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縁もゆかりもあったのだ

こだま

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双葉荘の同窓会

2019.08.23 更新

 この夏、懐かしい人と再会した。かれこれ二十年振りだろうか。大学時代、私たち夫婦と同じ激安ぼろアパート「双葉荘」に住んでいた早川さんだ。
 そのアパートは一階と二階にそれぞれ十部屋あったけれど、半分も埋まっていなかった。十畳一間にキッチンと備え付けのベッド。玄関とトイレと洗濯機は共同。風呂は無いので、徒歩一分のところにある銭湯に通う。ひと昔前の下宿のような趣きといえば聞こえがいいが、一人暮らしに憧れる学生にはあまり夢のない住処だったかもしれない。

 私は進学することすら親に良い顔をされなかったので、家賃の一番安い部屋を探していた。内見のとき、ひびの入った壁や窓を見て「これで冬を越せるのか」とびっくりしたけれど、案内してくれた管理人のおばあさんがとても親切で、建物の古さなど些細なことに思えた。
 一学年上の早川さんもまた親を説得して進学した人だった。実家は長野のりんご農家。卒業したら地元に戻って家業を継ぐ約束をして、四年間の猶予をもらったらしい。そんな状況だから部屋を選べる立場ではなかったのだろう。
 一方、夫は少し特殊な事情だった。最初に入居したアパートに「誰か」が居たのだ。その手の気配に敏感な彼は、部屋に足を踏み入れた瞬間から空気の重さに違和感を持っていた。やがて夜中に床のきしむ音が近付き、枕元に「居る」感覚に悩まされるようになり、空室だらけの「双葉荘」へ逃げるように移り住んだという。
 こうして三者三様の理由でひとつ屋根の下に集まった。私は怪奇現象のおかげで夫と出会えたのだ。

 二階の私たちと一階の早川さんが言葉を交わすようになったのは「お米」が縁だった。あるとき早川さんが訪ねて来て「うちの田んぼでとれたものなんですけど、よかったら食べてください」と、袋にどっさりと詰まった新米をくれた。双葉荘の住人みんなに配り歩いていたようだ。
 必要に迫られない限り外と交流を持たない私たちと違い、彼は誰とでもすぐに打ち解けた。「うちで鍋をやるからおいで」と誘われて彼の部屋に行くと、まだ挨拶しかしたことのない1号室の松田さんと6号室の東さんがいた。ともに柔道部だという。
 こざっぱりした部屋の本棚にはドストエフスキーの『罪と罰』やチェーホフの短篇集といった、私の読んだことのないロシア文学の作品が並んでいた。
 ふたりの大男と、ひょろっと背の高い早川さん。このアパートに越して来なければ絶対に接点のなかった人たち。狭い台所に並んで白菜や豆腐を楽しげに切る三人の後ろ姿を、私と夫は炬燵で温まりながら眺めていた。
 テーブルの上にはガスコンロ。ぐつぐつ煮立った鍋に大男が器用に鶏団子をこねて投入する。耳たぶの感覚がなくなるくらい凍てつく夜、そんな鍋の会が何度か開かれた。窓にはひびが入ったままだったけれど、記憶にあるのは、あったかい思い出ばかりだ。
 

 春を迎えるごとに、ひとり、またひとりと双葉荘を巣立ってゆく。引越しのトラックが荷物を積み込むことはあっても、空っぽになった部屋に新たな人が入る気配はなかった。
 住人のほとんどが教職に就く中、早川さんは宣言どおり故郷に戻り、りんご農家になった。
 秋も終わりに近付くと、早川さんからりんごが届く。宅配業者から「サンふじ」の段ボール箱を手渡されるたびに、もうそんな季節か、と思うのだった。
 光沢を帯びた甘い香りの完熟赤玉。包丁を入れると、種を取り囲むように黄色い蜜が広がっている。その濃淡や形は、まるで性格診断に使われる染みのように見事で、お礼の葉書に「ロールシャッハ・テストみたいな蜜でした」と自分なりの賛辞のつもりで書いたら、大きなクエスチョンマークひとつだけの返事が届いた。
 りんごと葉書、たまに海の幸。それが卒業以来続く早川さんと私たちのやりとりだった。
 

 そんな彼がバイクに乗って北上すること一週間、はるばる我が街までやって来た。
 夫は行き付けの居酒屋のマスターに「むかしの友人が遠くから遊びに来るんです。地元の旬のものを見繕って出してくれませんか」と電話で予約していた。「友人」と発するとき、どこか照れ臭そうだった。普段会うことも話すこともないからすっかり忘れて暮らしているけれど、私たちにもそんな大切な人がいたのだ。

 待ち合わせの場所に現れたのは顔も腕も真っ黒に日焼けした、筋肉質の眼鏡の男性だった。何もかも違う。色白の文学青年の面影は「眼鏡」にしか残されていない。街ですれ違ったとしても素通りするに違いない。そもそもバイクで旅をするような人ではなかった。バイクより俳句のほうが、しっくりくる。
 二十年で人はこんなにも変わるのだ。
 そんなことを考えながら、マスターが用意してくれた刺身の盛り合わせに箸を伸ばしていると、早川さんがこちらをまじまじと眺めて言った。
「君たちは大学のときとなんにも変わんないなあ。いいなあ」
 驚いた。見た目は年相応に老いているから、関係性について言っているのだろう。
 夫は精神科で処方された薬を飲まないと飛行機や電車に乗れなくなった。人のたくさんいる所にも行けない。私は身体を壊してから定期的に浮き沈みを繰り返すようになり、心療内科に通うようになった。外に出て働くことを辞めた。
 双方の両親からいろんなことを言われたけれど、私たちは子供を持たないことにした。「あきらめた」のではなく、どちらかに迷いのあることはせず、このままふたりで暮らそうと決めた。
 私たちは中身も寄り添い方も、二十年で確実に変わった。でも、悩みあぐねた末に最初の場所へ戻ったのではないか。だから、いまここで蟹の身をほじりながらへらへら笑っているのは早川さんの知っている私たちなのだろう。あまり飲めない夫が、いつになく生ビールをおかわりしていた。

 1号室の松田さんは福島で数学教師をしている、6号室の東さんは岩手の塾で働いている、そして10号室の井上さんは…と早川さんを通して双葉荘の面々が全国各地の教育現場で活躍していることを知った。いや、待って。何でもないことのように笑いながら話すけれど、住人みんなに毎年おいしい初物を届け、それぞれの近況を把握するJAの帽子が似合う世話好き「りんごおじさん」って最強じゃないか。
 
「定年退職したあとも再任用で働く先生が増えているらしいね。あんたも働き続けるの?」と心配する早川さん。
「俺は定年ですっぱり辞めたいな。でもそれじゃ暮らしていけないのかな」
 夫も少し不安げに答えた。
「金に困ったらうちで働きなよ。日雇いのバイトだけど」
 甘い蜜の香りに包まれて、枝にはさみを入れる老夫婦。「はい、きょうの分ね」と、お給料を手渡す早川さん。三人おそろいのJAの帽子。うん、悪くない。

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作品について

著者プロフィール

こだま

主婦。2017年1月、実話を元にした私小説『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)でデビュー。同作は13万部を超える大ヒットとなり、『ブクログ大賞2017』エッセイ・ノンフィクション部門ノミネート、『Yahoo!検索大賞2017』小説部門賞を受賞。映像化、マンガ化でも話題に。二作目のエッセイ『ここは、おしまいの地』(太田出版)は第34回講談社エッセイ賞受賞。また現在、「Quick Japan」「週刊SPA!」で連載中。

作品概要

幼少期からいままで、いろいろな人や場所、ものと交差してきた。
「陳腐」でいとおしいものから、「数奇」と呆れられるものまで――。
著者初のWEB連載は、日常と記憶をたどる優しくコミカルなエッセイです。

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