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縁もゆかりもあったのだ

こだま

縁もゆかりもあったのだ ブック・カバー
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寄る辺のない旅

2019.09.27 更新

 初めて海外を旅したのは1999年の初めだった。
「何度も行けるものじゃないんだから新婚旅行くらい奮発しなさい」
「こういうときしか堂々と休めないよ」
 そんな同僚の声に背中を押されてパスポートを取得した。

 勤務先の小学校は冬休み。休暇申請さえすれば後ろめたい思いなどをしなくてよいはずだが、その学校では毎年冬に大掛かりなPTA作業が入っていた。
 校庭一面にスケートリンクの土台を作り、毎晩水を撒くのである。寒い、きつい、夜遅い。保護者と教職員による数人の当番制だ。
 星も天に張り付くような極寒の夜、均等な氷の厚さになるように、機械とホースを使って丁寧に水を撒く。そうして約一時間、リンク脇のストーブ小屋で氷が張るのをひたすら待つ。誰かが忍ばせてきたイカやタラの干物をアルミホイルの上でちりちりに炙り、いつの間にか、みなの手には缶ビール。二回目の水撒きは酒の力を借りて身体を温める。帰宅するのは深夜だ。 
 女性職員は作業には参加せず、おでんや豚汁を差し入れるのが慣習だった。私は変なところで負けず嫌いだったから「お料理を作ってにこにこ立ってるだけなんて嫌だ。おでんも作るし、重たいホースも持たせろや」と憤っていた。自分で自分の仕事を増やして二倍疲れるのだった。
 水撒きの過酷さもあるけれど、こういう場面で生じる「やっぱり男の先生は頼りになるなあ」という保護者の言葉に少なからず悔しさを抱いてしまう。男女関係なく自分にできることは何でもやりたい。声に出せない「私も、私も、私も」が強くなり、気持ちが疲れていた。
 
 そこへ降ってわいた「作業免除」。ならば、できるだけ遠くまで行こう。意地を張っていたのが馬鹿らしくなるくらい、あっさりと決めた。
 それがロンドン、パリ、ローマ7泊8日のツアーを選んだ理由だった。
 西暦1000年代の最後とミレニアムイヤーに向かう「終わりと始まり」の幕開けに華やぐ成田空港。私と夫も大きなトランクケースを引いて、そんな旅行客の一組になった。

 ツアーの参加者は高齢夫婦がほとんどで、若者は数組だった。困った。飛行機やバス、食事の席で初対面の人たちと何を話せばよいかわからない。地理にも歴史にもグルメにも疎い。会話に詰まった私は、我が家の惨状を語り始めた。
「壁が崩れて外と同じ気温なんです。玄関の靴の中に雪が積もってるんですよ。水道も凍っちゃうんで鍋に雪を突っ込んで沸かすんです。夏はネズミが天井裏をめちゃくちゃ走ります。家賃が八千円なんですよ。その家しか空いてなくて。わはは」
 誰も笑ってなかった。
 あとから知ったのだが、そのツアーに参加していたのは都会の裕福な人ばかりだったらしい。結婚祝いを握り締め「一生に一度のヨーロッパ旅行を」と参上した垢抜けない夫婦とは住む世界が違ったようだ。
「場違いなツアーに紛れ込んじゃったみたい」
「別にいいんじゃないの。一緒に行動しなきゃいいだけなんだから」
 夫は暢気に答えた。むしろ、この状況を面白がっていた。

 ロンドンでは自由行動が半日あった。同い年の女の子に「ここでしか買えないバッグがあるんだよ」とブランドショップに誘われても、「ワインの美味しい店に行くんだけど一緒にどう?」と大きな指輪をはめたマダムに手を引かれても、すべて断った。
 じゃあ私たちはいったいどこへ行きたいんだろう。
 異国に居ながら何も思い浮かばない。物欲や食欲のある人たちは幸せなのかもしれない。自分の欲望にまっすぐ向かって行けるから。大理石の洗面台で顔を洗いながら「こんなことでいいのか」と情けなくなった。

 ホテルのフロントでもらった地図を開いてみると、少し歩いたところに「ホランド・パーク」という大きな公園があった。
「ここの芝生で半日寝て過ごすか」と夫が言う。
「それもいいね」と支度をした。
 裏通りの小さなパン屋でチェリーの載ったパイと細長くてかたいパンを買った。ただそれだけで街に溶け込めたような気になった。
 陽が射している。コートを羽織れば十分暖かい。この気温ならホースで水を撒いても凍らないだろう。早くも片田舎の頬を刺す風が恋しくなっていた。

 どうやら私たちはホランド・パークを舐めていた。見渡せる規模の公園ではない。木々が深く生い茂り、森を歩いているようだ。
 不意に背後の草むらが音を立てて揺れた。野犬だろうか。私たちは身構えた。目を凝らすと、草むらの上を数匹の青い蝶のようなものが上下している。まるで草を掻き分けるようにこちらへ向かってくる。まさか未知の生き物か。
 姿を現した瞬間に捕まえよう。夫は前のめりになり、私はカメラを構えた。
 ひょこっと顔を出したのは鮮やかな色艶のクジャクだった。ポカリスエットの青さだ。ゆらゆら揺れていたのは頭の飾り羽だった。人なれしているのか、逃げる素振りはない。
 私たちが歩くと、クジャクも長い尾を引き摺りながらあとを付いてくる。高貴なる子分を得てしまった。
「そうだ、さっきのパン」
 ちぎって投げると、勢いよく飛びついた。楽しくなって、「ヘンゼルとグレーテル」のように小道にパンくずをこぼしながら歩いた。
 二羽、三羽、四羽。振り返ると、どこに潜んでいたのかクジャクが増えている。パンをめぐって喧嘩も勃発している。地元の子供たちが指をさして笑う。私たちはクジャクを連れ回す日本人になっていた。
 その公園にはリスもいた。お腹の白い、ずんぐりとした茶色いリス。彼らもまた人間に擦り寄ってくる。売店でピーナッツを買い、その小さな手に渡した。すると、あっという間にリスに囲まれた。その傍らには先ほどのクジャクもいる。
 私たちは飽きることなく半日そこで過ごした。
「街に繰り出さなかったけど楽しかったね」と言い合いながら宿に戻った。

 知らない街をあてもなく歩くことのおもしろさに気付いた私たちは、パリの自由時間も同じように過ごした。すくっと伸びるエッフェル塔を目印に「あの辺まで行ってみようか」と外に出た。
 午前八時を過ぎているのに薄暗い。まだ日の出前だった。エッフェル塔の真下のベンチに座り、パンをちぎってハトやスズメに囲まれているうちに街は白い光に包まれた。

 前夜はフランス料理のフルコースだった。ツアーに組み込まれていたもので、「正装で出席すること」という注意書きの時点で私は怖気付いていた。エスカルゴや難しそうな名前の料理がテーブルに並んだ。おかしなことをしないように。裕福な人たちにマナーを笑われませんように。そんなつまらないことを考えてしまったせいで本場の味は記憶にない。
「きょうは軽いものを食べたいね」
 そう言いながら路地を歩いていると、風にはためく青いのれんが目に入った。この感じ、懐かしい。歩み寄ると白い文字で「札幌ラーメン」と書いてあった。迷わず入った。
 店主は留守らしい。店を任されていたバイト風の黒人青年が「いらっしゃい」と迎えてくれた。カウンターに座る。青年は目の前でチャーシューを不器用そうにゆっくり切っていた。一枚切っては、つまんで食べる。また一枚切って、つまむ。
 凝視する私と目が合った瞬間、彼はいたずらっぽく「にっ」と笑った。
 働くって本当はこれくらい肩の力を抜いていいのかもしれない。
 あれもこれもぬかりなく。そんな器用な人間ではないのに、目の前の仕事を全部きちんとやらなければ気が済まなくなっていた。どんなに頑張っても足りない。同期の男性教師と比べては落ち込んでいた。
 答えをもらうために、この店に導かれたのではないか。そう思い込んでしまうくらい、自分の心にぴったりとはまった。麺は少し伸びていたけれど。
 
 バッキンガム宮殿のパレード、ルーブル美術館、サン・ピエトロ大聖堂のステンドグラス、火山噴火によって埋もれたポンペイ遺跡。たくさんの歴史や芸術に触れたはずなのに、
「ヨーロッパ旅行どうだった?」と訊かれた私は「クジャクに餌をあげたり、札幌ラーメンを食べたりしたよ」と身も蓋もないような答えで周囲を呆れさせた。でも、それは本当なのだ。

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作品について

著者プロフィール

こだま

主婦。2017年1月、実話を元にした私小説『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)でデビュー。同作は13万部を超える大ヒットとなり、『ブクログ大賞2017』エッセイ・ノンフィクション部門ノミネート、『Yahoo!検索大賞2017』小説部門賞を受賞。映像化、マンガ化でも話題に。二作目のエッセイ『ここは、おしまいの地』(太田出版)は第34回講談社エッセイ賞受賞。また現在、「Quick Japan」「週刊SPA!」で連載中。

作品概要

幼少期からいままで、いろいろな人や場所、ものと交差してきた。
「陳腐」でいとおしいものから、「数奇」と呆れられるものまで――。
著者初のWEB連載は、日常と記憶をたどる優しくコミカルなエッセイです。

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