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品田遊(しなだ・ゆう)

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名称未設定ファイル_07 この商品を買っている人が買っている商品を買っている人は

2016.10.14 更新

 水色の絵の具をキャンバス一面に塗り広げたような青空だった。
 朝の日差しを背に受けながら、俺は河川敷沿いの歩道を駆けていく。
 秋晴れ。暑くもなく寒くもないちょうどよい気候。頭を空っぽにして運動に集中するにはうってつけの早朝だ。購入したばかりのシューズは足にぴったりと馴染む。オレンジのランニングウェアは汗を吸い取ってさらさらした肌をキープしてくれる。
 川下の方にある大きな時計台までたどり着いたらUターン。そのまま家まで走って戻るのが毎朝のライフスタイルになっている。今朝みたいな日曜は、平日よりものびのびと走れるような気がする。世界を包む空気が少し緩んでいるような。俺は水と緑に囲まれたこの町が気に入っていた。
 自宅の近くに差し掛かって「喉が渇いたな」と思った。
 道路脇にある自動販売機の前に立つと、ポケットに入った”ユーシア”から鈴のような音が鳴った。自販機も呼応するように電子メロディを返し、直後にガコンとボトルが落ちる音がする。取り出し口からは新商品のスポーツドリンクが出てきた。キャップを開けて飲んでみると俺好みの爽やかなカシス風味だ。一汗かいた体に塩分が染み渡る。
 味が気に入ったのでこのまま持ち帰ることにした。もし気に入らなかったら併設された返却口に容器を入れてしまえば、料金が引き落とされることはない。しかし、モスマン社が提供するレコメンド機能はかなりの割合で正解を引き当ててくれる。

 大通りに面した郵便局を左に曲がって少し進んだところに俺の自宅がある。治安は良く騒音もないのどかな住宅街のマンションだが、今朝は何やら様子が違っていた。
 マンションの斜向かいに建つ古い一軒家の前に救急車が停まっている。複数人の救命隊員が何やら作業に追われている。
 何かあったのだろうか。
 あそこは確か、偏屈者のじいさんが独りで住んでいるはずだ。どこからか拾ってきたゴミを庭先に溜め込んでいるので近所では少し有名な迷惑老人である。俺は5階に住んでいるから実害は感じないのだが。
 同じマンションに住む主婦がちょうどゴミ出しから戻るところだったので、声を掛けてみた。
「おはようございます」
「あら、池森さん。おはようございます。ランニング?」
「はい。いま戻ってきたとこで。あの、あそこって独り暮らしのおじいさんの家ですよね。なんかあったんですかね」
「ああ、ゴミ屋敷のおじいさんでしょ。なんかね、庭先で倒れてるところを通報されたんだって。脳溢血だかなんだかわからないけどかなり危ない状況らしくて、もしかしたら死んじゃうかもって」
 どうやら救命隊員に根堀り葉掘り聞いた直後だったらしい。彼女はその後も聞いてもいないことをペラペラと説明してくれた。
「でもこれでゴミ問題も解決かしら。って、やだ、罰当たりよね。こんなこと言ったら」
 まったく罰当たりだ、と思いながら笑って受け流す。まあ、おばさんは1階に住んでいるから、じいさんが貯め込むゴミにも思う所があったのだろう。
「ところで池森さん、あなた独身だったわよね」
「ええ、まあ」
「そろそろ身を固めたほうがいいんじゃない? あたしの姪っ子なんだけどね、いまちょうどあなたくらいの歳で独身なのよ。もしよければ一回会ってみたらどうかしら。すごおく良い子でね、きっと気にいると思うわ」
「いやあ、今のところまだひとりが楽しくて」
 俺は愛想笑いでごまかしつつ、主婦の長くなりそうな縁談を適当に打ち切って別れを告げた。まったく、お節介なおばさんだ。いったい俺の何を知っているというのだ。
 玄関前の宅配ボックスを開ける。ダンボール箱が入っていた。外装には見慣れた「Mossman」のロゴ。さて、今回はなんだろう。
 エレベータの中で軽く揺すってみる。コトコトと音がした。軽くて小さな箱が入っているらしい。レコメンド便の箱の中身を想像するのは帰宅時の楽しみのひとつだ。
 
 5階、自宅ドアの前に立つ。すると扉センサーがポケット内のユーシアを探知して解錠する。ドアノブを回すと部屋の明かりが勝手に点いた。朝の日光を活かすため控えめな光量だ。
 テーブルに箱を置いて、梱包を解いていく。箱は裏面のホックを外すと簡単に外れる。中から出てきたのは腕時計型の健康管理器「Watch-ing」だった。これがあれば付けているだけで心拍や体温、消費カロリーなどさまざまなデータを集計できる。ランニングが日課の俺としては、なかなか興味をそそられる。現物が目の前にあるとすればなおさらだ。
 モスマン通販のレコメンド便は、顧客が注文していない商品を送ってくる。ポケットサイズの情報蓄積デバイス”Yousia(ユーシア)”が集めた購入情報をもとに、顧客が気に入りそうな商品を先回りして配送するのだ。精度はかなり高く、今まで送られてきたものがイマイチだったことは少ない。また、レコメンド便で購入した商品は通常料金の3割引程度で買えるのも嬉しい。ランニングシューズやウェアもこうやって手に入れた。今では普通に注文して購入する機会のほうが少ないくらいだ。
 Watch-ingは、写真で見るよりもずっと格好よかった。鮮やかなグリーンのベルトも俺好みで、よりランニングが捗る明日が想像できる。集計されたデータはユーシアに自動的に送られ、レコメンド機能の向上に役立つ。俺はこれを「買った」ことにした。前からこんなのが欲しかったのだ。
 
 ソファに横になってテレビを流し見する。子供向けアニメや芸能人の旅行番組ばかりで、休日の朝のテレビはつまらない。
 何チャンネルかザッピングしていたら、中高年向けの情報番組が目に入った。「判断力を失った現代人の行く末」というキャプションが俺の注意を引く。
 年老いた評論家がおぼつかない口調で自説を展開して、司会者はうんうんとうなずいている。

「最近の若い人は自分の頭で考えるってことができないでしょう」
「はい」
「昔は違ったんです。誰も助けてくれなかったからね。みんな自分で考えるしかなかった。でも今は社会全体で個人を甘やかしているでしょう。ああしなさい、こうしなさいと」
「そうですね」
「最近はモスマン社が出しているユーシアという機械が流行していますね。みんな喜んで個人情報を手渡して、与えられた指示の言いなりになってね。これは亡国の前ぶれですよ」
「ほお」
「思考が画一化していきますから。ロボットみたいに多様性が失われていきます。どこかで線引きをしなければ危険です。いや、もう手遅れかもしれません」
「なるほど。さて、ここでSNSに寄せられた視聴者の感想を。『同感。自分のことは自分で選ぶべき 会社員・42歳』『便利かもしれないが、私は使いません。流出や不正のことを考えると恐ろしい。 主婦・39歳』『特定企業が情報を独占するのは明確な法律違反 無職・64歳』その他たくさんのご意見を……」

 安易なディストピア思想だ。俺は鼻で笑った。この老人は、レコメンド機能の指示に従って全員が同じような考えをして、同じような行動をとるようになると思っているのだろう。そんなわけはない。社会から多様性が失われると言うが、俺がユーシアを便利に使う一方でこんな番組が堂々と放送され多数の支持を得ている。これがまさに社会の多様性を証明しているじゃないか。時代に取り残された老人のたわごとにすぎない。
 俺はユーシアを充電するためにポケットから取り出した。このクルミ大のセラミックが、俺にまつわるさまざまな行動記録を蓄積している。色はモスマン社のイメージカラーであるモスグリーン。なだらかなハート型のフォルムを指の腹で少し撫でてから、盃型の充電器にユーシアを乗せた。中心部が淡く光って、ゆっくりとした鼓動のような明滅を繰り返す。
 そういえば、斜向かいのじいさんもテレビの評論家のようにユーシアを嫌っていた。一度俺が自販機の前でユーシアを使っているところを見られて、聞こえるように嫌味を言われた。たしか「そんなものの何が良いんだ」とか、なんとか。
 ソファの上で横になる。
 目をつぶっているうちにテレビの音量がゆっくりと小さくなり、やがて電源が切れた。それに伴って室内照明も徐々に光量を落としていく。ユーシアに内蔵されたモーションセンサー機能のおかげで、俺はスムーズに夢の世界へと案内される。
 ポポン。
 携帯電話が通知音を鳴らした。
 まどろみから引き戻され、俺は上体を起こした。即座に照明の明るさが戻る。なんだろう、仕事関係の通知は来ないように設定してあるはずだが。
 見ると、通話アプリからの「友達申請」だった。
 
 1 件の友達申請 Akiko Kagata
 
 その名前を見たとき、言いようのない懐かしさが胸を満たした。加賀田亜希子。俺のかつての恋人。
 
「私、来月結婚するんだ」
「そうなんだ、おめでとう」
 亜希子の報告は意外ではなかった。通話を開始したときから、なんとなくそんな気がしていたのだ。遠く離れた地方に引っ越した彼女が次に連絡をよこすなら、きっとそんなときだろうと。
「相手はどんな人なんだ?」
「同い年の人。お見合いで知り合ったんだけど、海洋調査の仕事をしててね……」
 その口調から幸せそうな様子が伝わってきた。大学時代、彼女と過ごした日々を思い出す。
「今日は旦那さんは?」
「出かけてる」
「このタイミングで電話してきた理由がわかったぞ。結婚してから連絡するとなんかやましい気がして、だから今が最後のチャンスだと思って……」
「やだ、なんで分かるの」
「きっと俺もそう考えるだろうから」
 俺は笑った。彼女も笑った。
 俺と亜希子は似たもの同士だった。高校・大学と学部まで一緒だったし、本や音楽の趣味もだいたい一致していた。少しシニカルな性格もよく似ていた。しかし、あまり似すぎているのもよくなかったのだろう。近すぎたふたりの関係は長くは続かなかった。数百キロの距離を隔てて他愛ないことを話している今のほうが、丁度いいのかもしれない。改めてそう思った。
「最近、ランニングを始めたんだ」
 近況報告をし合ううち、彼女がそんなことを言った。俺は思わず大きな声を出した。
「なんだ。亜希子もか。俺もだよ」
「やだ、そっちも? ほんとに似てるんだね、私たち」
「俺はレコメンド便で急にシューズが送られてきたのがきっかけで、なんとなく走ってみようかなってさ。もともと運動不足だったし」
「ウソ。それも同じ。私のとこにもシューズが来たの。それで、せっかく3割引だしと思って。私も運動不足だったし」
「こんな偶然ってあるんだな」
「いや」
 少し間を置いて、亜希子が言う。
「偶然じゃないかも」
「じゃあなんだ、まさか運命?」
「ううん。そうじゃない。これってさ、レコメンド機能のおかげじゃない? 私たちの趣味嗜好が共通してるせいで、似たようなものがレコメンドされた」
「ああ、なるほど。俺らの購入履歴とかが似通ってるから、結果的にオススメされる物も同じになるわけだ」
 勘の鋭さでは、いつも亜希子のほうが上だ。
「じゃあもしかして、あなたの家にも届いた? 腕時計みたいなやつ」
「腕時計? ああ、『Watch-ing』か。届いたよ。前から欲しかったから使うことにした。亜希子も?」
 数秒の沈黙のあとに亜希子が答える。
「私はちょっと迷ってるんだよね。最近、なんか不気味な気がして。確かに良いものだとは思うんだけど……」
 彼女がスピーカーの向こうで言葉を選んでいるのが伝わってきた。
「あまりに便利というか、いつも先回りされるから。行動を操作されてるような気がして」
「操作?」
 俺は声を出して笑った。
「笑うことないでしょ。現に私たちは知らないうちに同じ行動をとってたわけだし、不安になったっておかしくないと思うけど」
「ごめん。でもそりゃ考えすぎだよ。俺たちは偶然にも行動パターンが似ていたから、同じものをレコメンドされたってだけだ」
「だけど、たまに噂を聞くじゃない。モスマン社は物流を握って世界征服を企んでる、とかなんとか。ユーシアの情報を集めてる人工知能って、たしか世界最大級の凄い量子コンピュータなんでしょ。便利だけど裏で何考えてるかわからなくて怖い」
「大企業につきものの陰謀論じゃないかな。さっきもテレビでそんなことを言ってる評論家を見たけど、社会の複雑さってものを分かってないよ。昔の小説とかマンガに、人工知能が人間に鎖を繋いで家畜みたいにするディストピアが出てくるだろ。でもあんな社会、実現するわけない」
「そうかな」
 亜希子は不服そうだ。
「ひとくちに人間って言ったっていろいろいる。それをひとつの型に押さえ込もうとしたらいつか必ず暴発するよ。人間が自由を求める力は想像よりもずっと強いんだ。たとえば今後、モスマン社のレコメンド便が商品の購入を強制するようなことがあったら、一転して消費者は反抗するはずだ。だいたい、もし社会を操作できるような力があるとしたら、未だに世間で事件やらデモ活動が起こってるのはおかしいだろ。俺に言わせれば、ディストピア論者は楽観的すぎる」
「うーん。でも……」
 釈然としない、という感じで亜希子は唸る。これ以上ダメ押しすると彼女を不機嫌にしてしまうかもしれない。少し引こう。
「まあ、気持ちは分かるよ。頼んでもない商品が送られてくるなんて、俺も最初は慣れなかった。でも最終的には自分の意志で決めることだ」
「それって本当に自分の意志なのかな」
 亜希子は食い下がった。
「あなたはその腕時計が本当に欲しかったの? 送られてきたから欲しくなったわけじゃなくて?」
「なんだ、哲学的な話だな」
 俺は少しだけ残っていたスポーツドリンクを飲み干した。
「そんなこと言ったら、テレビCMだってそうだろ。美味しい、便利、大流行、と連呼されてるうちに欲しくなってくるもんだ。そこを厳密に区別するなんてできないよ。むしろ、無神経にいらないものを押し付けてくるCMよりも、ユーシアを経由して個人の嗜好に合わせたものを勧めてくれるレコメンド便のほうが上品だと思うけどなあ」
「上品だからこそ、なんか不気味に感じるの。知らないうちに選択の可能性が狭められて、型にはめられていってるような気がする。行動の押し付けみたいなわかりやすいやり方よりもずっと巧妙な形で、青写真どおりの世界が作られてるみたいな感じがしない?」
「もしかして、マリッジブルー?」
「ちょっと、私は真剣なんだけど」
 まずい、怒らせてしまった。だが、彼女が以前よりナーバスになっていることは明らかだった。俺に電話をかけてきたのも、結婚を前にして言いようのない不安を抱えていたからなのだろう。きっと、今日の俺は聞き役に徹したほうがよかったのだ。
「ごめん。無神経だった」
「謝らなくてもいい。あなたが言うとおり、私ちょっと不安定なのかも」
 亜希子の声は弱々しくなっていた。
「何かあったのか?」
「結婚相手、お見合いで知り合ったって言ったでしょ。実はね、相手はユーシアの情報をもとにレコメンドされた第一候補の人なの」
 ああ。そういえば、最近モスマン社は結婚マッチングサービスも始めたのだ。
「すごく素敵な人で、会ってすぐこの人しかいないって思ったんだけど、この人を選んだのは本当に私なのかだんだん不安になってきたの」
「選んだのは君だよ」
「選ぼうと思わせたのは、きっとモスマン社よ」
 俺はその言葉にうまく答えることはできなかった。
「私、なぜか確信してるの。あの人と結婚すれば、きっとずっと幸せに暮らせるって。だからこそ選ぶ余地なく正解を引き当ててしまうことを怖く感じる。好きだから選んだのか……それとも選ばされたものを好きになってるのか、わからなくなって」
 簡単な相槌でもいいから彼女に言葉をかけたかった。でも何も言えない。
 いつしか俺は彼女の言葉に妙な説得力を感じていた。
「あなたは支配と多様性は両立しないと思ってるみたいだけど、私は違うと思う。全てを一色に塗り替えてしまうのだけが支配じゃない。きっと、いろんな人形を配置して好みのジオラマを作るような支配もある。世間の流れに反発してるような人も、バランスを取るために誰かがそこに置いてるのよ。いつでも取り除けるように準備しながら」
 沈黙が訪れた。それは五秒、十秒と続き、俺は彼女が泣いているのではないかと思って耳を澄ませたが、すすり泣きの音は聞こえてこなかった。
「……亜希子。亜希子?」
「…………ごめん、喋りすぎて喉が乾いちゃって」
 口調からして泣いていたわけではなさそうだった。俺は少し安心した。
「水でも飲んでたのか」
「ううん。ジュース。カシス味で美味しいんだ」
 カシス味。俺は手元にある空のボトルを注視した。このドリンクもカシス味だ。なぜか嫌な感覚がした。
「なんか、いろいろ言ったらスッキリした。ごめんね、付き合わせちゃって。言われたとおり、結婚が近くて不安だったのかも。地元を離れちゃったから近所に何でも話せるような友達もいなくて」
「俺で良ければいつでも相談に乗るよ」
 彼女の声には元来の明るさが戻ってきていた。
「ありがとう。やっぱり私もWatch-ing買おうかな。ランニングするならあったほうが便利だろうし。毎朝、近所の川沿いを走ることにしてるんだ」
「俺もだ。そっちも近所に川があるんだな」
「うん。気持ちいいよ。毎朝、大きい時計台が見えるところまで走って、家まで戻るの」
 川沿いを走って、時計台まで?
 悪寒が走る。俺とまったく同じじゃないか。
 偶然、なのだろうか。
 足元から不安が染み込んでくるような感覚。
「もしもーし」
 偶然だろう。きっと。
「ねえ、聞いてる?」
「あ、ごめんごめん。ちょっと俺ボーッと」
 そのとき、大きなサイレンの音が俺の言葉を遮った。受話口からだ。
「ん? なあに。聞こえなかった」
「近所で何かあったのか?」
「ちょっと窓の外見てみる」
 窓際まで行った亜希子がカーテンを引く音がした。
「どう?」
「なんか、向かいの家の前に救急車が停まってる。どうしたんだろ」
 心臓の鼓動が急激に早まる。悪い予感がする。その答えを知りたい気持ちと知りたくない気持ちが交錯した。
「向かいの家の人って、どんな人なんだ?」
「独身のおじいさんだよ。なんかすごく頑固で変な人でね、そこらの野良猫にエサやったり、どっかからゴミ拾ってきて溜め込んだりしてる人。……なんでそんなこと聞くの?」
「いや」
 口の中がカラカラに乾いていた。
「ちょっと気になってさ」
「おじいさん、大丈夫かな」
「ゴメン、ちょっと体調悪いかも」
「えっ」
 とても話を続けられる気分じゃなかった。
「そろそろ切るよ。結婚おめでとう」
 気が向いたらいつでも掛けてきてな、そう言って俺は通話を遮断した。
 静寂の部屋で、俺は震えながら両腕で自分の体を抱きかかえた。
 なぜだ。
 なぜ、俺と亜希子の行動が。行動どころか、居住環境までもが一致している?
「いろんな人形を配置して好みのジオラマを作るような支配もある」
 彼女の言葉が頭の中で何度も鳴り響く。
 充電中のユーシアが目の前で穏やかな鼓動を繰り返している。
「世間の流れに反発してるような人も、バランスを取るために誰かがそこに置いてるのよ。いつでも取り除けるように準備しながら」
 庭先で倒れていたじいさんの顔が頭に浮かぶ。
 いや、ありえない。世界の仕組みはそこまで単純ではない。
 それに俺は自分で選んだのだ。俺はいつだって自分で選んできた。ここに居を構えることも、ランニングを日課にすることも。誰かに選ばされたことなど一度もない。選択肢を吟味した上で、俺が選んだのだ。
 だから、偶然なのだ。俺はユーシアを充電器から取り上げてギュッと握りしめた。
「偶然だ」
 口に出して言ったのと同時に、家の呼び鈴が鳴った。どうにか落ち着きを取り戻して玄関まで歩く。
「はい」
 ドアを開けると、モスグリーンの制服を着た青年がまっすぐ立っていた。
「お世話になっております。モスマン社の佐藤と申します」
「配達か何かですか」
「いえ。本日は池森さまに、弊社サービスのアナウンスをしに伺いました」
 彼は爽やかな笑顔を見せ、俺にパンフレットを手渡した。
「弊社の新サービス、モスマン・パートナーズです。お客様のユーシア記録を利用して、最もふさわしいパートナーをサーチ、マッチングいたします。今なら手数料無料でご案内可能となっております。利用者はここ数ヶ月で急増しておりまして、いずれも大変なご好評を頂いております」
 自信に満ちた声で説明を続ける。
「きっと、運命の人と出会えるはずです」
「運命の人、ね」
「たとえば、こちらの方などいかがでしょうか」
 男は慣れた手つきでタブレット端末を起動して俺に向けた。見知らぬ女性が微笑んでいる写真と、簡単なプロフィールだった。
 俺は彼女の大きな瞳をじっと見つめて、薄く微笑んだ。
「素敵な人ですね」
 彼も嬉しそうに笑った。
「そうでしょう?」

(了)

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著者プロフィール

品田遊(しなだ・ゆう)

東京都出身。
人気サイト「オモコロ」を運営する株式会社バーグハンバーグバーグに勤める会社員であり、
Twitterフォロワー数67,000を超えるスタープレイヤー。
小説デビューの作品『止まりだしたら走らない』(リトルモア)が各所で話題になる。
別名義ダ・ヴィンチ・恐山での著作として『くーろんず』等がある。

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