは、どんなおやつ持ってきたん?」
 僕は涙をふき、黄色いリュックの中を探してみた。
 出てきたのはチョコのアポロと、コーラのグミ、そしてベビースターラーメン。子どもの頃、僕が大好きだったお菓子だ。
 それを見たしんのすけは、目を輝かせた。
「豪華やな! 俺そんなん、見たことも食べたこともあれへんで」
「えっ、そうなの? よくあるお菓子だと思うけど」
「……俺んち、めっちゃ貧乏やから、店のおやつなんか買えへんねん」
 しんのすけはそう言い、ズタ袋から包みを取り出した。中には、白く粉を吹いた奇妙な物体がいくつか入っている。
 首をかしげる僕を見て、しんのすけは言った。
「これ、干し柿やで。柿を干したやつや」
「へえ……食べたことない」
「そうなんか。おまえのおやつと交換したろか?」
 からかうような目で言うしんのすけに、僕はうなずいた。
「うん、いいよ。なんなら袋ごと交換しようよ」
「えっ……ほ、ほんまにええんか?」
「僕、そっちのほうが食べてみたいから」
 信じられないという顔で、しんのすけはおやつの袋を受け取り、アポロの箱を開けた。
「なんやこれ。けったいな形しとるなあ」
「それ、チョコレートだよ。アポロ宇宙船の形をしてるんだ」
「あぽろ、うちゅうせん?」
 そっと円すい型のチョコを口に含んだしんのすけは、大きく目を見開いた。
 相当おいしかったのだろう。次から次へと夢中でチョコをほおばる彼に、僕は語った。
「僕、ほんとは宇宙飛行士になりたかったんだ。アポロみたいな船に乗って、いつかは月へ行くんだ、って。今じゃただの会社員だけど……」
(しかも、その会社員の立場さえ危ういけど)
 自虐めいた言葉を心の中でつぶやきながら、僕は干し柿を口にした。ぬちゃりとした食感は苦手だが、素朴な甘みが妙に身体にしみる。
 指についたチョコをなめながら、しんのすけが言った。
「そのアポロっちゅう船は、空を飛ぶんか?」
「そうだよ。宇宙に出て、月まで行ったんだって」
「おまえも乗ったらええやないか。今からでも遅ないやろ」
「そんなの無理だよ……第一、僕は飛行機にもまだ乗ったことない」
「ひこうきって、その絵の乗り物か?」
 しんのすけは、僕が横に置いた黄色いリュックを指差した。
「ああ、これは新幹線。速い乗り物だよ。東京と大阪の間を2時間半で走るんだ」
 僕はリュックを手に取り、あらためてそのイラストを見て、車体も黄色いことに気づいた。
「あ……新幹線と言っても、これはドクターイエローだ。ちょっとスピードは遅いかも」
「どくたーいえろー?」
「線路を点検しながら走る、新幹線のお医者さんだよ。なかなかお目にかかれないから、見かけたら幸せになれるって言われてるんだ」
「ふーん。ようわからんけど、めっちゃかっこいいやん」
 しんのすけは感心し、黄色い新幹線をまじまじと見たあと、ぽつりとつぶやいた。
「あらたは、なんでもよう知ってるなあ。俺には学(がく)がないねん。小学校も途中で行かんようになって、家のために働いとるから」
 思いがけない告白に、僕は固まってしまった。
「ほんまはもっと通いたかったけど……たくさん働いて金ためて、それから学んでも遅ない。そう思うことにしてん」
「そっか……」
「……だから、こうやってたまに遠足に来れるん、めっちゃうれしいんやで。なんや、学校みたいやん」
 照れくさそうに笑うしんのすけ。僕は胸がいっぱいになり、黄色いリュックをつかむと、今思いついた言葉をそのまま口にした。
「……あのさ、しんのすけ君。リュックも交換しよう!」
「えっ……?」
 あっけにとられた顔。
「ドクターイエローは、幸せを呼ぶ新幹線だって言ったろ? これを持ってたら、しんのすけ君にもきっといいことがあるよ!」
「え……ええんか? 俺のはボッロボロやけど、取り替えっこしてもええんか?」
「うん。僕は大人だから、その袋のほうが渋くて好きなんだ」
「ほんまか……ほんまにええんか……やったあ!」
 よほど嬉しかったのだろう。しんのすけはズタ袋を僕に渡すと、黄色いリュックをさっそく背負ってみせた。
 子どもらしい笑みをみせる彼に、僕はどこか救われた気持ちになった。
(……そうさ、僕は大人だ)
 今日、どうして遠足に来てしまったのかわからない。会社ではきっと問題になっているだろう。このままクビになるかもしれない。
(だけど、僕は大人だ。大人なんだ)
 寮に帰ったら、誠心誠意で謝ろう。謝って謝って、もし許されたなら、明日からまたがんばればいい。それだけだ。
 ふと、山の上を見上げた。5月の空は、どこまでも青く冴えわたっている。
 新緑のあざやかさ、あちこちで美しく咲き誇るツツジ、むっとする草いきれのにおい。何もかもが新しく感じる。
「な、ちょっとは元気出たか? あともう少しやし、頂上まで登ってみようや」
 しんのすけは僕の肩に手を添え、立ち上がらせた。
「ごめんね、僕、足手まといになっちゃって……」
「ゆっくりでええんやで。はよ着くことだけが、遠足の目的とちゃうし」
 僕の背中をポンとたたくと、しんのすけは楽しそうに言った。
「見守りながら登ってやるよ。俺は、あらたのドクターイエローや!」

 寮に着いた頃には、すでに日は沈んでいた。
 同期たちは、まだ研修から帰っていない時間。誰もいない玄関ロビーに入ると、寮母さんが出迎えてくれた。
「橘くん、おかえりー」
 ちょうど祖母くらいの年の彼女は、やさしく微笑んでいる。
「研修お疲れさま。よかった、少し顔色よくなったみたいやねえ」
「あの……」
 僕は言いよどんだ。
「何も連絡受けてませんか? 僕、実は今日、会社に行ってないんです」
 そう打ち明けると、彼女はうなずいた。
「知ってるよ。五月山へ行ってたんやろ?」
「えっ?」
 驚く僕に、寮母さんはふくみ笑いをして、ロビーの柱を指差した。
 そこには、威厳のある年配男性の写真が、立派な額に入って飾られている。
 プレートには、『竹下電器産業 創業者 (故)竹下新之助』の金文字。
「毎年いるんよ。橘くんみたいに、遠足研修を受けさせられる新入社員が……」
 写真の男性の肩には、見覚えのある黄色いリュックが掛けられていた。

(了)

滝沢朱音さんの前作「身代わりのエリー」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory96.html

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作品について

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
the world is wide(ザ・ワールド・イズ・ワイド):「「名たんてい 赤塚れい子のじけん薄」を読んで」で第3回優秀賞を受賞。
霜月 透子(しもつき・とおこ):「ぬか床ラヴァー」で第3回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。
山岐 信(やまき・まこと):「孕む壁」で第3回優秀賞を受賞。

作品概要

あなたはどの作品がお好きですか?
第1回、第2回、第3回ショートショート大賞で優秀賞を受賞した9名の方の競作連載。
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