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風とにわか雨と花

小路幸也(しょうじ・ゆきや)

風とにわか雨と花 ブック・カバー
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第11回

2016.09.05 更新

混ざり合う感情

 二人が帰ってくる前に、一度様子を見に行く約束を風花としていた。帰りに迎えに行くのとは別に。
 風花は、きっと私には似ていないって思うんだ。
 顔はどんどん私に似てきているんだけど、性格は、どっちかというと博明さんに似ているのかもしれない。
 娘と息子なんて、理想的って言われたことがある。
 自分ではそんなことは考えなかったけれど、女の子と男の子、両方のお母さんになれたのはとても嬉しかった。ここまで大きくなった二人の今までのことを思い出すと、やっぱり男と女は子供の頃から全然違うんだなぁ、って理解できたのは、よかったと思う。改めて、自分が女である意味なんかも考えたりもできた。
 そう、親は子供と一緒に親として成長していくんだってことも、本当に、実感している。
 まだ、二人がどんなふうに成長してどんな大人になるかわからないけれども、何となくだけど、風花とはべったりの親子にはならないような気がしている。
 むしろ、天水がちょっとマザコンに育つかもしれない。あの子は博明さんよりも私にずっと甘えてくるから。それもまずいと思うから気をつけようと考えているけれど。
 風花は、きっとすぐに大人になる。大人っぽい考え方をする子供になる。だから、独立心も旺盛になると思う。
 中学や、高校に入ったらすぐに「留学したい」とか言い出すかもしれない。そうしてさっさと家を出ていってしまって、自分の足でしっかりと立って生活して、ときどき私のところに帰ってきて話すだけ話したら「それじゃ!」って言って笑顔で去っていく。
 そんな女の子になりそうな気がする。
 利口な子だから、離婚があの子の心に影を落とさないようにしなきゃならないって思って、しばらくの間は風花が言い出したことにはきちんと応対するようにしているの。
 だから、顔を出す。
 その気になれば日帰りだってできる。でも、たぶん一泊してくることになる。土日掛けて行くんだから日帰りする方が変だ。天水だって、きっと泊まっていこうって言う。
 そのために荷物を準備しながら、溜息をついた自分に少し驚いた。今の溜息は、明らかにブルーになっているときの溜息。
 気が進まないときの溜息。
 博明さんに会いたくないわけじゃない。どっちかといえば、会いたい。会えば、抱きついてしまいそうな気がする。
 あ、違うかな。そんなことは、ない。ちょっと妄想し過ぎ。
 お互いに微妙な笑顔を浮かべて、「元気そうね」ぐらいで済ませる。それが、普通。でも、もしも、子供たちが寝静まったところで身体が触れ合ってしまったら、思わず抱きついてしまいそうな、そういう気持ちを簡単に想像できるぐらいには、博明さんのことが好きなんだ。
 夫だもの。
 愛して、結婚して、子供を産んだ。
 そういう人。
 でも、離婚をして一人で暮らすことを選んだ我儘な人。
 別れて暮らす毎日には慣れたけれども、改めて会うことに慣れていない。そもそも、あの人が出て行ってから、電話では何度も何度も話しているけれど、一度も顔を合わせていない。
 会ったときに、自分がどんな顔をしてしまうのか、全然わからないし、コントロールできる自信もない。
 まぁ、風花と天水がいるから大丈夫だとは思うんだけど。
 感情って、一言で〈感情〉なんて言うけど、絶対にそんな一言で済ませられるような簡単なものじゃない。
 寂しいと辛いは必ず一緒にやってくるわけではない。寂しいけど楽しいってこともあるはずだし、楽しいけど悲しいってことだってあるはず。
 色は、黄色と青を混ぜるときれいな緑色になる。それと同じように楽しいと悲しいが混じり合って〈○○しい〉って感情になるんじゃないかな。
「そういう表現は」
 ないのか。私は博明さんみたいに小説をたくさん読まないから、難しい言葉を知っているわけじゃない。
 きっと今の私たちは、私と博明さんは、同じ思いを共有している。
 そういう意味では、一緒に暮らしていたときよりずっと近しい感情を抱いているのかもしれない。
 寂しいけど、嬉しい。
 悲しいけど、楽しい。
 そんなような思いを、同じ思いを抱いているはず。
「そうか」
 それって、結局。
「似た者夫婦だったってことかしら」

お母さんが様子を見に来た日

「いらっしゃい」
「素敵な家ね!」
「だろう? これは掘り出し物だっていったのは間違いないだろう?」
「本当。すごい」
 お母さんが、なんだかすっごく嬉しそうにして、ニコニコしながら家の中を歩き回っていた。
 前の夜に、風花ちゃんと話したんだ。お母さん、どんなふうに来るのかなって。
 だって、お父さんと会うのは離婚してからすっごい久しぶりだったんだ。だから、二人がどんなふうになるのかなってちょっと心配したりもしたんだ。
 駅まで迎えに行くって言ったのに、お母さんはバスに乗って一人で行くからいいって。これから何度も来るかもしれないんだから、道順を覚えるって。それで、風花ちゃんとお父さんと三人で家で待っていた。
 そうしたら、お母さんが来たのが見えたらもうすっごいニコニコして嬉しそうにして。
「築何年かわからないのね?」
「正確にはね。たぶん戦後すぐって話なんだけど」
 この家の話ばかりお父さんとしていた。そして、あちこちを見て回ってる。僕と風花ちゃんは居間で黙って待っていたんだけど。
「お母さんってさ」
 風花ちゃんに言った。
「なに?」
「家が好きだったんだね」
「家じゃなくて、建築物ね」
「ケンチクブツ」
「仕事してるでしょ? 図面を書く」
「うん」
「図面を引いて、それで建物ができあがるんだよ。つまり、お母さんは建物が好きで好きで、好きだからそういう仕事をやってるんだよ」
「そうなんだね」
 全然知らなかった。や、図面を書く仕事をしてるのは知ってたし、家でもパソコン使ってやったりしてるけど。
 そうか、家とか建築物が好きな人は、こういうボロボロの家を見てもああなるんだ。
「天水だってさ、もしここにいろんなゲーム機が全部置いてあったら、ソフトもたくさんあったら『なにこれ!』って全部一応見て、やってみたくなるでしょ?」
「なるね」
「それと同じだよ」
「そうか」
 本当に、全然知らなかった。お母さんは、お母さんで。前はずっと家にいてご飯を作っていて、今は仕事に行って帰ってきてまたご飯を作ってくれて。
 そうか、お母さんは、家とか建築物を見るのが好きだったのか。そういえば、ずっと前に東京駅に行ったときになんかずっとうろうろしていた。天井とか見ていた。あれもそうだったのかな。
「風花ちゃん」
「なに」
「知らないことをさ、わかるってのはさ、良いことでしょ」
「そうだね。知らないより知っている方が良いね」
「じゃあ、リコンして良かったのかもね」
「なんで」
「だって、お母さんがこういうのが好きだってわかった」
 風花ちゃんが、ちょっと考えるみたいに首を傾けて、うーん、って唸った。
「まぁ、それで離婚が良かったって言うのは問題あるけど、言いたいことはわかる」
「良くない?」
 風花ちゃんが笑った。
「良いことかもね」
「良いことだよ」
 だって、今度お母さんとどこかへ行ったときに、お母さんの好きなケンチクブツを一緒に見に行ってあげられる。
「でしょ?」
「そうだね」
 それは、良いことだねって、風花ちゃんがちょっと笑った。

笑顔

 お母さんが泊まっていくので、晩ご飯のお買い物に市場に行こうってなって、皆で歩き出した。市場へは、歩いて十分ぐらい。
「歩いて行けるところに市場があるのはいいわね」
 お母さんがお父さんに言うと、お父さんは頷いた。
「まぁ一人でいるとそんなに利用はしないんだけどな」
「そうなの?」
「もらいもので何とかなるって」
 私が教えてあげると、お母さんはちょっと眼を丸くしてお父さんに言った。
「そんなにもらえるの?」
「だって、一人分だよ。魚一匹、野菜一束もらったらもうそれで充分だろう。下手すると二日持つ」
 ここに来て、友達がたくさんできたお父さんのところには、毎日誰かが来るんだって。今は私と天水がいるから毎日は来ないけどね。
「あのね、必ず魚を釣って持ってくるのはね、東条さんだよ」
「とうじょうさん?」
「おじいちゃんだよ!」
 天水が言った。
「昔は漁師だったんだって。今も毎日舟を出して、自分の食べる分だけその辺で釣ってくるの。そのおすそわけだって」
「そうなんだ」
「そして野菜はね、誰だっけ?」
 天水が私に訊くので、言った。
「山本さん。お父さんの家から山の方にちょっと行ったところの家」
「農家さんなの?」
「違うよ。家庭菜園。たくさんできるから、いつも周りの人にあげてるんだって。お父さんもその一人」
 お母さんはちょっと笑って、お父さんを見た。
「不自由しないのね」
「まったくだよ」
 そんなつもりはなかったけど、皆が助けてくれるんだってお父さんが言った。
「全部、蒲原さんのお蔭だよ」
「そう」
 お母さんが頷いた。あれ?
「お母さん、蒲原さん知ってるの?」
 うん、って頷いた。
「知ってるわよ。毎年年賀状をやりとりしていたし」
 そうだったのか。
「知らないのかと思ってた」
「どうして?」
「だって、私は知らなかったし」
 そうか、ってお母さんは言う。そして、私の顔を見てちょっと笑った。
「お父さんやお母さんには、あなたたちの知らない友達や知り合いがたくさんいるのよ」
「うん」
 それはわかったけど。
「だって、風花の友達にだって、お母さんの知らない子はいるでしょう?」
「いないと思うよ」
「いるわよ。ちょっと前に一緒に遊んでいた三組の子、お母さんは知らなかった」
 あ、そうか。夏生ちゃんは知らないか。
「お父さんやお母さんは、お前より二十何年も長く生きているんだ。天水、一年は何日だ?」
「三百六十五日」
「十年は何日だ?」
「えーと」
 天水が少し考えた。
「三千六百五十日」
「その通り。その倍の二十年は、七千三百日だ。つまり、お前たちよりも七千三百回以上もたくさんの人に出会って友達になれる日があったってことだ。それだけたくさん友達もできる」
「スゴイね」
 天水が言った。
「そんなに友達できたら、覚え切れないね」
 皆で笑った。
「毎日友達できるはずないでしょ」
「できたら、楽しいだろうけどな。でもな、天水」
 お父さんが天水の頭をぽんぽんって叩いた。
「友達はたくさんできるけれど、そんなにたくさん毎日を過ごしていると、会わなくなってそのままの友達もたくさんいる。ずっと会い続けている友達もいる。いろいろなんだ」
「お父さんとお母さんも昔は友達だった?」
 天水が訊いたら、お父さんとお母さんはちょっと驚いた顔をして、それから二人で笑った。
「そうだな」
「そうね」
 二人で一緒に言って、また笑った。
「友達だったし、今も友達だ」
「えー、今はリコンした夫婦でしょ」
 天水が言ったら、うーん、ってお父さんは唸った。
「離婚した夫婦だけど、二人が友達として過ごした昔は、その頃の思い出は消えないからな。ずっと残っている。だから、友達でもあるんだぞ」
「バージョンアップ?」
 天水が言った。
「なに?」
 お母さんが訊いた。
「友達がバージョンアップして、夫婦になった?」
 今度は私も笑っちゃった。お父さんもお母さんも大笑いした。
「そうだな。バージョンアップしたんだ」

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著者プロフィール

小路幸也(しょうじ・ゆきや)

北海道生まれ。広告制作会社を経て、執筆活動へ。『空を見上げる古い歌を口ずさむ』で第29回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。著書に『東京バンドワゴン』シリーズ、『ビタースイートワルツ Bittersweet Waltz』『すべての神様の十月』『花咲小路二丁目の花子さん』などがある。

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