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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「スターチェイサー」(滝沢朱音)

2017.11.30 更新

 スターチェイサーは、街はずれのビルの地下にある老舗(しにせ)の音楽バーだ。
 一見するとただの古ぼけた店だが、客足は絶えない。

 その秘密はボトルキープの棚にあるらしい。

 七〇年代より続くこの店には、昔からミュージシャンを目指す若者が集い、有名なスターが数多く出た。
 彼らが当時キープしたボトルを大事に残し続けているのが店のウリで、スターの名前のタグを掛けたボトルがずらりと並ぶ光景を肴に、客は酒を楽しめるのだ。

 それだけではない。法外なキープ代を払えば、スターと同じレジェンド棚に自分のボトルを置いてもらえるという。
 初めて店を訪れたとき、バーのママはいたずらっぽい瞳をきらきらさせ、僕にボトルキープを勧めた。

「誰でもスターの気分を味わえるサービスよ。それに、夢のような特典も抽選で当たるの。どう、一本入れてみない?」
(夢のような特典か。スターのレアグッズとかだろうか)

 ママの営業トークでその気になった僕は、若い頃ミュージシャンを夢見ていたことをふと思い出し、TAK(タク)――かつて考えたステージネームだ――という名前で、レジェンド棚にボトルキープしてもらうことにした。

 ある夜スターチェイサーに行くと、若い客がレジェンド棚を眺めているところに遭遇した。
「ねえママ、このボトルタグの〝TAK〟って、誰?」
 そうそうたるスターの中で、浮いている僕の名前を不思議に思ったのだろう。
 その客の問いにママは一瞬口ごもり、僕の顔をうかがい見た。
 いつもの僕なら、自分はボトルキープしただけの一般人だと正直に言ったのだろうが、仕事でクレーマーにあたり鬱憤がたまっていたせいか、思わぬ言葉を口走ってしまった。

「……それ、俺だけど。君、俺のこと知らないの?」
「えっ? ご本人ですか?」
「ああ。これでも一応、ミュージシャンなんだけどさ」
 それを聞いて、彼はあわてた様子で謝った。
「すみません、勉強不足で……」
「まあ、表舞台に立ってたのは昔のことで、最近は裏方の仕事ばかりしてるから、仕方ないけどね」

〝裏方の仕事〟という言葉から、プロデューサーなどの職業を想像したのだろうか。
 会社帰りでスーツ姿の僕の与太話を、彼はすっかり信じこんでしまったようだ。
 男の前で、僕はスターを演じ続けた。その日の酔いの快さを、僕はなかなか忘れることができなかった。

 しばらくしてまたスターチェイサーで飲んでいると、その男がやってきた。
「あ、TAKさんだ!」
 男は、嬉しそうな顔をして近寄ってくる。
「あれから僕、TAKさんのこと調べたんですよ。そしたら……」
(まずい……!)
 動悸が激しくなり、この前の話はまったくの嘘だと打ち明けて謝ろうとしたが、なぜか男は目を輝かせて言った。

「本当にすごい方なんですね、TAKさん。まさかあのバンドのメンバーだったなんて……音楽史に残るバンドじゃないですか!」
「えっ、ああ、いやあ……」

 意外な答えに戸惑った。おそらく誰かと勘違いしているのだろう。カウンターの中でママは含み笑いをしている。
「バンド、再結成とかしないんですか?」
「そ、そうだね。いつかそうなればいいと思ってるけど……」
 しどろもどろでそう答えたとき、バーの電話が鳴り、電話口に出たママが僕を呼んだ。

「たっくん、ちょっと……」
 電話をかわると、受話器の先から懐かしげに語りかけられた。

「おお、TAK! 相変わらず店に入り浸ってるんだって?」
「えっ、ああ……」
 その声には聞き覚えがない。

「実はさ、この前、他のメンバーと話したんだけど、久しぶりにバンド全員で会わないか? ちょうどデビュー二十周年だし、再結成なんて話も……」
 僕は生返事で電話を切ったあと、考え込んだ。ママはこちらに背を向け、他の客の相手をしている。
(どういうことだ?)

 ――それからは、信じられないことの連続だった。
 有名バンドの元メンバーがスターチェイサーに集まり、初対面のはずの僕も、間違いなくそのメンバーの一人・TAKとして扱われた。そしてバンドは、一夜限りの再結成ライブに向けて走り出したのだ。

 何が何やらわからないまま、僕は久しぶりにギターを弾き、ついには大きなステージに立った。
 そんな体験は初めてのはずだが、いざライブが始まると、バンドの一員として何度も演奏を繰り返してきた気になった。
 ステージ上でメンバーと息を合わせ、笑顔で頷き合う。
 何という一体感だろう。
 自分自身をようやく取り戻したような実感がわき、思わず目頭が熱くなった。
(やはりこれは現実だ。かつて夢を諦めたというのは錯覚で、本当の僕は夢を追い続け、スターになれたんだ……!)
 やがて幕が下り、バンド全員で肩を組んだとき、感極まった僕は男泣きに泣いた。

「たっくん、お疲れ様でした」
 後日、またスターチェイサーを訪れた僕を、ママはやさしくねぎらってくれた。
「ありがとう。久しぶりのライブは最高の気分だったよ」
 感慨にふけりながらグラスを空けていると、隣の客がレジェンド棚を眺めて言った。

「ねえママ、このボトルタグの名前、誰?」
 あのときと同じだ。僕はママに目配せをし、今度は黙っていることにした。

 すると反対側の席から、思いがけない言葉が聞こえてきた。
「……それ、俺だけど。君、俺のこと知らないの?」
「えっ? ご本人ですか?」
「うん。これでも一応、ミュージシャンなんだけどさ」
 そこには見知らぬ中年の男がいて、そのくたびれたスーツを恥じらいもせず、酔いに任せて与太話を始めようとしていた。
 あっけにとられた僕がママを見ると、彼女は片目をつぶって言った。

「ね、本当に夢のような特典だったでしょ? またボトルを入れて応募してみてね」

(了)

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著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

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