キノノキ - kinonoki

キノノキ - kinonoki:ナビゲーション

世にも小さな ものがたり工場

ショートショート大賞優秀賞受賞者

世にも小さな ものがたり工場 ブック・カバー
バックナンバー  123456 

「太陽の氷」(恵誕)

2017.11.15 更新

女子A 今年の汚れ、今年のうちにってフレーズあるじゃない?
 あれを見聞きするたびに脳内リフレインが作動するの。今日の虚しさ、今日のうちにって。
女子B わかるわ。年末はみんな忙しくて殺気だってるし、何だか心が無になるっていうか……。
女子A ぽっかり穴があく感じ。     
女子C あらそれ、風通しがよくなっていいんじゃない?
女子A ばかね。最初はいいかもしれないけど、ほっとくと空虚ってどんどん大きくなって、しまいに自分がなくなっちゃうのよ!
女子C こわーい。
女子B だから満たしましょう。
女子ABC 太陽の氷で!

女子C ねぇ、どうしてこのまるい氷で元気が出るんだろ?
女子B さぁ? 考えたこともなかったわ。
女子A 口の中で、シュワッと泡だつように弾けて。
女子C 胸のあたりが、ぽうっとあったかくなって。
女子B 全身に力が流れて、宇宙とつながる。
女子C 明日もがんばろうって思える。
女子ABC まさに太陽の氷!

女子A マスター、氷のおかわり、お願いしま〜す。あ、同じグラスで大丈夫で〜す。
女子B ちょっと今日ペース早くない? もう四玉めよね。
女子A うん。今日はチームの企画会議だったんだけど、女性の視点でどんどんアイディアだしてくれって言われて。
女子B でた! 女性の視点。おじさんが程よく思考停止できる魔法の言葉。
女子C それでそれで?
女子A だから、データを言語化したわけ。そしたら、おじさん達の想像を超えてたみたいで、ビミョーな空気になって。
女子B あるある。
女子A とちゅうで、突然リセットされちゃったの!
女子C リセット!!
女子B 何それ?! モノ扱いですか!!
女子A それで、たまらない気持ちになって……。
女子C うん、たまらない……。
女子ABC 飲まずにいられない!!

女子A はぁ〜。仕事って本当に難しい。簡単な仕事なんてないよね、つくづく。
女子B とくに人とのコミュニケーション。
女子A 相手の事情を理解して、全体の空気も読んで、時には目の覚めるような提案をし、また時にはからっぽのフリをする。
女子B 太陽のような笑顔で。
女子C ほとんどSF……。
女子A でも、それが私たちに求められてるわけで。できないと、ちょっと存在価値低めじゃね? って思われちゃうわけで。
女子B せつない。
女子C せつなすぎて氷を丸呑みしそう……。
女子B だめよ、喉につっかえて倒れても、ここじゃ労災おりないわよ。これは、丁寧に口の中で溶かしていただくの!
女子A ふぅ。それにしても、このバーがあってくれて本当によかった。
女子B ここはプライドとか、誠実さとか、元気とか、失ったものを取り戻してくれる大切な場所よね。
女子C もし、このバーがなくなったら、生きていけないかも。グスッ……。
女子B やだ、泣かないでよ。グスッ……。
女子A ちょっとちょっと、飲みすぎじゃない? ラスト一玉で今夜は帰りましょうか。みんな、とりあえず……グスッ……。
女子ABC 乾杯!!

 どうも、賑やかで失礼しました。ええ、今の方々は会社のお仲間同士のようで。最近よくいらっしゃいます。
 いつの世も、働く女性にとってはいろいろあるようでして。いえ、もちろん男性にもあるんですけどね。
 しかし、なんと言いますか、生身の女性はハードな社会環境を生き抜くために、どんどんタフに進化してしまいました。小さなことでクヨクヨしたり揺れたりしない。まるで、ロボットのように強靭なハートで何事も乗り切れるようになったのです。
 一方皮肉なもので、人間はアンドロイドに「より人間的な機能」を求めるようになった。本来不得意と言われていた数値化できない心の機微や、相手の事情などを受けとめる「そんたく力」を搭載した。その精度を高めるための学習機能として、アンドロイドも傷ついたり、悩んだりするようになったわけですが、いきすぎて自殺してしまうなんてこともありましたからねぇ。
 一日の終わりに、心がほっとできる場所にこのバーがなれればと思っているんですよ。

 え? 太陽の氷とはつまり、氷熱エネルギーを利用したバッテリーのことかって?
 いえいえ、そんな夢のないことおっしゃらないでください。この氷は明日も元気に生きるための原始、希望玉ですよ。
 なんせ、アンドロイド女子が生きにくい世の中になってしまいましたから……。

 まぁ、そんな中で、ようこそうちの店にいらっしゃいました。さ、太陽の氷をもう一玉どうぞ。

(了)

バックナンバー  123456 

著者プロフィール

ショートショート大賞優秀賞受賞者

ショートショート大賞 優秀賞受賞者
恵誕(けいたん):「超舌食堂」で第2回優秀賞を受賞。
高山 幸大(たかやま・こうだい):「雨女」で第1回優秀賞を受賞。
滝沢 朱音(たきざわ・あかね):「今すぐ寄付して。」で第2回優秀賞を受賞。
長野 良映(ながの・りょうえい):「ヤンタマ」で第2回優秀賞を受賞。
梨子田 歩未(なしだ・ふみ):「靴に連れられて」で第1回優秀賞を受賞。
行方 行(なめかた・ぎょう):「紙魚(しみ)の沼」で第1回優秀賞を受賞。

ページトップへ