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縁もゆかりもあったのだ

こだま

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メロンと郷愁

2018.08.24 更新

 夫と食の好みが合わない。絶望的に合わない。夫は私が好むトマトやナスなどの野菜料理全般を憎み、私は夫の大好物である焼肉や唐揚げといった油ものをあまり食べない。毎日の食卓に何を並べたらいいのか、わからないまま二〇年近く経っている。
 そんな中、お互い「最高」と一致した料理がふたつだけある。
 メロンと蟹だ。
 もはや料理ではない。素材だ。でも、これらしか共通点がないのだから仕方ない。
 ここ数年、私たちは夏にメロン、冬は蟹を食べるためだけに遠出するようになった。

 五年前の初夏、旅行サイトを眺めていると「夕張メロン食べ放題」という文字が目に飛び込んできた。まさか。そんなことがあっていいのか。この機会を逃してはいけない。
 私は仕事中の夫に大慌てでメールを送り、すぐさま旅の予約を入れた。
 出かけるまでの約二ヶ月間、私たちは一切れのメロンも口にしないと決めた。「メロン断ち」である。それくらいの覚悟を持って臨むのがメロン界の王者への礼儀というものだ。
 その辺のスーパーに並ぶ品種の曖昧なメロンなど口にしてはいけない。母がお土産に持ってきた大きなマスクメロンも固辞した。
 この夏最初に味わうメロンは食べ放題会場の夕張メロンにしよう。すっかり「夕張メロン」と「食べ放題」の文字に取り憑かれてしまった。
 
 八月初旬、いよいよメロンの解禁日を迎えた。グルメと無縁だった私たちが食を目的にした旅に出るのは、それが初めてのことだった。大人になってこんなにも旅にときめくことがあっただろうか。メロンのことを考えて眠れない日が来るなんて思ってもみなかった。
 夕張市は北海道の中央部に位置する。財政破綻、過疎化など翳(かげ)った印象を抱く人が多いかもしれないが、我らメロン愛好家には「お宝を生み出す崇高な街」に他ならない。
 お宝の地へ向かう道中、私たちは興奮を隠し切れなかった。遠足を楽しみにする小学生みたいに、前の晩よく眠れなかった。
「とは言っても食べ放題だからね」
「B級品だろうね。期待しすぎるとその分ショックも大きいよ」
 自ら上げすぎたハードルの下方修正に余念がない。なぜなら、我々はスーパーの店先に漂う甘い香りの誘惑に耐え、「メロン断ち」までしたのだ。この一日に賭けてきたのだ。この二ヶ月が丸々無駄になる可能性だってある。
「まあ今回はどんなものか様子を見に来ただけだから」
「食べ放題なんてことある? やっぱり数に制限あるんじゃないかな」
「いくらでも出てくるわけないよね」
 落胆しないよう予防線を張ることに必死だった。
 
 青い空。車窓に広がる、まばゆい緑。道路脇に繁茂する背丈の高いオオハンゴンソウの黄色い花。四方を取り囲む山々から響く蟬の鳴き声。絵に描いたような山里の夏だった。
「あの中に、お宝が」とビニールハウスの連なりを眺めているうちに夕張の街に到着した。のぼり旗に描かれたメロンが風になびいている。店先のテントには大玉のメロンが、いくつも並べられていた。

 会場は、とあるホテル。夕食のバイキングに夕張メロンが並ぶという。私たちは、その日の昼食をラーメンのみに抑え、間食を一切しなかった。これも本番前の通過儀礼である。
 メロン前の特等席をキープするため、早めに会場へ足を運ぶと、既に長い行列ができていた。中国からのツアー客らしい。
「やられたな」
「こんなに団体客がいたら、すぐメロンなくなっちゃうね」
 マラソンのゴール目前で一気に他国の選手に追い抜かれた気分だ。
「いや、そもそも他の客は普通にバイキングが目的のはずだ。こんなにもメロンに固執する客は俺らしかいない」
「そうだよね、私たちはメロンしか食べないつもりでこの場に臨んでいるんだから」
 沈みかけた気持ちが再浮上した。そう、私たちはこの日のことだけを考えて生活してきたのだ。意識の差を見せ付けてやる。

 会場の扉が開いた。スタッフがツアー客に中国語で話しかけている。私たちも彼らの列の末尾に続いた。家族連れが順に席へと案内されている。
 スタッフがこちらに近付いてきた。いよいよ私たちの番だ。胸を高鳴らせ、気を付けの姿勢でキリッと直立していると、夫が聞き慣れない言葉で質問された。
 どうやら我々夫婦も中国のツアー客だと思われたらしい。
 夫は全く動じることなく「トゥー」と言った。人数を訊かれていたようだ。元気よく答え、裏ピースのように二本指を立てて見せている。
「俺ら、そんな中国人っぽかったかな」
 そう訝しむ夫は、胸に「モリゾーとキッコロ」のイラストが入ったポロシャツを着ていた。二〇〇五年「愛・地球博」のマスコットである。それっぽいどころではない。「万博以来の来日です。日本といえばモリゾーとキッコロです」といった時間の止まった親日家の観光客そのものである。
 夫はこのポロシャツをなぜかたいそう気に入っており、とっくにブームが去ったあとも着ていた。この日もメロンのために最高のお出かけ着として選んだのだろう。
 国籍ごときで怯んでいる場合ではない。胸を張って食べよう。
 私たちは夕張メロンの載った大皿の一番近くに着席した。オレンジ色の果肉が金塊のように積まれていた。こんな惚れ惚れとする光景がありましょうか。
 私たちは寿司やステーキには見向きもせず、まっすぐ目的の場所へ進んだ。そして、八分の一にカットされたそれを取り皿に盛った。
 無言でかぶりついた。芳醇な香りが口の中いっぱいに広がる。どこまでも甘く、やわらかい。これを心ゆくまでおかわりをしていいというのだ。なんてことだろう。
「いままで俺らが食べていたのは瓜。これが本物のメロンだ」
 夫の漏らした一言に尽きる。私たちはメロンばかり何皿も食べ続けた。あっという間にテーブルの上には皮が山盛りになった。ふたりで三玉分も平らげてしまったようだ。
 ふと我に返って辺りを見回すと、こんな卑しい食べ方をしているのは私たちだけだった。中国人観光客は野菜、おかず、主食と順に味わい、最後にデザートとしてメロンを食べていた。なんてお行儀の良い人たちだろう。会場で最も迷惑な客は国籍不明のモリゾー&キッコロ夫婦だったのだ。

 メロンで腹の中をたぷたぷにした私は、部屋で寝転がる夫を残し、ひとり夜の街を散歩した。「キネマ街道」と名付けられた通りには「猿の惑星」や「太陽がいっぱい」など往年の名作映画の手描き看板が掲げられていた。ほのかな灯りの下に主人公の顔が浮かんでいる。
 空き家となったスナックの軒下では野良猫が低い声色で威嚇し合っている。木造の廃屋が続く。中心街とは思えないほど閑散としているが、それもまたいい。
 この街の草木が放つ匂いと湿度に覚えがあった。私の生まれ育った集落に似ているのだ。風景も、この胸が苦しくなるほどの空気も、静けさも。

 私たちは今年の八月もこの地を訪れた。思い残すことがないよう、ひと夏分のメロンを食べた。そして、儀式のように夜の街をひとりで歩く。川の流れに耳を澄ます。生い茂る草木の前で立ち止まっては、深く息を吸い込む。
「何もない」と言われるのは悪いことだろうか。そんなことを考え、故郷と同じ夏の匂いをまといながら歩き続けた。

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著者プロフィール

こだま

主婦。2017年1月、実話を元にした私小説『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)でデビュー。同作は13万部を超える大ヒットとなり、『ブクログ大賞2017』エッセイ・ノンフィクション部門ノミネート、『Yahoo!検索大賞2017』小説部門賞を受賞。映像化、マンガ化でも話題に。二作目のエッセイ『ここは、おしまいの地』(太田出版)は第34回講談社エッセイ賞受賞。また現在、「Quick Japan」「週刊SPA!」で連載中。

作品概要

幼少期からいままで、いろいろな人や場所、ものと交差してきた。
「陳腐」でいとおしいものから、「数奇」と呆れられるものまで――。
著者初のWEB連載は、日常と記憶をたどる優しくコミカルなエッセイです。

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