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縁もゆかりもあったのだ

こだま

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ブルーシートの息吹

2019.03.22 更新

 春は荷造り。こんな書き出しに趣きも何もないけれど、我が家は数年おきに転勤があり、主に四月は山積みの段ボール箱とともに訪れる。
 記憶に残っているのは十数年前の引っ越しだ。約六十キロ先にある海沿いの街へ移ることになったのだが、四月一日という最も混み合う日に引っ越し業者を押さえることができなかった。しかし、当時住んでいたアパートには、次の人がすぐ入るという。とにかく三月中に退去しなければいけない。
「こうなったら自分たちで運ぶしかないな」と夫に言われ、私も覚悟を決めた。
 四ドアの冷蔵庫、洗濯機、三人掛けのソファ、大きな洋箪笥、食器棚、本や衣類などを詰め込んだ多数の段ボール箱。部屋の中を見回し「ズブの素人がどうやってこの量を」と途方に暮れた。
 ここは年寄りの知恵を拝借しようと思い、母親に電話をすると「近所の人がトラックを借してくれるってさ」とあっさり話がまとまった。
 そうだった。私の田舎はペットの数よりも重機のほうが断然多いのだ。誰のものかわからないトラックやトタクターが野原で「放し飼い」にされている。
「でも、あんまり期待しないでよ。屋根のない吹きさらしのトラックだからね」
「いいよ、荷物を積めるだけで充分だよ」
「あと、まあこれは気分の問題だと思うけどね、そのトラック普段はうんこを運んでるんだよね、ちょっと臭うかもしれないね」
 言葉を濁しながら、とんでもない告白をしてきた。
「でも、人間のじゃないから安心して。牛のうんこだから大丈夫」
 その必死さが怪しい。うんこはうんこだろ。
「ほら、畑とかに撒くやつよ。栄養の素。ちゃんと荷台にブルーシートを敷けば染みないから」
 母が畳み掛けてくる。不穏な流れだ。
 臭う。染みる。
 通常の引っ越しには無縁であろう状況を思い浮かべて私は押し黙った。 
 しかし、残念ながら「牛糞号」一択なのだ。私たちには選択の余地がない。
 あきらめて電話を切った。翌日、母から電話があった。別のトラックが見つかったという。さすが重機放し飼いの地である。
「普段は魚を運んでるからちょっと生臭いみたい。どっちにする? お母さんとしては牛のうんこのほうが大丈夫だと思うわ。乾いてるし」
 なぜアクの強いトラックばかりなんだ。
 母の「乾いてるし」に「なら、いいか」と引き摺られる形で了承し、牛糞号での引っ越しが決まった。

 当日は夫の同僚数人が手伝いに来てくれた。アパートの駐車場で「向こうの職場でも頑張れよ」と花束を手渡され別れを惜しんでいると、その湿っぽい空気を散らすように前方から一台の白いトラックが向かってきた。
 運転手は父、助手席には母が神妙な顔で座っている。2トントラックとは聞いていたけれど、それがどの程度の大きさなのか実物を目にするまでわからなかった。
 意外と小さいな。その場の全員が不安になった。
「わはは、ずいぶん荷台が泥だらけじゃないか。大根でも運んでいたのか」
 同僚のひとりが豪快に笑った。
「うんこです」とは言えなかった。

 母と私で荷台にせっせとブルーシートを敷いた。やはり臭う。男性陣が慎重に家電や家具を運び上げる。父は座席と荷台を隔てる壁に冷蔵庫を立たせ、支柱にロープでぐるぐると巻いて固定した。
 その姿はまるで罪人のようだった。箪笥も食器棚も次々とお縄になっていく。
 最後に段ボール箱を積み込むと、牛糞号は大変なボリュームになった。走行中に荷物が落ちないように上からブルーシートをふわっと被せ、荷台を包んだ。
 いったい実家にはブルーシートが何枚あるのだろう。

 その街では三回転居し、計八年もお世話になった。
 最後に暮らしたそのアパートは大自然の真ん中にぽつんと建っていた。
 居間の大きな窓からスモモやコリンゴなどの木が見える。シジュウカラやヒヨドリなどの野鳥が群がり、ときには耳をピンと立てた尻尾の大きなリスが幹を機敏に駆け上がった。
 教職を退き、家に引きこもりがちだった私はそれらをよく観察するために双眼鏡を買った。野鳥ハンドブックやヒマワリの種、ついにはホームセンターで木板を選び、餌台まで作り始めた。そして誰のものかわからぬ原っぱに角材を打ち込んで設置した。ブログを書いては双眼鏡で野鳥を眺める。典型的な老後の過ごし方だった。
 何もないけれど、私にはそれでよかった。
 牛糞号の後ろを追いかけるように運転しながら、そんな日々を懐かしんだ。

 山道に差し掛かった。ここは吹雪の夜、タイヤがスリップして路外に滑り落ちた「現場」だ。たまたま携帯電話を持っていなかった私は、電話を借りるために数百メートル先のドライブインまで雪をかき分けて走った。
 老夫婦が営むその店には客がひとりもいなかった。レッカー車が到着するまで、ストーブの前で指先を温めていると「ひとりで怖かったでしょう、寒かったでしょう」と、おばあさんが味噌ラーメンを出してくれた。誰もいなくてよかった。コートの袖で涙を拭いながら食べた。その土地で生活しなければ出会うことのなかった人たちだ。
 大人になっても人との付き合い方がわからない。友達と呼べる人もいない。特にほしいとは思わない。長年そんな自分はおかしいんじゃないかと気にしていたけれど、「よそ者」としての素質が備わっていると思えばどうだろう。そうして、少しでもかかわってくれた名前も知らぬ人のことを大事に思いながら次の街へ行く。私はそれでいいんじゃないか。

 時おり強い風を受けてブルーシートが「ボハッ」と膨らんだ。牛糞号に生命が宿っているみたいだ。花柄の布団袋や磔にされて耐え忍ぶ冷蔵庫がちらっと顔を覗かせる。
 何度目かの「ボハッ」のときに、とうとう荷台から布団袋が垂れ下がった。私は慌てて路肩に車を寄せ、助手席の母に電話した。牛糞号も間もなく停車。父と母が素早い身のこなしで降りて積み荷を整え、ブルーシートの端をピンと引っ張った。
 道中、「ボハッ」による急停車が計三回あったが、そのたびに両親は学習し、いっさい無駄な動きのない「牛糞号の業者」の顔になっていった。
 驚くべきことに、新居には大勢の大人と子供が待ち構えていた。これから夫が勤める学校の教師と体格の良い野球部の部員たちだった。
 こんな歓迎を受けるのは初めてだったので本来なら大喜びするのだが、何せ私たちは牛糞号一家。「汚れていてごめんなさいね」「ちょっと臭うよね」など、やたら卑下する奇妙な家族として映ったようだ。
 今度の家の窓からは海が見える。家の中が片付いたらハローワークに行ってみよう。そろそろ自分にできることをやろう。長らく停滞していた心が動き出すのがわかった。
 

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作品について

著者プロフィール

こだま

主婦。2017年1月、実話を元にした私小説『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)でデビュー。同作は13万部を超える大ヒットとなり、『ブクログ大賞2017』エッセイ・ノンフィクション部門ノミネート、『Yahoo!検索大賞2017』小説部門賞を受賞。映像化、マンガ化でも話題に。二作目のエッセイ『ここは、おしまいの地』(太田出版)は第34回講談社エッセイ賞受賞。また現在、「Quick Japan」「週刊SPA!」で連載中。

作品概要

幼少期からいままで、いろいろな人や場所、ものと交差してきた。
「陳腐」でいとおしいものから、「数奇」と呆れられるものまで――。
著者初のWEB連載は、日常と記憶をたどる優しくコミカルなエッセイです。

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