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縁もゆかりもあったのだ

こだま

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祈りを飛ばす人、回収する人

2018.06.22 更新

 三十代後半から両親と私の三人で旅に出るようになった。
 結婚後、顔を合わせれば「子供いつ産むの」「婦人科に行きなさい」と母に言われ、すっかり実家に寄り付かなくなっていたけれど、私に不治の病が発症してからは、その怨念めいた問いかけがぴたりと止んだ。
 ようやく家に帰ることを許されたような気がした。
 そうして旅が始まった。
 この三人の組み合わせは思いの外よかった。
 私の夫は仕事に忙殺されている。せっかくの休みに遠くまで付き合わせるのは忍びない。妹夫婦の家庭は子育てに奔走し、旅どころではないという。
 定職を持たない私と父と母。我ら三人組は土日だろうと平日だろうと一向にかまわない。いつだって「行こう」と決めたら自由に動ける。

 この春、旅行会社のパンフレットを眺めていた母が「次は台湾なんかどう? 暖かいし」と言い、その場で行き先があっさり決定した。
 子供のころは常に節約を強いられ、欲しいものを「欲しい」と言えた記憶がまるでない。両親も贅沢をせずに慎ましく暮らしていた。彼らが自分たちのためだけにお金を使うようになったのは娘三人が独り立ちをしてから。そこに無職で病気持ちの私も加わるようになったのだ。

 母が選んだのは台湾を三泊四日で縦断する強行バスツアーだった。
 流暢な日本語を話す現地ガイドの青年、林(リン)さんの掲げる小旗のあとを三十人の中高年がぞろぞろと続いた。
 華やかなネオンの下を列をなして行き交うオートバイ。極彩色の看板に建築物。所狭しと屋台の並ぶ夜市。その店先から漂う肉汁の匂い。そのどれもが刺激的だった。

 中でも忘れられないのが北部の山奥にある十分(シーフェン)という小さな町での出来事だ。
 首都台北から高速に乗って東へ進むと、車窓の景色が高層タワーから山並みへと変わった。ふと隣の車線に目を移すと、にわとりをみっしりと載せたトラックが並んだ。出荷されるのだろうか。何段にも積み重なる鉄のケージが、にわとりの集合住宅に見えた。むき出しのマンションだ。白い羽毛を散らしながら私たちのバスを追い越してゆく。小さな体でこんなにも強い風を受けて大丈夫なのか。捌かれるだけだから気を回されていないのだろうか。
 にわとりたちの残り少ない余生を思い浮かべていたら、今度は豚をぎゅうぎゅうに詰め込んだトラックが並走した。やはり、むき出しだった。ワイルドだ。鉄格子の奥で薄桃色の鼻を慌しく動かしている。天を覆う幌もない。日差しをがんがんに浴びて暑かろう。泥だらけの豚たちもあっという間に視界から消えた。
 さようなら、にわとり。さようなら、豚。
 豚の行き着く先を想像しているうちに、バスは細い山道を上っていた。

「みなさん、あの山の上を見て。ランタンが飛んでるよ」
 林さんの指差す方向に風船のようなものがふわふわと上昇し、やがて点になった。
「天燈(てんとう)上げ」というこの地域の観光の目玉で、今から私たちも体験するという。
 到着したのは小さな十分駅。「いったいどうしてこんな山奥に」と声を上げてしまうほど、さまざまな国の観光客であふれかえっていた。
 一時間に一本しか列車が来ないため、線路の上で堂々と天燈が売られている。その無人の気球のような物体は、火を吹きながら数秒おきに空へと放たれていた。

 私たち家族も天燈の商人に導かれるまま、筆を渡された。
 紙で作られた四角い天燈の側面に墨汁で願い事を書いて飛ばすのだという。その願いの種類によって紙の色が違うらしい。黄色は金運、青色は仕事運、桃色は人間関係などと一覧表になっていた。
「赤は“広くなんでもOK”よ」という商人の言葉に乗せられ、我が家はお得なその色を選んだ。
 一家で一つ。四つの側面にそれぞれの願いを書いた。
「あんたは先が長いんだから二つ書きなさい」
 母にそう言われ、墨汁を滴らせながら「○○家が健康でありますように」と、ありきたりな願い事を書いた。
 もう一面には自分のことを書こう。私の頭の中には執筆のことしかない。今はただそれだけだ。誰にも邪魔されることなく、締め切りに追われてノイローゼになることもなく、匿名作家として書いていけますように。でも本は売れてほしい。それを両立させるのは難しい。限度がある。だから神に祈るしかない。今ここに書きたい。台湾の空に飛ばしたい。「作家として大成しますように」と大きく書きたい。
 しかしながら『夫のちんぽが入らない』という私小説を出したなんて親に言えない。また、今年出版した『ここは、おしまいの地』というエッセイにも両親がたびたび登場する。父の太腿が野良犬に嚙まれてズタボロになったこと、母の実家が悪の巣窟と化していること。そんな身内の恥をひたすら書いたのだった。
 私は筆を持ったまま、しばらく悩んだ。ここで思い切って書くかどうかで人生が変わるような気がした。試されている。
 私は墨をたっぷりとつけて「大成しますように」とだけ書いた。
 度胸がなかった。
 こんな「あとは汲み取って、察して」と丸投げするような願い、神様も困惑する。

 両親は何と書いたのだろう。覗き込んだ。
 父は「長生きするぞ」と私に負けず劣らず平凡な願いをしたためていた。
 やはり親子だ。
 母もそんな感じか。
 笑いながら視線を移した先に思いもよらぬ一文があった。
「○○の難病が治りますように」
 私の名前だった。
 母は娘の無事だけを祈っていた。
 治りはしないんだよ。進行を遅らせることはできるけど。
 自分の願い事を書けばいいのに。私のことなんかいいのに。
 思わず涙がこぼれそうになった。言葉にならなかった。
 せめて素直に「ありがとう」と言えたらよかった。

 親子三人で天燈の端を持ち、商人がその膨らみの下から燃料に点火した。
「せーの」の合図で私たちは一斉に手を離した。
 余韻を楽しむ間もなく、赤い天燈は炎と共にみるみる浮上していった。
 家族それぞれの願いが台湾の上空で粒になった。そうして、すぐにまわりの粒と見分けがつかなくなり、視界から消えた。
 その若い商人は「まっすぐ上がったら願いが叶う」と教えてくれた。その言葉を信じたい。

 集合までまだ時間があったので、駅の近くにある吊り橋を渡った。年季の入った大きな橋だ。下には川が流れている。
 川岸の岩に何かが引っかかっている。
 黄色いもの、桃色のもの、そして赤いもの。ふるさとの川で生涯を終える鮭のように、役目を果たした天燈の死骸が岸のあちこちで、くしゃっと潰れていた。
 異国の文字を刻んだ死骸がこの山にいくつ落ちているのだろう。
 枝先に、電線に、そして民家の屋根に。
 さっきまでの浮かれた気分も萎んでいった。

 林さんが吊り橋を渡ってくるのが見えた。
「こうしてごみになっちゃうんですね。そりゃあそうですよね。やらなければよかった」
 上空できれいに燃え尽きる。そんな美しい物語が頭の中で都合よく出来上がっていた。
「大丈夫ですよ。回収する係、ちゃんといますから」
 林さんは笑った。
 色とりどりの死骸を背中の竹かごに無表情で放り込む現地の人の姿を想像した。世の中きれいなものばかりではないと知っている回収人。他人の夢を拾い集める人たち。そんな人にこそ幸が訪れてほしい。
 アジア系の男の子がガニ股になって吊り橋を大きく揺らした。
 私は我に返り、林さんの背中を追ってバスに戻った。
 
十分

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作品について

著者プロフィール

こだま

主婦。2017年1月、実話を元にした私小説『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)でデビュー。同作は13万部を超える大ヒットとなり、『ブクログ大賞2017』エッセイ・ノンフィクション部門ノミネート、『Yahoo!検索大賞2017』小説部門賞を受賞。映像化、マンガ化でも話題に。二作目のエッセイ『ここは、おしまいの地』(太田出版)は第34回講談社エッセイ賞受賞。また現在、「Quick Japan」「週刊SPA!」で連載中。

作品概要

幼少期からいままで、いろいろな人や場所、ものと交差してきた。
「陳腐」でいとおしいものから、「数奇」と呆れられるものまで――。
著者初のWEB連載は、日常と記憶をたどる優しくコミカルなエッセイです。

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