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カサノヴァ 人類史上最高にモテた男の物語

鹿島茂(かしま しげる)

カサノヴァ 人類史上最高にモテた男の物語 ブック・カバー
バックナンバー  12 

第2回 気品ある謎の美女との恋

2017.05.29 更新

 最愛のマルコリーナがケリーニ氏一行とともにヴェネチアに去って以来、カサノヴァは虚脱状態に陥ったが、三日後にようやく気を取り直し、「隠者」と呼ばれる二輪馬車を購入してパリに旅立つ準備を始めた。

 部屋で旅支度をしていると、召使のクレルモンが、食卓で一緒だった商人が控えの間で待っていると伝えてきた。

 モローと名乗る商人の話は次のようなものだった。どうしても六日後にパリに着く必要があるのだが、乗合馬車は全席満員で、吹きさらしの屋上席しか空いていない。しかし、自分には妙齢の娘がいて屋上席というわけにはいかない。もし可能なら、カサノヴァの自家用馬車に同乗させてはもらえないか?

 カサノヴァは二輪馬車だからそんな余裕はないと断ったが、商人の娘アデールの容姿を見て気が変わった。本来、召使が乗る幌の後ろの席に商人を乗せ、御者は馬に騎乗させ、御者席に娘を乗せれば、解決はつくと考えたのである。もちろん下心は十分あった。

 「アデールは美しい娘だった。非常に切れ長の目は青く、顔は百合色と薔薇色に輝き、翌年の発育を約束された背丈を誇る彼女は、まさに若さの盛りにあったからである」(以下、引用は窪田般弥訳『カサノヴァ回想録』)

 ブレスまでは旅は順調だった。カサノヴァは軽口をたたき、アデールを笑わせていた。ところが、小休止のあと、娘が馬車に乗るのを助けてやろうとしたとき、娘が黒いズロースをはいているのを見てしまった。とたんにカサノヴァは不愉快になった。ズロースに、防御を目的とした無礼な意図を感じたからである。

 アデールもカサノヴァの冷ややかな態度に気づいたらしく、ズロースをはいてきたことをいろいろと釈明し、会話の中で才知を光らせたので、カサノヴァもようやく機嫌を直し、以後は楽しく旅を続けた。カサノヴァがひそかに期待していたことはサン・ピエールの宿駅で起こった。夜明けまでにヌヴェールまで行ってこなければならない父親が二人をホテルに残していってくれたからである。アデールは積極的にふるまった。

 「三〇分もすると、彼女は激しく愛の女神(ヴィーナス)につかまってしまったので、どうか自分の名誉だけは大切にしてくれと言いながら、いっさいをわたしに許してしまった」

 こうしてパリまで、カサノヴァは最高の道連れを得て、夢のような日々を過ごすことができた。どうやら、父親もそれは織り込み済みであったようだ。カサノヴァはパリのサン・ミシェル橋の上にあった時計屋で時計を買い、それをアデールに与えると、二人をオ・ズルス街に降ろし、モンモランシー・ホテルに宿を取った。

 パリでは妊娠を固く信じ、自分の産む男の子に転生できると思いこんでいるデュルフェ夫人を持て余しながら、カサノヴァはロンドン行きに備えて雑事を片付けていった。

 一つは、神父をしている下の弟をローマに追い返す算段をすることだった。下の弟はヴェネチアで誘惑してきた娘、つまりマルコリーナをカサノヴァに横取りされたことを恨んで誹謗中傷を繰り返していたため、カサノヴァはリヨンで訴訟沙汰に巻き込まれ、貨幣偽造の罪に問われそうになったのである。そこで、カサノヴァは再会した弟に対し、無一文でパリに留まるか、旅程ごとに為替で支払われる二五ルイと引き換えに、パリを去ってローマに向かうかの二者択一を迫り、パリから退去させることに成功したのである。

 もう一つの雑事とは、カバラの魔法の信者である歌手のデュ・リマン夫人が声が出なくなったと訴えてきたことだった。原因は夫人の不摂生な生活にあるとにらんだカサノヴァが、カバラの神託と見せかけて規則正しい生活を処方してやったところ、見事、夫人は二一日後に声が出るようになった。

 第三は、デュルフェ夫人をカバラの魔法で騙すときに助手として使ったコルティチェルリがパリで娼婦に身を落とし、性病に罹って尾羽打ち枯らしていると聞いたので、なんとかして助けてやりたいと思ったことである。グルネル・サン・トノレ街のアパルトマンを訪ねてみると、見る影もなくなったコルティチェルリがいた。コルティチェルリから不運を聞かされたカサノヴァは深く同情し、知り合いのサン・タントワーヌの梅毒治療院に治療費を前払いして入院させてやった。二カ月後、ロンドンで、カサノヴァはコルティチェルリの死を知らされることになる。

 こうして、懸案事項を片付けたカサノヴァは、昔の恋人テレザ・トレンチとの約束を守るため、その息子のダランダ・トレンチ青年をつれてロンドンに向かった。途中、母親のもとに戻ることをいやがるダランダ青年が脱出を試みるなどアクシデントに見舞われはしたが、なんとか旅程通りに、海峡を渡ってドーヴァーに着いた。

 最初のイギリスの印象は好意的なものだった。

 「まずわたしの目に映ったのは、非常な清潔さ、食べ物の堅実さ、田園と大きな道路の美しさだった。わたしは、各自の馬車によらずに旅をする人たちのために宿駅に配置されている馬車の美しさに感嘆した。運賃価格の適正なこと、支払いの簡便なこと、決して駆け足はせず、つねに早足でゆく馬車の速力、ドーヴァーからロンドンに向かう際に通過した町々のつくり方――こうしたものにも、わたしは感嘆した」

 この証言からもわかるように、七年戦争勝利後のイギリス社会の発達ぶりは著しく、あきらかに社会インフラの面でフランスを凌駕していたのである。

 ロンドンで旅装を解いたのは、ダランダ青年の母親テレザ・トレンチの邸宅だった。

 テレザは本名をテレザ・イメールといい、カサノヴァの幼なじみ。一八五三年にヴェネチアで再会したときには美貌の歌手に変身していた。このとき二人は本当の恋人同士となったが、後にテレザは舞踏家ポンペアティの夫人となり、ポンペアティの死後はオランダに移住し、かの地ではテレザ・トレンチと名乗ってふたたび舞台に立っていた。カサノヴァは七年戦争の直前、ハーグを訪れた際にテレザと再会し、ソフィという六歳の娘の父親は自分であると告げられた。たしかにソフィはカサノヴァそっくりで、親子関係は疑いようもなかったのである。テレザとの関係は戻らなかったが、カサノヴァはテレザに頼まれてその息子である青年を養子として引き取り、パリに連れて帰ることに同意した。これがダランダ青年である。

 ロンドンに移ってから、テレザは元恋人コーネリウス・リジブースに敬意を表してコルネリスという名を名乗り、パトロンのファーマー卿から借りた金を元にして事業を起こし、三三人の召使と二人の秘書を抱えた女実業家に転身していたのである。

 その事業というのは、適齢期の男女のためにお見合いの晩餐舞踏会を催す仕事で、大宴会場は同時代のスモレットも作品の中で取り上げているほど繁盛していた。しかし、実際には、後でわかるように台所は火の車で、テレサは日々、金の工面に追われていた。それどころか、金主であるファーマー卿との訴訟事件沙汰に巻き込まれていたのである。

 とはいえ、社交界レディとしての体面は繕わなければならない。そこで、ダランダ青年をつれてきてくれたにもかかわらず、カサノヴァにはすげなくふるまい、ダランダ青年の召使扱いにして粗末な小部屋をあてがったりした。

 事情を汲んでいたカサノヴァは怒ることもなく、とりあえずロンドン見物に出掛け、「カフェ・ドランジュ」という一軒のカフェに入った。そこは、悪いイタリア人がたむろする悪名高いカフェだった。

 しかし、カサノヴァはついていた。というのも、隣に座った男がイタリア語の校正紙を手直ししているのを見て、いまではそうした綴りは使われていないと話しかけたところ、男が校正紙はボッカチオの『デカメロン』の引用なので古い綴りのままでいいと答えたことから会話がはずみ、ロンドン在住の有名な詩人マルチネリであることがわかったからである。

 マルチネリはロンドンで暮らすなら、家具から調理場まで揃った一軒家を借りるのがベストだと勧め、その足で住まい探しに同行してくれた。こうしてカサノヴァはロンドン到着早々にマルチネリのおかげでペルメル大通りに申し分のない住まいを見つけることができたのである。

 コルネリスことテレザの邸宅に戻ると、テレザがご帰還あそばし、夕食とあいなったが、テレザは自分がいかに羽振りがいいかさかんに自慢し、息子にはいずれ会計をまかせたいと抱負を語ったが、息子が席を外すと、全然、教育ができていないではないかと文句を言った。そこでカサノヴァはパリで一番の寄宿舎に入れたが、効果なく、青年は愚かなままであると断言した。テレザは落胆した。

 いっぽう、すでに一〇歳になるソフィに関して、テレザは自分の手で育てたので才気煥発な娘に育ったと自慢したが、カサノヴァの観察では、気まぐれな母親の悪い影響を免れていないようだった。カサノヴァはソフィをしだいに深く愛するようになっていった。

 「わたしは娘を膝の上に抱きあげ、彼女が受けるに値するあらゆる接吻をしてやった。すると彼女のほうも、わたしの望み得る限りの愛情をこめて接吻を返してくれた」

 ペルメル街のアパルトマンに移ると、カサノヴァはさっそく燕尾服に着替え、行政長官モロジニ氏の手紙をヴェネチア弁理公使ツッカト氏のところに持参して、宮廷に紹介してくれるように頼んだ。しかし、弁理公使はこれを一笑に付したので以後二度と彼のところに足を運ばなかった。宮廷への道を開いてくれたのはフランス大使ド・ゲルシ伯爵だった。カサノヴァがサンガールと名乗り、ド・ショーヴラン侯爵の手紙を持参したところ、伯爵はすぐにセント・ジェームズ宮殿に伺候する道を開いてくれたばかりか、次の日の昼食に招いてくれたのである。そこで、カサノヴァは女装の外交官として名高いエオン勲爵士と出会った。

 「この人は女装をしていたが、外交畑に入る前は竜騎兵の大尉だった。外務省の役人としての才能も大いにあり、男性らしく振舞ってはいたものの、わたしは、男としての何かが欠けているとにらんでいたのである」

 日曜日にセント・ジェームズ宮殿に出掛け、ド・ゲルシ大使からジョージ三世と女王に紹介してもらった。ド・ゲルシ氏がサンガールというカサノヴァの名前を告げると、ヴェネチアの弁理公使はびっくりしていた。

 こうしてロンドンにおける社交生活が始まったが、一つ興味深いのは、ハリントン夫人の家に招かれて賭けトランプに加わり、一五ギニーの賭金を清算したときのエピソードである。カサノヴァが金貨で払ったところ、ハリントン夫人からこう注意されたのである。

 「金貨を紙幣に換えて払うか、支払いを他日にしなければいけないのです。あたしたちの国では、音のするお金での支払いは少々失礼なこととされているのです」

 この話をマルチネリにしたところ、マルチネリは次のように説明してくれた。

 すなわち、イギリス国民はイングランド銀行に対して盲目的な信頼感を寄せている。おかげでイギリスは金貨を外国との取引に使い、国内では、現実の富の象徴物、すなわちイングランド銀行券を流通させることができるのだと。

 このエピソードはイギリスがフランスよりも一足先に金本位制への移行に成功し、資本主義を確立したことを見事に物語っているのではなかろうか?

 コルネリス夫人(テレザ)が催した晩餐舞踏会に出掛けたカサノヴァは、そこで一座の注目の的となった。ミス・コルネリス(ソフィ)がカサノヴァそっくりなのは明らかだったからである。そのことを皆から問いただされたコルネリス夫人はサンガール氏は自分の昔の友人でしかないが、サンガール氏とソフィがよく似ているにはそれなりの理由があるのだと、意外に正直に答えたので、皆は笑いだした。

 舞踏会は大盛況だったが、従業員の不正に対する防御策が不十分なので、赤字はかなりの額にのぼるのではないかとカサノヴァは推測した。これはのちに事実によって裏付けられることになる。

 カサノヴァがロンドンにやってきた目的はパリで成功した富籤をイギリス政府に売り込むことだったが、もう一つイギリス女を試してみたいという望みも当然あった。そこで、ソーのクラブで知り合った放蕩者のベンブロック卿から聞いた、いわゆる星印の料亭(娼婦と出会えるレストラン)に出掛けてみたところ、入れ替わりやってくるどの娘も気にいらなかった。セント・ジェームズ公園内のラヌラグ・ハウスという円形のダンス・ホールや評判のヴォックスホール・ガーデンにも出掛けたが結果は同じだった。ロンドンではカサノヴァ好みのインテリジェンス溢れる美人には一人も出会えなかったのである。

 「わたしのために生まれてきたような娘で、しかも、かつて熱愛した女たちの誰かに性格的に似ている女性をロンドンで見つけるには、いったいどうしたらいいのか?(中略)わたしは、絶えず女のことを考えていた。そして、ふと奇妙なことを考えついたので、その考えに従うことにした」

 それは、自分の建物の三、四階も一緒に借りて、希望する女性に、審査の上、格安料金で又貸しするというアイディアだった。カサノヴァはさっそく、次のような掲示を建物の門口に張り出すよう管理人の老婆に命じた。

 「三階ないしは四階の家具付きアパルトマンを、独身で係累のない若い娘さんに格安にてお貸しします。ただし、英語とフランス語を話し、昼夜を問わず、いかなる訪問客も迎えられない方に限ります」

 掲示は話題を呼び、『セント・ジェームズ・クロニクル』という新聞は掲示に注釈をつけて記事にした。何人かの娘たちがアパルトマンを見学にきたが一人としてカサノヴァの気にいるような娘はいない。最後に、二二歳くらいの背の高い娘が現れた。

 「彼女は贅沢な身なりはしていなかったが、小ざっぱりとした服をまとい、気品のあるまじめそうな顔をしていた。一点非のうちどころのない美女で髪は黒く、肌の色は蒼白かった」

 娘は完璧なイタリア語を話し、四階の部屋を借りたいと申し出た。カサノヴァは破格の条件でアパルトマンを貸すことに同意した。

 娘はパウリヌという名前だったが、ほとんど自分のことを語らず、外出もあまりしなかった。そうしたミステリアスな雰囲気のためカサノヴァの恋心は燃え上がったのである。

 「不成功に終わるようなことはまずあるまいと考えていた。というのは、女に恋心を芽生えさせる男の熱心な心遣いや、あらゆる親切に抵抗し得る女性などはこの世にいない、ということをわたしは知っていたからである」

 さすがはカサノヴァ。女心というものをよく知っている。ではカサノヴァはこの謎の美女のハートをどのようにして捉えようとしたのか?

 まずは昼食に招くことから始まったが、食事の前に三〇分ほど時間があったので、二人はチェスを始めた。すると、パウリヌは三手目に王手をかけて詰めてしまった。食卓についたとき、召使のクレモモンがコルネリス夫人がお見えですと取り次いだが、カサノヴァは借金の工面だとわかっていたので面会を断った。すると、一分もしないうちに涙にくれたソフィがやってきて、母親からの伝言を伝えた。ソフィはパウリヌを「やさしいお母さん」と呼び、パパ(カサノヴァ)に母親に命じられた通りの手紙を書くように勧めてくれと懇願した。

 ソフィをダシに使ってカサノヴァはパウリヌからいくつか重要なことを聞き出した。一つは結婚はしているが、まだ一度も一緒に寝たことがないこと、夫は遠い祖国にいることなどである。パウリヌの部屋の本がミルトンとアリオストとラ・ブリュイエールを除くとポルトガル語の本だということにカサノヴァが驚きを示すと、パウリヌは自分はポルトガル人だと明かし、問わず語りに、故国を去って一人ロンドンにいる理由を語り始めた。

 パウリヌはポルトガルのX-o伯爵のひとり娘だったが、父親は、大臣のカルヴァーリョ・イ・メロ・オイラス伯爵(後のボンバル侯爵)によって獄死させられた。パウリヌは母親の姉が院長をしていた修道院に預けられ、イタリア語を始めさまざまな教養を身につけた。

 十八歳で修道院を出て一年後、祖父がFl伯爵の息子との縁談をもってきた。見合いをしてみると、その息子は間抜けで、醜く、身体の弱々しい男だったので、パウリヌは絶対に結婚に同意しまいと心に誓った。そして、周囲の状況から判断して、縁談は政府の上層部から降りてきたと感じたので、思い切って父を獄死に追いやった張本人であるオイラス伯爵に懇願して保護を求めることにした。

 すると、翌々日、オイラスの使者として若い紳士がやってきた。王子殿下が二人の結婚を望んでいると意思表示されるまでは結婚に同意する必要はないというのだ。伝令の青年とは次の週に教会で偶然に出会った。このときから印象は強いものに変わった。そんなある朝、小間使いの部屋にレースをもった娘が現れた。目を見た瞬間、パウリヌは青年の目だと気づいた。青年は身分を明かし、愛を乞うた。どうやら小間使いを籠絡し変装して家に入りこんだようである。

 青年はAl伯爵で、相思相愛となった二人は急速に愛を深めていったが、あるとき青年はオイラス伯爵の命令でフリーゲート艦に乗り込み、ロンドンまで密使に赴かなければならなくなったと告げた。この話を聞いたパウリヌは突如、ある計画を思いつく。それは自分は青年の妻だと偽ってフリーゲート艦に乗り込み、そのままロンドンに駆け落ちしてしまうというものである。さらに熟考を重ねた結果、パウリヌは自分のほうが青年よりも二一センチ背が高いこと、また青年は女装すれば十分に女性に見えることを利用して、自分がAl伯爵と名乗り、青年を自分の妻ということにしようと決断したのである。

 計画はただちに実行され、二人はフリーゲート艦に乗ってイギリスに向かった。プリマス沖に錨を降ろしたとき船長はオイラス伯爵からの手紙を受け取り、船に乗っているポルトガル女を下船させたら厳罰に処すると知らされる。パウリヌは下船し、女性と見なされた青年はそのままポルトガルへと連れて行かれた。パウリヌは自分の身代わりとなった青年が幽閉されるはずの修道院長に手紙を書いて事情を説明し、善処を依頼した。しかし、返事が届くまでのあいだロンドンでなんとか生計を立てなければならない。そんなとき、新聞でカサノヴァの広告を知り、アパルトマンを見にきたのである。

 打ち明け話を聞いたカサノヴァはパウリヌへの恋心をさらに募らせたが、そのため食欲不振となり、どんどん痩せていった。心配したパウリヌが乗馬を勧めたので、ケンジントンに出掛けたところ、落馬し、捻挫した姿で戻ってきた。

 カサノヴァの有り様を見たパウリヌは、リスボンに出発するまで夫婦として暮らす決意を固めたと語り、夕食後、ついに「結婚式を挙げる」ことに同意したのである。

 「パウリヌは腕の中に飛び込んできた。まずわれわれは深い沈黙の中にじっとひたりきった。二人の炎は溶け合い、彼女のうめき声は、彼女の欲望がわたしが感じていた以上に激しく、彼女の欲求がわたしの欲求よりも大きなものであったことの確かな証だった。とはいえ、彼女の名誉を守ってやらねばならない絶対必須の義務から、わたしはことを停止し、征服したばかりの彼女の純潔さの痕跡をハンカチに収めた」

 結局、カサノヴァが最後まで行ったのは三回目の試技の後だった。

 「わたしの言葉につづく愛撫に対して、敏感な反応を見せたパウリヌは、わたしの情熱がふたたび燃えたち始めたことに気づくと、すぐに自分も情欲を激しくしてきた。そして、わたしの貪るような目の前に、わたしの好奇心をかりたててやまないその美しさのすべてを光り輝かせ、わたしの三回目の攻撃を迎えうつ態度を見せた。その長い闘いのあいだに、わたしは何度か、彼女が愛の窮地に追いつめられたことを知った。そして、ついにわたしはことを成し終えた」

 二人の愛の生活は、パウリヌがオイラス伯爵からの手紙でAl伯爵との結婚を認められたと知り、リスボンに戻る日まで続いた。カサノヴァはカレーまで同行し、パウリヌを乗せた四輪馬車がリスボンに向けて出発するのを断腸の思いで見送った。その別れは最愛の女性アンリエットと十五年前にジュネーヴで別れたときのことを連想させた。

 こうしてパウリヌは去っていったのだが、同時にカサノヴァの幸運も去ろうとしていたのである。

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著者プロフィール

鹿島茂(かしま しげる)

1949年、神奈川県生まれ。仏文学者。明治大学教授。専門は19世紀フランス文学。膨大な古書コレクションを有し、東京都港区に書斎スタジオ「NOEMA images STUDIO」を開設。著書に『馬車が買いたい!』(サントリー学芸賞)、『子供より古書が大事と思いたい』(講談社エッセイ賞)、『職業別パリ風俗』(読売文学賞)、『神田神保町書肆街考』、『19世紀パリ時間旅行—失われた街を求めて』など多数。

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