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風とにわか雨と花

小路幸也(しょうじ・ゆきや)

風とにわか雨と花 ブック・カバー
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第9回

2016.07.05 更新

どこにいたって、海も空もおんなじ

「旨いか」
「うまい」
「たくさん食え。たくさん食べて大きくならなきゃ」
 中野さんが肉をどんどん皿にのせてくれる。
「でも野菜も食べろよ」
「わかってる」
「キライな野菜とかあるか?」
「あー、ちょっとはあるけど、なんとかなる」
 ピーマンがキライだったけど。
「この間、食べれるようになった」
「へー、どうやって食べられるようになった?」
「お父さんに、チャーハン作ってもらった」
 ピーマンをものすごく細かく全然わかんないぐらいにみじん切りにしちゃって、チャーハンに混ぜて食べたら全然平気だった。
「旨かったのか」
「うまかった」
「お父さんすごいな」
「すごくはないよ。初めて食べたから美味しかったのかも」
「はじめて?」
 中野さんが、うん? って顔をした。
「チャーハンを初めて食べたのか?」
「ちがうちがう。お父さんの作ったチャーハンを初めて食べた」
 あぁ、って中野さんが言って、笑ってうなずいた。
「そうか。じゃあ良かったな。お父さんの手作りのご飯をたくさん食べられて」
「えー」
 良かったかな。
「お母さんの作るご飯の方が旨いか?」
「どうかな。まだわかんない」
「わかんないか」
 中野さんが、笑った。それからチラッとお父さんの方を見た。
「あのな」
「うん」
 中野さんが椅子をちょっと動かして近づいてから言った。
「オレもな、小さいときにお父さんとお母さんが離婚したんだ」
「そうなの?」
 そうなのさ、ってうなずいた。
「どうだった?」
 訊いてみたら、中野さんはニヤッと笑った。
「どうだったって、何がだ?」
「イヤなことなかった?」
「イヤなことは、別に離婚しなくたって人生にはたくさんあるぞ。人生ってわかるか?」
「わからないけど、わかる」
 言葉は知ってる。
「ずっと生きてく毎日でしょ? それが人生でしょ?」
「そうだ。毎日が人生だ。どんな人の人生にも、イヤなこともあれば良いこともある。それは変わんない」
「そっか」
「そうさ。つまりだな」
「うん」
「離婚したとか、そういうことを気にしたってしょうがないってことだ」
「しょうがないの?」
 しょうがないんだ、って中野さんが言った。
「親のやることに子供はついていくしかないからな。どうしてだと思う?」
「何が?」
「どうしてついていくしかないのかわかるか?」
 それは、わかる。
「ついていかないと、家もないしお金もないし学校にも行けない」
「その通りだ。子供は一人じゃ生きていけないからな。大きくなって大人になって一人で生きていけるようになるまでついていくしかないんだ。だからさ」
「うん」
「天水くんは、ただ、お父さんとお母さんが離れて暮らしているだけで、ちょっと不便だけどしょうがないやって思っていればいいんだ。お父さんもお母さんも優しいだろう?」
「コワイときもあるけどね」
「それは、天水くんが悪いことをしたときだろ」
「そうかも」
 そうだね。
「離婚したから、良いこともあったよ」
「おお、何だ」
「こうやってバーベキューできた。初めてだもん」
 中野さんが、ニヤッと笑って僕の頭をぽんぽんと叩いた。
「そうだ。オレたちとも、もう友達だからな。いつでもバーベキューができるし海で遊べるし。良いことがあったよな」
 ホントにそう思ったよ。
「お父さんが言ってた」
「何だ」
「海はどこでも繫がってるって。空も。だから、離れて暮らしていても、同じ海を見ているし、同じ空の下にいるって」
 中野さんが、眼を大きく丸くして、うんうん、ってうなずいた。
「さすが小説家のお父さんだ。その通りだ」

真実

「喜子さんは、いつから小説を書いているんですか?」
「私は、そうね」
 ちょっと考えた。
「物語を書き始めたのは、子供の頃からよ。小説家と言えるようになったのは、三十を過ぎてからね。つまり、お金を貰えるようになったのはってことね」
 三十を過ぎてから。
「結婚してからですか?」
「私は、結婚はしていないの」
「すみません」
 あらぁ、って喜子さんは笑った。
「謝ることはないわよ。結婚という形は取らなかったけれど、ちゃんと一緒に人生を歩いてくれた人はいたから大丈夫よ」
 そうなんだ。
「その辺は、まだちょっとわからない、難しい話になるかもしれないわね。単純に、結婚届っていうものを役所に出さなかったというだけよ」
「どうしてですか」
「聞きたい?」
 喜子さんが、ちょっと首を傾げた。
「教えてくれるのなら。イヤならいいです」
「嫌じゃないわよ」
 うん、って喜子さんは小さく頷いた。
「人を好きになる気持ちはわかるわね。風花ちゃんには、お友達に好きな男の子はいる? 普通の友達よりもずっと気になる男の子」
 そうか、失敗したって思っちゃった。そういう話になっちゃうんだ。どうしようかって思ったけど、喜子さんみたいなおばあちゃんにウソをついてもダメなんだって思った。
「います」
 喜子さんが、にっこり笑った。
「もう少し大きくなると、その男の子とずっと一緒にいたいって思うの。毎日毎日、朝も昼も夜も一緒にいて、毎日笑いあって過ごしたいって。そういう気持ちになったことはある?」
「ちょっとだけ、あります」
「素晴らしいことよ。その気持ちを恥ずかしがったりしないでね」
「はい」
「でも、今はまだ無理ってわかるわよね。子供同士で一緒に暮らしたりはできない」
 もちろん、わかってる。そんなことはできない。
「学校で習いました。法律で男の人は十八歳、女の人は十六歳になるまで結婚できないって」
「あら」
 喜子さんは眼を丸くした。
「もうそんなことを習うのね。良いことだわ。でも、それは法律ね。国が定めた決まりの話。今は結婚できない。でも、結婚しなくたって大人になれば一緒に暮らすことはできるわ」
「できますね」
 はい、って喜子さんは言いながら頷いた。
「ここから先は、大人にならなきゃわかりません。その気持ちと、一緒に生きることは別の問題なんです」
 別の問題。
 喜子さんは、そうなのよ、って私を見た。
「大人になったらわかる、って言われたことはない? お母さんやお父さんに」
「あります」
「それはね、本当のことなの。真実」
 真実って、言葉は知ってるけど、意味はよくわからない。あ、違うかな。意味はわかるけど。
「本当のこと、と、真実って同じ意味なんですか?」
「あらぁ」
 喜子さんが笑いながら、おでこに手を当てた。
「ものすごく難しいことを訊かれちゃったなぁ。どうしましょう」
「難しいんですか?」
「自分で言っておいて何だけどね。それを説明するのはとても難しいわ。そこを突っ込まれるとは思わなかったわね」
「じゃあ、いいですけど」
 よくはないわ、って喜子さんが少し真面目な顔をした。
「子供の疑問に、わからないまでも、ちゃんと自分で考えられるように答えるのは、大人の義務ですからね。いいですか?」
「はい」
「こんがらがるかもしれないけど、ちゃんと聞いてね。風花ちゃんのお父さんとお母さんは離婚しました。これは、本当のことですね?」
 そう、だね。本当のことだ。ウソじゃない。
「本当のことです」
「はい、その通りです。その本当のことは、事実、とも言いますね。その言葉は知ってるかしら?」
「知ってるけど、あまり使ったことはないです」
「そうね。私たち大人も、普通の生活の中ではそんなに使わないわね。でも、本当のことイコール事実です。間違いありません。ちょっと言い方を変えただけです。じゃあね、風花ちゃんのお父さんとお母さんが離婚したのは、真実ですか?」
「えーと」
 真実っていうのは、ウソじゃないってことだから。
「真実です」
「じゃあ、二人は嫌いになったから、お互いにもう顔も見たくないって思っているのね?」
「あ、それは違う。違います」
 二人ともそんなことは言ってないし、思ってない。
「お父さんもお母さんも、キライになったから別れたんじゃないって思います。そう言ってます」
「でも、結婚したのに、離婚したっていうのは普通はそうなのよ。嫌いになったから、もう一緒にいられないから別れるのよ。違うかしら?」
「や、それは違わないけど、でもお父さんとお母さんは違います」
 あれ? 何を言ってるのかわからなくなっちゃった。混乱しちゃった。喜子さんを見たら、にっこり笑った。
「そうよ。それが、真実」
「え?」
「事実と真実は、同じようでいて違う場合があるの。事実は、ただ起こったことだけ。離婚という事実はそこにあるの。でも、離婚の原因は人それぞれよね。それが、真実。本当のこと」
 本当だ。こんがらがるけど、今のはわかった。
「事実の向こう側にあるのが、真実なんですか?」
 パン! って、喜子さんが手を叩いてすっごく驚いた顔をして笑った。
「凄いわ風花ちゃん。その通りよ。よくわかったわね」
 ほめられちゃった。そんなすごくはないと思うけど。
「その通りよ。事実の向こう側、その奥にあるものが真実なの。もちろん、単純に事実と真実がまったく同じ場合もあるけれど、事実と真実の意味合いが違ってくる場合だってあるの」
「むずかしいんですね」
「そうなの。難しいのよ。しかもね、風花ちゃん」
「はい」
「真実をきちんと感じ取れるかどうかは人によっても違うのよ。事実ですら、同じ角度で見られない場合もある。風花ちゃん、野球は観る?」
「お父さんが観ていたときに、一緒に観てました」
「じゃあ、ホームベースに三塁ランナーが突っ込んできて、タッチしてセーフかアウトか揉める場合があるのは、わかる?」
「わかります! クロスプレーですよね!」
 喜子さんも野球好きなんだ。
「ああいうプレーは、見る角度によってアウトとセーフが引っ繰り返ってしまう場合があるわよね。それと同じ。事実は一つのはずなのに、違ってくる場合がある。だから、世の中はいろいろ起こるのよ。皆が同じ事実を見つめて、同じ真実に気づいていたら平和なのに」
「いろんな争いが起こるんですね」
 そうなのよ、って喜子さんが少し悲しそうな顔をして、溜息をついた。

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著者プロフィール

小路幸也(しょうじ・ゆきや)

北海道生まれ。広告制作会社を経て、執筆活動へ。『空を見上げる古い歌を口ずさむ』で第29回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。著書に『東京バンドワゴン』シリーズ、『ビタースイートワルツ Bittersweet Waltz』『すべての神様の十月』『花咲小路二丁目の花子さん』などがある。

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