キノノキ - kinonoki

キノノキ - kinonoki:ナビゲーション

縁もゆかりもあったのだ

こだま

縁もゆかりもあったのだ ブック・カバー
バックナンバー  1...678910...15 

乗り合わせた縁

2018.12.28 更新

 前夜から不吉な出来事が起きていた。
 知人の葬儀に向かう道中のこと。車を運転していた夫が道路脇からとつぜん飛び出してきた大型の野生動物を撥ね、廃車にしなければいけないほど大破させてしまったのだ。
 雪の降りしきる寒空の下、横たわる動物と息の途切れた愛車を弔うかのように、夫は喪服のまま立ち尽くした。怪我がなかったことだけが不幸中の幸いだった。
 こんなときに家を空けて上京するなんて人でなしの極みではないか。
「おとなしく家に居なさい」という先祖のお告げなんじゃないか。
 頭の中が自責の声でいっぱいになったけれど、翌朝私は荷物をまとめて家を出た。都内で大事な表彰式があるのだ。
 
 後ろめたい思いを抱えながら地元の空港に到着すると、いつもと空気が違う。場内アナウンスやカウンターから「天候不良」「調整」「欠航」という単語が飛び交っていた。心臓をぎゅっと握り潰されたように動けなくなった。
 ここを飛び立たないと、どこにも行けない。
 今夜中に東京に着かなければ、表彰式に間に合わない。
 飛行機の到着を待つ人で出発ロビーはあふれかえっていた。大勢の人が心配そうに空を見上げている。「今日中に東京へ帰らなきゃいけないのに」と係員に詰め寄る老人もいる。運航か欠航か、その判断が下るまで三十分、四十分、一時間と小刻みに待たされる。両手をがっちり組んで祈ったけれど、その甲斐なく欠航の連絡が入った。
 人々がカウンターになだれ込む。目の前の人たちが次々と明日の便に変更する中、私は天候の回復に賭けて今夜の最終便を取り直した。東京行きを諦めるという選択肢はなかった。
 何もない空港で五時間じっと待機する。その最終便も予定より数時間待たされたけれど、搭乗ゲートが開いた瞬間、疲れが吹き飛ぶほど安堵した。
 この機内の人たちは私と同じ不安を抱いていたのだ。そう思うと、自然と仲間意識のような感情が湧いた。
 三人がけの座席の通路側に着席する。私の隣は七十代くらいの夫婦だ。足元にコートやおみやげの入った紙袋をいくつも置いていたので「上の棚に入れましょうか」と、まるで客室乗務員のように声を掛けた。二人とも小柄で、棚に手が届かなかったらしい。
 私は見ず知らずの人に話し掛けることなど滅多にない。無事に離陸する喜びで、感情が跳ね上がってしまったのだ。

 東京の街灯りが眼下に迫ってきたころ、不意に隣のお母さんに話し掛けられた。
「東京の電車に詳しいですか? 新宿の○○ホテルまでどうやって行けばいいんでしょうか?」
 もともと昼の便に乗り、空港からリムジンバスでまっすぐホテルに向かう予定だったらしい。バスの運行はとっくに終了していた。
 どうしようか。私は困惑した。彼らが迷わないように教える自信がない。すがるように見つめてくるが、私だってよそ者だ。東京初心者に変わりない。
 でも、おじいちゃんとおばあちゃんが大きな荷物を抱えて電車を乗り降りしたり、深夜に慣れない街を歩いたりするのは不安だろうな。同情心が騒ぐ。
 私は決めた。
「じゃあ一緒に行きましょう。私も同じ方面ですから」
 嘘である。私の宿はモノレールに乗るだけで着く。
 すっかり気が大きくなっていた。この老夫婦が私の両親と重なったというのもある。父と母だっていきなり羽田から自力で宿に行けと放り出されたら心細くて泣きそうになるだろう。スマホで乗り換えを調べることもできない。切符をちゃんと買えるかどうかも怪しい。いや、両親ではない。目の前の老夫婦は数年前の私だ。
 すると、窓際に座るお父さんが「私たちは手荷物を預けているから、しばらく待たせてしまいますよ。あなたの帰りが遅くなってしまう」と言った。
 そんな気遣いまでしてくれる人だとわかると、なおさら放っておけない。
「今夜はホテルで寝るだけだから遅くなっても大丈夫です」
 これも何かの縁だと思った。
 
 老夫婦はベルトコンベアから大きなスーツケースを二つ降ろした。都内を一日観光したあと、娘の住む名古屋で一週間過ごすという。
 時刻は二十三時半。空港の売店はほとんど閉まり、通路も閑散としている。
 私は添乗員としての意識が高まり「では、京急線で品川まで向かいますね」と先頭を歩いた。見えない小旗を掲げ、大きな荷物を引く彼らが後に続く。
 がらんとした車両に三人並んで座った。
「帰りは私たちだけで乗らなきゃいけないのよ。ちゃんと覚えておかなきゃね」
 お母さんはそう言って手帳に「京急で品川から羽田」とメモした。その隣でお父さんは、うつらうつらと頭が揺れている。
 東京をほとんど知らない私が何をやってるんだ。
 流れゆくビルの灯りをぼんやり眺めながら思う。
 品川駅では終電の迫る人たちが階段を駆け上がっていた。老夫婦の顔には一日の疲れが滲んでいる。一歩ずつ歩くのが精一杯だ。
「ここからはタクシーでホテルまで行きましょう。会社から交通費が出るので大丈夫です」
 気付いたら、私はまた余計なことを言っていた。
 二人は後部座席に、私は助手席に乗り、ホテルの名を告げる。
 すでに日付は変わっていた。
「東京はこの時間帯も車がたくさん走っているのね」
 安心したのか、お母さんの声が明るい。
「きょうは平日だからまだまだ少ないほうですよ。お客さんたちはどちらから?」
 そのやりとりで、老夫婦が私の隣町に住んでいることを初めて知った。
「懐かしいなあ。僕はその隣の○○市出身ですよ」
 五十代くらいの運転手が嬉しそうな声を上げた。
「あら、みんなあの辺なのね、こんな偶然ってあるのねえ」
 お母さんの一言で、車内の空気が一気にやわらいだ。
 私と夫婦と運転手。いくつかの予定が狂って顔を合わせた者たちが、みなひとつの閉鎖的な地方に集約される。とても短い夏、寂しい灰色の海、耳たぶや指先がちぎれそうなほど凍てつく地吹雪の夜。それらを知る者が東京のタクシーの車内で一堂に会す。私は運命を感じずにはいられなかった。

 お母さんが独り言のように静かに語る。
「あの停電の続いた夜は星が本当に綺麗だった。災害だってことも忘れてお父さんと一晩じゅう眺めていたの」
 私も同じだった。冷蔵庫も換気扇も動かない。すっかり音の消えた部屋から夜空を見上げた。信号や街灯が姿を消した平地には、星の瞬きを遮るものが何もなかった。
 居間のテーブルにろうそくを一本立てた。暗いので本も読めない。猫を挟んで、夫と川の字になる。ただ猫を撫で、時間が過ぎていく。ごろごろと猫の喉を鳴らす音だけが響いた。
 それがつい数ヶ月前の出来事だった。
「うちは発電機があるから助かったよ。これからの時代は発電機だよ」
 お父さんの発電機メーカーへのこだわりが誰の心も動かさないまま、新宿のホテルに到着した。
 束の間の引率だった。私もいったん降り、「旅を楽しんでくださいね」と別れの挨拶をした。お父さんお母さんと握手を交わす。二人の手は温かかった。
「これ少ないけど、きょうのお礼ね」
 いつの間に用意していたのだろう。お母さんがティッシュに包んだ心付けを私の手にねじ込んだ。
 そんなつもりじゃなかったのに。心配だから付いてきただけなのに。
 申し訳ない気持ちになってタクシーに乗り込んだ。ふたりはいつまでも手を振って見送ってくれた。

「なんだか悪いことをしてしまったな」
「いやいや、お気持ちは受け取っておきましょうよ」
 運転手はそう励ましてくれたけれど、私は落ち込んだ。その包みが妙に厚かったのだ。何万円も入っていたらどうしよう。お礼をしようにも名前を聞いていない。「名古屋に娘がいて、やたら発電機が好きなお父さん」だけで辿り着けるだろうか。
「どちらまで?」と声を掛けられ、我に返った。
「○○ホテルまでお願いします」
「えっ? いまの道をかなり戻ることになりますよ? っていうか、さっきの方とどういうご関係なんです?」
「飛行機で隣の席に座っていただけの関係です。さっき会ったばかり。電車の乗り方がわからないって言うから、大変だろうなあと思って」
「神様はあなたのことをちゃんと見てると思いますよ。きっといいことがありますよ」 
 やさしい言葉だった。思えばタクシー運転手とこんなに会話をするのも初めてだ。
「会社の人に怒られたら私が証人になってあげますからね」
 こんなにタクシー代を使いやがって。私がそう叱られるんじゃないかと心配してくれているのだ。
 朝早くに家を出て、予定通りに飛行機が飛ばなくて、老夫婦のことが気になって、そうこうしているうちに深夜一時をまわっていた。
 座席に沈むように座って窓の外を眺めていると、不意に目の前に東京タワーが現れた。
 遠赤外線のような温かみのある光を放ち、冬の空に凛とそびえ立っていた。
「こんな間近で見るの初めてです」
 思わずカメラを構えた。スピードを落として走ってくれているのがわかった。どこまでも親切な人だ。押し付けがましさのない静かな声も好ましかった。
「お仕事で東京へ?」の問いには「はい」としか答えられなかった。
 明日『夫のちんぽが入らない』という本が表彰されるんです。私が登壇するわけじゃないけれど、その喜びを一緒に味わいたくて遠路はるばる来てしまいました。
 そう喉まで出てきた言葉を飲み込む。誰にも言わない。言えない。二度と会わないかもしれない親切な人にさえも。
「じゃあ、お仕事がんばってくださいね」と励まされ、タクシーを降りた。
 背中がじんわりと温かかった。

 その夜は初めて泊まる宿だった。定宿が満室だったのだ。
 手狭なロビーには、一人がけの椅子がふたつ並んでいた。薄暗いフロントのベルを鳴らすと年老いた男性スタッフが出てきた。
 サインをして部屋の鍵を受け取る。振り返ると、椅子に若い女性が座っており「ひっ」と思わず声を出してしまった。
 私がエレベーターに乗り込むと、扉が閉まる直前、その女性もスッと入ってきた。小柄で、肩まで伸びた黒髪。目鼻立ちのはっきりした美人だった。私は六階、彼女は四階のボタンを押す。
 上昇したとたん、背後からとつぜん話しかけられた。
「このホテル、なんか嫌な感じしませんか? 三階で扉が勝手に開くんですけど誰もいないんです。ひとりで乗るのが怖いから、誰かが来るのをずっと待っていたんです」
「三階で一度開く設定なんでしょうかね」
 気にしすぎだろう。
 しかし、彼女は引き下がらない。
「ここ空気が重い」と言うやいなやエレベーターがガタッと停まり、扉が開いた。三階だ。身を乗り出して通路を見たけれど、人の姿はない。
「誰もいないんですよ」と言い残し、彼女は四階で降りた。
 ひとり残された私は急に恐ろしくなった。
 その宿は長期滞在もできるようシンクや電子レンジなどが備えられ、アパートのような造りだった。壁も厚い。不気味なほど、しんとしている。
 丑三つ時が近付いている。「ここ空気が重い」が頭から離れない。部屋を見回してみる。鏡が五つもあるじゃないか。置き鏡を裏返しにして倒した。灯りを消せない。テレビもつけっぱなしがいい。チャンネルをNHKに合わせる。モンゴルの少年が馬にまたがり草原を駆けていた。美しい映像だ。音量を少し下げて、ベッドに潜り込む。
 目を閉じるが、どう考えてもテレビの反対側から、モンゴルとは関係のないみしみしという物音がする。違うことを考えよう。お母さんのティッシュの中身は二千円だった。ちゃんと割り勘だった。妥当だ。何も心配いらない。だめだ、まだみしみしと鳴っている。運転手は「きっといいことがありますよ」と言った。確かに言った。
 ふと思う。そもそもあの女性、怪しくないか。
 私は誰と乗り合わせたのだろう。
 長い一日だった。

DSC_2030

バックナンバー  1...678910...15 

作品について

著者プロフィール

こだま

主婦。2017年1月、実話を元にした私小説『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)でデビュー。同作は13万部を超える大ヒットとなり、『ブクログ大賞2017』エッセイ・ノンフィクション部門ノミネート、『Yahoo!検索大賞2017』小説部門賞を受賞。映像化、マンガ化でも話題に。二作目のエッセイ『ここは、おしまいの地』(太田出版)は第34回講談社エッセイ賞受賞。また現在、「Quick Japan」「週刊SPA!」で連載中。

作品概要

幼少期からいままで、いろいろな人や場所、ものと交差してきた。
「陳腐」でいとおしいものから、「数奇」と呆れられるものまで――。
著者初のWEB連載は、日常と記憶をたどる優しくコミカルなエッセイです。

ページトップへ