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縁もゆかりもあったのだ

こだま

縁もゆかりもあったのだ ブック・カバー
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ただ穏やかなホノルルの夜

2019.04.26 更新

 最後に家族全員で出かけた地はハワイだ。
 こんなことを言うと海外に行き慣れた一家みたいだけれど、いまの所この一回きり。
 もう十年以上も前の話になる。
 三姉妹の真ん中、長妹に「ハワイで身内だけの式を挙げようと思う」と打ち明けられたとき、祝福の言葉よりも、烈火の如く反対する両親の顔が浮かんだ。隣近所との付き合いや慣習を大事にする彼らがそんな掟破りのスタイルを許すだろうか。いや、そんなはずがない。
 田舎のホテルの大ホールに両家の関係者全員を招待し、地元のわけのわからない名士から長い長い祝辞をもらう場面まで容易に思い描けた。
 他でもない私たちの結婚式がそうだったからだ。
「知らない爺さんの挨拶なんて聞きたくない、呼びたくもない」
「親の顔を立てろ」
「私の式だ」
「結婚式っていうのはそういうもんだ」
「それなら結婚式やらない」
 こんなやりとりをドラマで観たことがあるぞと既視感を覚えながらも、私は言わずにはいられなかった。
 娘を送り出すのは初めてだから、気合が入りすぎたのかもしれない。招待状のリストまで勝手に作っており、もはや「親のための式」としか思えない。遠くからやってくる夫の一家を私の地元の流儀に巻き込むのも抵抗があった。親の意見をこんなに正面から拒絶したのは、それが最初で最後だった。
 
 このままでは話し合いも決裂かと思われたとき、ずっと横でおとなしく座っていた夫が「お父さんもお母さんもそれだけ楽しみにしているんだから、少し譲ってあげようよ」と仲裁に入り、最終的に見知らぬ爺さんの祝いの言葉を受け入れた。そして、両家の関係者と地域住民を大勢集めて「田舎の一大行事」が執り行われた。
 宴もたけなわ、私の祖父がゴンドラに乗って登場。任侠映画の主題歌を高らかに歌い上げるという全く予定になかった歌謡ショーまで始まった。祖父が勝手に式場のスタッフに頼み込んだらしい。そんな奇妙な式でも、終わってみれば存外よいものだった。

 遡ること七年前にそのような出来事があったので、当然両親は「馬鹿なこと言うんじゃない」と一蹴すると思ったが、答えは実にあっさりしたものだった。
「あらハワイ、いいんじゃない」
 月日は人をここまで変えるのだ。
 ホテルや飛行機、そして式場となる教会は妹と婚約者がすべて手配してくれた。双方の家族は現地に向かうだけでよい。
「遊びに行くようなもんだな」と父が笑い、
「誰を招待するとかしないとか、煩わしいこと考えなくて済むのねえ。お姉ちゃんもこうすればよかったねえ」と母は心の声を漏らした。
 彼らもまた内心では地域のしきたりを窮屈に感じていたのだ。
 七年を要したとはいえ、頑固になりがちな世代が変われるってすごいじゃないの。
 私は素直に感心した。
 親は変わらないと思い込んでいた私の頭こそ「止まっていた」のだ。

 こうして秋のハワイ三泊五日の旅が決まったが、ここで新たな問題が生じる。
 私の夫が「行きたくない」と頑なに拒んだのだ。仕事を休めないのかと思いきや、そうではなかった。
「俺に海は似合わない。そんな浮かれた島なんか絶対に行かない」
 聞いたことのない「俺基準」のハワイの拒み方だった。想像を遥かに超えている。冗談かと思ったけれど、思いのほか決意は固かった。
 私は妹にそのまま伝えた。
「あの青だか緑だかわからない海と椰子の木が嫌なんだって。なんか浮かれてるから」
「そっか、どこ行っても椰子の木だらけだもんね」
 ハワイを冒瀆する人間を連れて行ってはいけない。夫の留守番が承諾された。

 両親、妹ふたり、私の五人で成田からホノルルへ向かった。現地に降り立ち、生暖かな空気を肌で感じながら歩いていると、とつぜん母が警備員の連れていたビーグル犬に絡まれた。「イヤッ、犬イヤーッ」と逃げ惑う母をビーグルは執拗に追いかけた。それは国外からの果物の持ち込みを防ぐ探知犬だった。
 むかし父が野良犬に襲われて何針も縫う大怪我をしたトラウマがあり、我が家は全員犬を恐れている。小さな犬にも「うわっ」と反射的に身を反らしてしまう。やつらはいざとなったら嚙む。思いっきし嚙む。その偏見を未だ取っ払えずにいる。
 母は青ざめながらバッグの中から清見オレンジを二個差し出した。飛行機の中で食べようと思って持ってきたものだった。
 私たちは近くの椅子に座らされ、その場で分け合って食べ切るように指示された。それがハワイで最初の「食事」となった。母はしょんぼりし、犬はご褒美のおやつをもらっていた。
 
 空港からバスに乗り、ホテルのあるワイキキに向かった。強い日差しに目を細めていたら、あっという間に窓の外が薄暗くなり、雨粒が激しく地面を打ち付けた。スコールだった。けれど、それも束の間。「はい、気が済みました」という感じで雨雲が消え、海の上には大きな虹が架かる。正直でわかりやすい人のようだった。
 
 ホテルの窓を開けるとビーチが広がっていた。映像で何度も見たことのある「ハワイ」だった。夫を連れてきたら失神したであろう。大きな椰子の木が並んでいる。
 私は当時、全身に痛みが広がる病気が発覚したばかりで、定期的に入院していた。出かける前は「飛行機に長時間乗っても大丈夫でしょうか」と、おそるおそる担当医に相談していたが、現地に着いてしまうとビキニでバナナボートに跨り、水しぶきを上げて青い海の上をぶっ飛ばしていた。私はそういうところがある。

 ハワイ二日目、朝食を食べたあと、家族五人でホテルの目の前の海へ出かけた。
 母は二十年前に買ったという水色の水着を着ていた。父に「寸胴だから子供のカバにしか見えない」とからかわれ、怒りをエネルギーに変えて浮き輪を五個連続で膨らませていた。砂の上に投げ出したその肉付きのよい短い脚は本当に動物の仔のようで、かわいらしかった。
 私たちは、浮き輪にすっぽりと身体を入れてぷかぷか浮かんだ。波に任せて揺れるだけ。きらきら光る水面。高層ビルの奥には雄大なダイヤモンドヘッド。白い帆を張るヨット。南の海は、ひたすら平和だった。
 北の薄暗くて冷たい海しか知らない五人にとって、海は昆布を拾う場所だ。もちろん泳ぐ人などいない。母は「この海って、うちんとこと繫がってるのよねえ」と不思議がった。
 
 クルーザーに乗って日の沈みゆく水平線を眺めたり、宇宙遊泳のような大きなヘルメットを被って海の底を歩いたりと、思う存分南の島を満喫できたけれど、なぜだか心に残っているのは、何てことのない地味な家族との時間だ。
 挙式前夜、私とふたりの妹は散歩に出かけ、その帰りに住宅街の一角にある小さな総菜屋で魚のフライやサラダを買い込んだ。また、立ち寄ったスーパーではマンゴー、ぶどう、そして一家の新たなトラウマになりそうなオレンジも購入。両手に買い物袋を抱えてホテルに戻った。
 テラスにテーブルと椅子を並べ、妹の独身最後のごはんを家族で囲んだ。ビーチには灯りがともり、近くのカフェからギターの生演奏と歌声が聴こえる。
 嫁ぐ妹を真ん中にしてオートタイマーで家族写真を撮った。父は何度やり直してもカメラが点滅しているあいだに戻ってくることができず、ひとりだけ輪郭のぼやけた「移動中の物体」としてフレームの隅に収まっていた。

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作品について

著者プロフィール

こだま

主婦。2017年1月、実話を元にした私小説『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)でデビュー。同作は13万部を超える大ヒットとなり、『ブクログ大賞2017』エッセイ・ノンフィクション部門ノミネート、『Yahoo!検索大賞2017』小説部門賞を受賞。映像化、マンガ化でも話題に。二作目のエッセイ『ここは、おしまいの地』(太田出版)は第34回講談社エッセイ賞受賞。また現在、「Quick Japan」「週刊SPA!」で連載中。

作品概要

幼少期からいままで、いろいろな人や場所、ものと交差してきた。
「陳腐」でいとおしいものから、「数奇」と呆れられるものまで――。
著者初のWEB連載は、日常と記憶をたどる優しくコミカルなエッセイです。

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