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世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

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「熟女子」(恵誕)

2017.11.30 更新

 二〇一七年もあとわずか。人生には、モテ期が三回あると言われているけれど、残念ながら今年も私のもとへ来るつもりはないようだ。
 そのかわり? 同期のマナミが急にモテだした。マナミはとくべつ美人なわけでも胸が大きいわけでもないのに、近ごろ男性社員からやたらマナミさん、マナミさん、とチヤホヤされている。
 今日なんて、営業の男の子が出張土産の温泉饅頭をマナミにだけ二個も渡してたのを私は見た。許すまじ!

 モテ効果で艶っぽくなったのか、艶っぽくなったからモテるのかわからないけど、確かに彼女は変わった。
「男なんて百害あって一利なし!」が口グセだったのに、道端の石ころを見て「部長みたい。可愛い♡」と余裕たっぷりに笑う。ココロに余裕があるからか肌は生気にあふれ、また、コートを脱ぐ時、眼鏡をかける時、ふとしたしぐさに何ともいえない色気が漂っているのだ。
 やはり男だろうか。男だろう。いったいどんな男なのか?
 私はマナミをランチに誘い、そのことを問いただすとパスタをくるくる巻きながら言った。
「いいバーがあるの」

               ☆

 そのバーは、高級住宅街で有名な駅を降り、大きな屋敷の間を抜け、いくつもの路地を曲がり、もうとなりの駅に着くのではないかと思えるほど歩いた坂の上にあった。
 アールデコ調の門扉には『Bar 樽』とゴールドのプレートが施されている。門の隙間からするりと中へ入り、猫のようにしなやかに歩くマナミのあとを私は犬のように必死についていった。
 迷うことなくドア横のパネルに手をかざすとカチャリ、と金属音が響く。指紋認証だ。
「井上様、いらっしゃいませ」
 上品なスーツに身を包んだ老紳士がやわらかく微笑み、迎えてくれた。
「先日はどうも。すごい効果だったわ。だから、今日はお友達を連れてきちゃった」
 マナミがそっと私の肩に手を置く。
「それはありがとうございます。では、ご案内します」
 そう言うと老紳士は静かに左手を奥の扉へ向けた。

 その部屋は薄暗く、心地良い温度と湿度でとてもいい香りがした。
 室内の暗さに少しずつ目が慣れてくると、横向きに並んだ大きな樽がいくつも足元に浮かび上がってきた。よく見ると、それぞれ小窓がついていて、中では人が目を閉じて横になっている。

「ふふ。驚いた? ここはね。知る人ぞ知る女子を熟成させる樽バーなの」
「女子をじゅくせい?」
 ぽかん、と口をだらしなく開けている私を見て、マナミはクスクス笑いながら説明をはじめた。

「ウィスキーやブランデーは樽の中で寝かせ、熟成させることで角がとれて香りや風味が増すっていうじゃない? この樽はね。そのチカラを女子向けに開発したものなの。これからの季節は冷えるし忙しいし、風邪も自分もこじらせがち。ココロもカラダもカサついてるな、って感じた時、この樽で眠れば、女子が本来持っている大きなチカラを育み直してくれるの。
 ね。この樽、何でできてると思う?」
「さぁ、何かしら……」
「香木よ」
「香木? って、お香で使う伽羅とか白檀とかの?」
「そう、その香木。種類と産地は秘密らしいんだけど、幻の香木でつくられた特別な樽。香りって、他のどんな感覚よりも意識の深い部分にダイレクトに働くって言われてるじゃない? この香木はね、愛されるチカラを目覚めさせ、どんどん生み出せるカラダへ導くの」
「生み出せるって、何を?」
「フェロモンよ」
「フェロモン??」
「動物が出す、オスを引き寄せる香り。いいフェロモンを出すためには、イライラしたり、ストレスを抱えていてはダメ。ゆっくり深呼吸しながら、細胞一つひとつへ香りを届けるイメージで樽に身をあずけるの。やがて香りと自分のカラダが抱き合い、消えてとろりと胸を溶かす感覚に浸ったら……」
「ひ、浸ったら?」
「熟成完了よ」
「そ、それでどうするの?」
「どうもしないわ。ふつうに過ごせばいいのよ。ただ熟成後は、フェロモンが大量に放出されるから、好みの男性以外も引き寄せてしまうの。どこにいても声をかけられるけど、ま、その辺はライトにね」
 私はふと、老いも若きも男性社員たちがマナミさん、マナミさん、とまるで甘い蜜にむらがるカブトムシのように連日マナミを囲んでいることを思い出した。

「ねぇ。せっかくだから今日トライしてみたら? 樽の中って本当に気持ちいいんだから」 
 マナミは自分の言うことは百パーセント、というような顔で私を見つめた。
 瞳の真ん中に小さな私が映っている。
「その……どのくらい樽の中で寝るの?」
「んー、だいたい二時間くらいかな。一時間単位で、翌朝までOKみたいだけど、女子のベースができてる私たちは短時間でじゅうぶん。ね、よかったらほんとぜひ」
 そういうとマナミはくるりと振り向き、先ほどから気配を消して私たちを見守っていた老紳士に、いいですよね? と目で合図した。
 老紳士が静かに頷く。

「でも、いいのかしら。女子を熟成って、その……もっと、これから熟しますっていう人のためじゃないの?」
 目の前の樽で寝ている女のコたちの顔をみて、私は少しとまどっていた。

「ふふ。熟してるってどういうことかしら。年齢があがれば熟女? だからココロもカラダも熟してる? それは世間が勝手に思うイメージよね。そういう人もいればそうじゃない人もいる。
 この樽はね、女子の原酒みたいな若いコにもいいけど、大人女子にもチカラを発揮するのよ。あるでしょう? ‘追熟’って」
 マナミは私の腰をポンと叩き、口角をきりりと上げて言った。

「いい? 女は灰になるまで女子よ。人生百年時代、若いコに負けず艶やかに楽しむわよ」
 還暦をだいぶ過ぎているとは思えない、美しい横顔だった。

(了)

恵誕さんの前作「太陽の氷」はこちら
http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory01.html

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著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

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