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品田遊(しなだ・ゆう)

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名称未設定ファイル_05 最後の一日_前編

2016.09.09 更新

【用水路に自転車が転落、男性が死亡 群馬県】
 14日午後10時ごろ、群馬県伊勢崎市内の水路沿いを自転車で走行していた男性が転倒、路外の用水路に転落して死亡する事故が起きた。
 20分後に通りがかった近隣住民の通報により地元消防が救出したがすでに心肺は停止しており、搬送先の病院で死亡が確認された。死因は頭部強打による脳挫傷とみられている。
 亡くなった男性は東京都在住で21歳の大学3年生。実家に帰省中の事故であることが後の調べでわかった。警察は用水路の安全管理に不備がなかったか確認を進めている。
 用水路や側溝への落下事故は各地で発生しており、行政は全国の危険な用水路に安全柵を設置するなどの対策を順次進めている。

 久内寿也が親指で「探査」ボタンをタップすると、釣り下げられた碇がするすると海中に沈んでいった。液晶画面が白い光につつまれる。幾度となく目にした一連のアニメーションを寿也はじっと見守る。
「GET! スーパーレア 歌姫イオナ(制服バージョン)」
 派手なエフェクトとともに、セーラー服を着て歌う人魚の少女イラストが画面いっぱいに表示される。寿也は落胆した。彼はすでに制服バージョンの「歌姫イオナ」を7度も引いていた。ソーシャルカードゲーム『セイレーンタクティクス』において、歌姫イオナは珍しいカードではない。彼がせっかく課金した2000円の成果は皆無に等しかった。
 すぐに画面のスクリーンショットを撮って Twitter に投稿する。

なむじぃ @_nam_nam_
またイオナとか今回のスペガチャクソすぎだろ?????????

 数分で反応が返ってきた。接写したフィギュアのアイコン。フォロワーの「まそ」からだった。

まそ @masomasomasosss
@_nam_nam_
こんな名言があってだな。

 添付されていた画像は、漫画のキャラクターが「お前が思うならそうなんだろう。お前の中ではな」と言っている一コマだった。寿也はその漫画の詳細を知らなかったが、返信ツイートにお気に入りをつけて「ウケた」意を表明した。
 アイコンをタップし「まそ」のホーム画面に飛ぶと、寿也と同じく『セイレーンタクティクス』のスクリーンショット画像付きツイートが並んでいた。その中には寿也が欲しがっているカードもあり、顔も知らぬ「まそ」の幸運を羨む気持ちが膨らんだ。

なむじぃ @_nam_nam_
鬱だ……家にある眠剤全部飲みました。

まそ @masomasomasosss
@_nam_nam_
おう、メンヘラ宣言やめーや

 冗談ツイートにすぐさま「まそ」が反応してくる。お気に入りも付けられていた。寿也も素早くその返信をお気に入りに登録し返す。
 液晶画面右上の時計を見ると12時過ぎだった。あと数分で電車が前橋駅に到着する。都営三田線、埼京線、上越新幹線、両毛線を乗り継いだ2時間ほどの旅はそろそろ一段落しそうだった。
 唐突にポップアップが表示された。寿也の母からのメッセージだった。
「そろそろ着きますか? 駅前にいます」
「あとすこし」
 寿也は手短な返信を打ち込んで画面を Twitter に切り替えた。
 タイムラインを眺めながら、寿也は目に付いたツイートを次々とリツイートしていく。

・キャラクターのクッキーを作るつもりが悲惨な形に失敗した画像
・子猫がバンザイをして後ろにひっくり返るGIFアニメーション
・漫画家が仕事の合間に描いた二次創作イラスト
・ゲイビデオのワンシーンをアニメ画像の上に強引にコラージュしたもの

 彼は約5分で4枚の画像をリツイートした。1204ものアカウントをフォローしていると、タイムラインは絶え間なく流れる。寿也のリツイートもすぐに文字と画像の洪水に流されて画面外部に押しやられた。

 JR前橋駅に降りると、寿也にとって見慣れた風景が広がる。蝉のけたたましい鳴き声が遠くで響いている。懐かしさという感傷を呼び起こすようなものではなかった。ただ彼が生まれ育った場所に戻ってきただけのことだった。湿気を含んだ熱い空気が肌にまとわりつき、背中に汗染みができる。
寿也は駅前のロータリーを見回した。すぐに青いセダンが目に入る。母の車だ。
 歩いて近づくと、寿也の母親、美都子がガラスを内側から軽く叩く音がした。「鍵を開けてあるから後部ドアから入れ」という、寿也にとっては馴染みのサインだ。窓を開けないのは外気の進入を最小限に抑えようとしているためだ。
 寿也はドアを開け、無言で後部座席に腰を降ろした。
「トシ、元気だったぁ?」
 だらりと伸びる特徴的な語尾で、運転席の美都子がミラー越しに笑いかける。昨年の帰省時と違って、肩下まで伸びていた美都子の髪はゆるいウェーブのかかったボブになっている。
「何か食べたいものある? 久しぶりにペリア行こうかぁ」
 寿也はタイムラインに流れてきたGIFアニメを眺めながら「ん」と返事をした。

 複合商業施設ペリアのフードコートには14の店舗が立ち並んでいる。寿也は「麺屋かしわ樹」の味噌ラーメンを、美都子は醤油ラーメンを注文した。
「たこ焼きも食べん?」
「いいよ、そんな食えないから」
「じゃあ半分こしよ、ね」
 蛍光灯の光を照り返す白いテーブルにプラスチックの盆が2つ向かい合う。親子は味に工夫と緊張感の欠けるラーメンをしばし無言ですすった。
「たこ焼き食べないと冷めちゃうよぉ」
「ん」
 促され、寿也はたこ焼きを頬張った。
「それで、大学はどうなの」
「まあ、うん。いい感じだよ」
 寿也はそう答えながら、口蓋に張り付いたかつおぶしを舌で剥がすことに意識を傾けていた。
「もう就活も始めないとでしょ」
「まだ早いよ」
「ダーメよぉ」美都子が声を張り上げた。「まだまだまだ、でいつの間にかもう遅いになってるんだから。トシはいっつもそうでしょう、ねえ? 高校受験の願書のときだって……」
「それ関係ないじゃん」
「倉本さんのとこの竣くんいるでしょ。ちっちゃい頃よく遊んでた。まだ2年生だけどもう説明会? っていうの、行ってるって言うし。早いに越したことないんだからさぁ」
 返答せずとも勝手に喋ってくれるモードに切り替わったと判断した寿也はレンゲでスープを掬い飲み、美都子の話を聞き流す。群馬での近況を一通り話し終えた美都子が立ち上がった。
「お水入れてくるけど、いる?」
「ん」
 美都子は空き紙コップをニつ持ってウォーターサーバーに向かった。すかさず寿也はスマートフォンを手にしてネット情報まとめサイト『かる速 ~かるちゃー速報~』の閲覧を始めた。

【悲報】『マジラグ』大規模サーバー障害で返金祭りへwww

 スマートフォン向けソーシャルRPGゲーム『マジカルラグーン』の不具合に対するプレイヤーたちの怒りの書き込みをまとめたページが目に入った。寿也は『マジラグ』のプレイヤーではなかったが、運営元の企業が定期的に起こす不祥事には強い興味を持っていた。
 概要を流し読みする。サーバー障害によってプレイを中断された『マジラグ』ユーザーの恨み辛みと、それを遠巻きに眺め囃し立てる外野の書き込みが混ぜこぜになって赤や緑の文字装飾に彩られている。匿名の書き込みはどれも複数の定型文の組み合わせによって成り立っており、寿也は文節の一端を見るだけで何を言わんとしているか察することができた。思考に負担のかからない読解は親指の運動を捗らせる。
「寿也、はい、お水」
 戻ってきた美都子が水で満たされた紙コップを置いた。寿也は画面から目を逸らさず左手でコップを掴み、水を口にした。
 母の居ぬ間にスマートフォンを手にとったことで親子の会話は再会の糸口を見失った。寿也はそのまままとめサイトの閲覧に身を入れる。美都子は液晶に視線を向ける我が息子をしばらく眺めていたが、やがて彼女もスマートフォンを起動してニュースアプリを開いた。
 
「スタミナが満タンになりました!」
 画面上部にポップアップが表示された。午後2時過ぎ、ペリア前橋店を出て実家のある伊勢崎方面に向かう車内で、寿也は『セイレーンタクティクス』を起動し、日々のルーチンと化したゲームミッションの消化を始めた。イベント開催中は獲得できる経験値が1.5倍になる。
「そうそう、今度うちリフォームするじゃない」
 信号待ちで美都子が言う。
「ん?」
 海獣クラーケンに攻撃を加えながら寿也が聞き返した。
「来月。リフォームするって言ってたでしょ、ちょっと前に。家に業者さん来るから、トシの部屋も片付けなさいよ。せっかく来たんだからぁ」
「え、俺の部屋もリフォームすんの、聞いてないけど」
「しないに決まってんでしょ。ついでにやっときなさいってことよ。そうじゃないといつまでもあのまんまでしょぉ」
 今年に入り、夫の部屋の整理に手をつけたことから、美都子の掃除ブームは始まった。今ではもうリビングの壁紙の総貼り替え、さらにダイニングキッチンの増設にまで規模が膨らんでいる。
 延々続くリフォーム計画を聞く寿也の意識はゲームの中にも母との会話の中にもなく、半端な状態で宙をさまよっていた。
「もうお父さんの部屋なんか、広々よ、広々。大変だったんだから。トシは自分でやりなさいよ」
「片付けるよ」
 寿也が車窓の外を見ると見慣れないお好み焼き屋に気が付いた。この一年で新しくできた店らしかった。なんとなく明日あたり、母はあの店に自分を連れて行きたがるのではないかと寿也は思った。
 
 寿也にとっての久しぶりの実家はどこか余所余所しく見えた。しかし玄関を上がり一歩二歩と進むとすぐに住み慣れた家の感覚が戻ってきた。
 家の中はかなり片付いていた。リフォーム予定日までの掃除計画は滞りなく進んでいるように思われた。
「お父さんにお線香あげて」
「ん」
 寿也の父、和孝の部屋は見違えるほど綺麗になっていた。数箱のダンボールと箪笥を除けば仏壇しかない。寿也は線香にチャッカマンで火をつけて吹き消し、香台に挿した。漂う青い匂いに顔をしかめて、鈴棒で鈴のふちを叩く。遺影の中の父と1秒だけ目を合わせ、挨拶を済ませたことにする。帰省の儀式は終了した。
 父の部屋を出てすぐにタイムラインを見る。相互フォローの「まそ」がレアカードを引き当てていた。「やべえwwwwwwwwww」というリプライを送るために「W」キーを連打しながら、寿也は小さく舌打ちした。レアカードが出やすいイベント期間は明日の15日まで。焦っていた。
「トシー、いまスイカ切ってるからねー」
 キッチンのほうから美都子の声が聞こえてきた。

(続)

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著者プロフィール

品田遊(しなだ・ゆう)

東京都出身。
人気サイト「オモコロ」を運営する株式会社バーグハンバーグバーグに勤める会社員であり、
Twitterフォロワー数67,000を超えるスタープレイヤー。
小説デビューの作品『止まりだしたら走らない』(リトルモア)が各所で話題になる。
別名義ダ・ヴィンチ・恐山での著作として『くーろんず』等がある。

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