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縁もゆかりもあったのだ

こだま

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母を知る旅

2018.10.26 更新

 二〇一二年十一月末、母とふたりで紅葉の季節を迎えた京都へ三泊四日の旅に出た。
 この年、母は二十年余り勤めた会社を定年退職した。
 はじめはパートの事務員だったけれど、仕事の覚えが早いことを会社の上司に見込まれ、数年がかりで専門的な資格を取得。その後は正社員として土地取引などの基幹業務を手際よくこなしていた。
 そんな長年の勤めを労うべく、母を京都旅行に誘った。
 私は三十代になってから神社や仏閣めぐりに目覚め、中でも京都には桜と紅葉の季節に何度かひとりで訪れている。
「秋の京都、秋の京都って言うけど、そんなにいいものなのかね。うちの庭の木じゃ駄目なのかね」
「駄目だね」
「そうですか」
 日頃から、そんなやりとりを繰り返す母に「うちの庭の木とは比較対象にならない」ということを知ってもらう旅でもある。
 すでに定年となり、暇を持て余している父も同行したがっていたけれど、「お父さんがいると旅がつまらなくなる」という母の意見を尊重し、留守番を頼んだ。今回は母のための旅だから。
 父は家を出た途端に帰る日のことを心配し始めるし、旅先でしか食べられない地域の食を一切楽しもうとしない。全国チェーンの居酒屋やファミレスに直行する。すぐ食べ終えて、一刻も早く宿に戻りたがる。ぶらぶらと街に繰り出さない父のスタイルを、私たちは「合宿中の強化選手」と呼んでいた。

「お父さんには冒険心がない」が口癖の母だったが、彼女の「冒険心」もそれなりに厄介だった。
 この旅で母が一番楽しみにしていたのは嵐山だった。
 嵐山駅を出ると、目の前に広がる山々は紅葉が見頃を迎えていた。赤、橙、黄、黄緑。針山に刺した無数の待ち針のように木々が色づいている。その山に向かって、すっと伸びる渡月橋。風情ある木造の欄干にもたれて眼下を眺めると、船頭が棒を繰る屋形船が何艘も往来していた。
「いい景色だねえ」と、うっとりする母の両手に大きなレジ袋がぶら下がっていた。
 気持ちが昂ぶっていたのだろうか。嵐山に着くなり、「テニスサークルの友達に買わなきゃ」と道端で売られている柚子を大量に買ったのだ。
 これから竹林を歩くと教えたはずなのに、なぜ、いま、柚子を。
 私たちは観光地に不似合いな袋を抱えながら長い橋を渡った。その姿は対岸へ柚子の行商に向かう母子だった。

 二日目は、のどかな鴨川の流れを眺めつつ、叡山電鉄出町柳駅から電車に乗った。目指すは、その時期に色鮮やかな景色が広がる貴船神社だ。
 車内にはリュックサックに登山靴スタイルの中高年が大勢乗り合わせていた。ハイキングのツアー客らしい。
 私と母は吊り革に摑まり、民家がまばらになった窓の外に目をやる。畑が広がっている。深紅に染まった線路脇の木々が目の前をすり抜けてゆく。通過した駅のホームに銀杏の葉がこんもりと積もっていた。
「目にやさしい景色ばかり続くわあ」と母が言った。
 大自然の中で暮らす我々が言うのもおかしいけれど。

 貴船口駅で降りると、そこはひんやりとした山の気温だった。
「星の世界にいるみたい」
 母が足元を指さした。小ぢんまりとしたホームに小雨が舞い、真っ赤なカエデの葉が張り付いていた。確かに星が散りばめられているよう。旅は母を詩的な人間に変えた。
 駅からバスに乗り換え、貴船神社に向かった。
「ここは水の神様を祀る神社なんだって」と教えたら、母は「じゃあお願い事しなきゃ」と何やら先を急いだ。大きな鳥居をくぐり、私を置いて赤い灯篭が連なる長い石段を軽快にのぼり始めた。
 境内では「水占みくじ」に人が集まっていた。御神水に紙を浸すと文字が浮き出てくるおみくじだという。縁結びの神社としても有名らしく、若い男女が肩を寄せ合い、浮かんだ文字を見つめていた。
 母はその人だかりに目もくれず、本宮の前で「頻尿が治りますように」と手を合わせた。旅行中も立ち寄った先で必ずトイレを探していた。水の神様だから何とかしてくれると思ったのだろうが、逆に勢いよく出てきそうな気がする。
 次第に雨粒が大きくなってきた。このままではますます母の頻尿が加速してしまう。そう思い、近くの甘味処に入った。栗の入ったぜんざいが冷えた身体にほどよく沁みた。

 母とふたりで遠出するのはこれが二度目だ。前回の行き先は私の夫の実家だった。
 子供ができないことを義父母に謝罪したいと母が言い出したのだ。
 いま思い返すと、むちゃくちゃだ。そんなことしなくていい。でも、そのときは母も、そして伝染するように私も、思いつめていたのだと思う。
 列車を乗り継ぎ、泊りがけで出掛けた。それを旅と呼ぶには、あまりに悲しいものだった。私はその日のことが心のどこかでずっと引っ掛かっていて、いっそ楽しい記憶で塗り替えてしまいたくて、いま母と旅に出ているのかもしれない。
 こうして三泊も寝食を共にすると、これまで気付かなかった一面も見えてくる。
 ホテルの浴衣に袖を通した母は「これ子供用なのに引き摺っちゃう」と悲しげな声を上げた。おばけみたいに浴衣をずるずると引きながら歩いていた。もともと145cmくらいの母が、さらに小さくなったような気がした。
 頻尿だから駅に着くたびトイレに駆け込む。そのたびに「10CCしか出なかった」とか「50CCだった」などと要らぬ情報まで耳打ちしてくる。
 どうやら顔ハメ看板が好きらしい。「撮るよー」とレンズを向けると、仏様の看板では穏やかに微笑み、鬼のときはカッと目を見開くといった小芝居まで見せた。
 そして、やたらと寺の鐘をつきたがる。何度も鳴らしては喜んでいた。
 こんな子供みたいにはしゃぐ母を見るのは初めてだった。

 関西空港へ向かう帰りのリムジンバスの中で母に訊いた。
「京都で一番どこがよかった?」
「京都タワーがよかったねえ」
 意外な答えだった。確かに展望台から眺める夜景はとても美しかったけれど。
 すると続けて言ったのだ。
「京都タワーのね、変な鏡がおもしろかったね」
 おい、と思わず声が出た。
 母の第一位は、秋深まる古都の絶景よりも、京都タワーの中にある「とってもおもしろいマジックミラー」と書かれた一角だった。何のことはない胴長短足に映るミラーなのだが、なぜか母はこれをいたく気に入り、なかなかその場を離れなかったのだ。
「カブの入った炊き込みご飯も美味しかったね。あんな上品な食べ物、うちの近所にはないね。お父さんと一緒だったら焼き鳥くらいしか食べさせてもらえないからね」
 マジックミラーだけでは申し訳ないと思ったのか、慌てて「風情」を付け足してきた。
 またいつかどこかに連れて行こう。今度は父も一緒に。
「お母さん行ってみたい場所ある?」
「北アメリカ。ナイアガラの滝を見たいんだよね」
 いきなりの海外。遠慮を知らない。その前にあのミラーを実家に取り付けようか。

tabi28

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作品について

著者プロフィール

こだま

主婦。2017年1月、実話を元にした私小説『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)でデビュー。同作は13万部を超える大ヒットとなり、『ブクログ大賞2017』エッセイ・ノンフィクション部門ノミネート、『Yahoo!検索大賞2017』小説部門賞を受賞。映像化、マンガ化でも話題に。二作目のエッセイ『ここは、おしまいの地』(太田出版)は第34回講談社エッセイ賞受賞。また現在、「Quick Japan」「週刊SPA!」で連載中。

作品概要

幼少期からいままで、いろいろな人や場所、ものと交差してきた。
「陳腐」でいとおしいものから、「数奇」と呆れられるものまで――。
著者初のWEB連載は、日常と記憶をたどる優しくコミカルなエッセイです。

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