キノノキ - kinonoki

キノノキ - kinonoki:ナビゲーション

縁もゆかりもあったのだ

こだま

縁もゆかりもあったのだ ブック・カバー
バックナンバー  1...111213141516 

祖母の桜

2019.05.31 更新

「おばあちゃんが死んじゃった」
 朝、同居する祖母を起こしに行くと、布団の中で冷たくなっていたという。
 母から電話でそう告げられたのは、私の入院当日だった。 
 1泊2日の入院を5回繰り返す。持病の痛みを取るために、そんなちょっとした筋トレみたいな透析治療を受けていたのだ。その日は最終回となる5回目で、入院の支度も手慣れたものだった。
「これから入院なんだけど、どうしよう」
 人の死より優先されるものがあるだろうか。わかっているが、口をついて出た。
 認知症を患い床に伏せていた90代半ばの祖母のことを、私たち家族は「いつお迎えが来てもおかしくない」と覚悟していた。
 とうとうその日が来ただけである。私は驚くよりも、すんなりと受け入れていた。
 それは母も同じだったらしい。
「入院してきなさい。どうせ今日は葬儀の準備でバタバタするだけだから。時間は有意義に使ったほうがいい」
 夏休み前の担任のような口調で指示した。
 我が家は死に対して少々ドライだ。交通事故に自殺と数年のあいだで身内に予期せぬ不幸が続いたせいで、高齢者の自然死には感傷的にならない。「この歳までよく生きたなあ」と労い、送り出すだけだ。

 そんなわけで私は祖母が亡くなった事実を受け止めながら入院することになった。
 いつものお泊りバッグのほかに黒いワンピースと数珠を持ち、退院後まっすぐ葬儀場に向かうことにした。喪服を用意して入院するなんて、まるで病院で自分の死を予知しているかのようで奇妙だった。
 
 今ごろ実家では親戚や近所の人たちが多数出入りしているのだろう。
 そんなざわめきとは無縁な透析室の清潔なベッドで、両腕を伸ばし、透明なチューブに血液が流れるのを眺めていた。
 右腕から吸い上げた血液を機械に通し、余分なものをろ過して左腕の血管に戻す。自分の血液が腹の上のチューブで行き来するさまを見ていると「生きてるんだな」と実感する。同時にこのチューブを引きちぎって血まみれになりたい衝動に駆られる。
 いったんそんな映像が浮かぶと、なかなか頭から離れない。やってしまいそうになる。だから、できるだけ祖母と過ごした日々を思い返すことにした。今日はそういう日だ。私はひっそり偲ぶ時間を与えられたのだと、この入院に意味を見出した。
 
 真っ先に思い浮かんだのは、小学6年の校内マラソン大会だ。
 私は学年で3位になり、メダルを首から提げて意気揚々と帰宅した。当然「よくやった」と両親に褒められるものだと思っていたけれど、ふたりの口から出たのは「1位は誰だったの」だった。茶色いメダルでは喜んでもらえないのだとわかった。途端に無価値なものをぶら提げてはしゃぐ自分が愚かに思えてきて、そのまま祖母の部屋に向かった。

 我が家は二世帯住宅で、母屋と祖母の部屋は廊下でひと続きになっている。玄関や台所は別々なので、何日も顔を合わせないこともよくあった。祖父は祖母より20歳以上も年上だったので、私が物心つくころには既に他界していた。祖母はいつもひとりだった。そして私や妹たちのことを過剰なまでに褒めてくれる人だった。
 
 報告する前から想像がついていたが、祖母は「すごい、本当にすごい。うちの家系に運動のできる子は他にいない」と大袈裟に称え、メダルを祖父の仏壇に飾ってくれた。
 親に褒めてもらえなかった心の穴を埋めてもらいに来たのだと自分が一番よくわかっていたから、願いが叶っても気恥ずかしさが拭えなかった。
 薄暗い仏壇にそっと置かれた銅メダルは、周囲の漆黒にしっくりとなじんでいた。金や銀では浮いていただろう。それを見て初めて「3位でよかったんだ」と思えた。
 
 私の心がくすぶっていたのにはもうひとつ理由があった。「一緒に走ろう」と言われていた女の子とゴールテープぎりぎりまで並走していたが、その子が最後の最後に一瞬うかがうような目でこちらを見たので、「先にいいよ」と私が譲ったのだ。
 同時ゴールは「仲良し」みたいで気持ちが悪いし、「走ろう」と誘ってくれたのは向こうだし、2位も3位も入賞には違いないから別にいいやと思った。また、そう振る舞うのがかっこいいと思ってしまった。
 銀メダルをもらった女の子は、みんなの前で喜んでいた。隣の席の子にメダルを触らせてあげていた。そのときに一瞬、彼女がこちらを向いて「にっ」と作り笑いのような表情を見せたのだ。
 あれは何だったんだろう。私が余計な気を回したりしたから「喜ぶ」ことを強制させてしまったのかもしれない。そんなことを学校帰りに考えて、少し気が重たくなっていたのだ。
 だから、些細だけれども「3位でよかった」という理由が見つかってほっとした。
 決して褒めない両親と、何があろうと絶賛する祖母。マラソンのメダルに限らず、親にしてもらえなかったことを祖母に補ってもらっていた。祖母は70点のテストでも「よくやった」と喜んでくれた。
 祖母には「褒める」のスイッチしかないとわかっていても、ずいぶん慰められた。祖母がいなかったら私はもっともっとひねくれた人間になっていただろう。

 透析を終えて病棟に戻る。4人部屋には口数の少ないおばあさんと私のふたりだけ。特に言葉を交わすことなく、運ばれてきた夕食を淡々と口に運んだ。祖母が亡くなって最初の夜、最初の食事。私にはどれも特別なものに思えた。静かに死を悼むことができた。

 翌朝、会計を済ますと車で実家に向かった。途中、銭湯に立ち寄った。白濁した上質な天然温泉だった。祖母が死んでいるのに何をやってるんだ、と気が急くけれど、祖母が死んでいるのにいい湯なのだ。こればかりはどうしようもない。
 脱衣所で喪服に袖を通す。厚手の生地に熱がこもる。

 気を取り直して故郷の集落に向かう。5月半ばの澄み切った空の下、見渡す限り畑と牧草地が続いている。なだらかな丘をトラクターが土煙を巻き上げて行き来している。 
 そんな景色を眺めながら車を走らせていると、遠くの開けた牧草地が、ぽつんと桃色に染まっていた。あれはなんだろう。その色に目を奪われた。
 それは一本の大きな桜の樹だった。
 地元の人間しか通らないような農道である。この桜にどれだけの人が気付いただろう。私は路肩に車を停め、柵の前まで歩いた。
 その美しさに、これから葬儀だということも忘れ、しばし見惚れた。喪服で見る満開の桜。永遠の別れが近付いているなんて思えない、ただ気持ちが良いだけの風呂上がり。
 葬儀がなければ通らなかった細道だから、祖母の桜と名付けた。
 まだ誰にも教えていない。

祖母の桜

バックナンバー  1...111213141516 

作品について

著者プロフィール

こだま

主婦。2017年1月、実話を元にした私小説『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)でデビュー。同作は13万部を超える大ヒットとなり、『ブクログ大賞2017』エッセイ・ノンフィクション部門ノミネート、『Yahoo!検索大賞2017』小説部門賞を受賞。映像化、マンガ化でも話題に。二作目のエッセイ『ここは、おしまいの地』(太田出版)は第34回講談社エッセイ賞受賞。また現在、「Quick Japan」「週刊SPA!」で連載中。

作品概要

幼少期からいままで、いろいろな人や場所、ものと交差してきた。
「陳腐」でいとおしいものから、「数奇」と呆れられるものまで――。
著者初のWEB連載は、日常と記憶をたどる優しくコミカルなエッセイです。

ページトップへ