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カラヴァル

ステファニー・ガーバー(著)

カラヴァル ブック・カバー
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第二回

2017.08.10 更新

〈カラヴァルへのご入場は一度かぎり。メインゲートは、エランティン王朝五十七年、生育季十三日の真夜中に閉まります。遅れた方はゲームに参加できません。今年はゲームの勝者には、賞品として願いをひとつ叶えてさしあげます〉
「あと三日しかない」スカーレットはつぶやいた。さっきまで感じていた鮮やかな色彩が、いつもと同じ失望の灰色に変わっていく。カラヴァルに行けるなんて、ほんの一瞬でも思ったのがばかみたいだ。もし日付が三か月後だったら、ううん、三週間後でもいい。せめて結婚式のあとだったら——。お父さまは結婚式の日取りを明かしてくれないけれど、結婚式が三日以内ということはぜったいにない。結婚前に島を出るなんて無理。危険すぎる。
「でも、見てよ。今年の勝者は願いを叶えてもらえるんだって」テラははしゃぎながら言った。
「願いが叶うなんて信じないんじゃなかったの?」
「そっちこそ、もっと喜ぶかと思ってた。とりあいになって死者が出るような貴重なチケットなのに」
「だって、島から出ていかなきゃならないのよ。三日後に向こうに着くなんて、明日にでも出発しないと」もしいつかカラヴァルに行けるとしたら、結婚したあとだ。
「ねえ、どうしてあたしがこんなにわくわくしてると思う?」テラの目の輝きが増してきた。テラがうれしい気持ちになると、あたり全体がきらきら輝きだす。そんなとき、スカーレットもいっしょにはしゃぎたくなって、なんでも望みどおりにしてあげたくなる。けれど、スカーレットはゲームで願いが叶うなんていう幻想につられて危険をおかすほど幼くはなかった。
 妹の夢を奪うのはつらいけれど、妹がほかのだれかにひどく傷つけられるよりはましだ。スカーレットは声をとがらせた。「酔ってるんでしょ? 前にふたりでトリスダ島を出ようとしたとき、お父さまになにをされたか、忘れたの?」
 テラはびくっとした。いつも強気なふりをしているテラが、一瞬かよわい少女の顔になる。それでも、すぐにピンク色の唇をきゅっと結んだ。
「あれは二年前だもん。今なら、もっとうまくやれる」
「あのころより、失うものも増えたわ」
 前にカラヴァルに行こうとしたとき、どんな目にあったか——テラは記憶を払いのけられても、スカーレットのほうはそうはいかなかった。あのとき父が罰としてなにをしたか、妹にすべては話していない。妹にはあんな恐怖を味わわせたくない。父にふだんの罰よりも恐ろしい手口があることを知って、いつも怯えて暮らすようになんかなってほしくない。
「結婚にさしさわるとまずいから、なんて言わないでよね」テラはチケットをぎゅっとにぎった。
「やめて。しわくちゃになるでしょ」スカーレットはチケットをとり返した。
「ちゃんと答えて、スカーレット。結婚式のことを考えてるの?」
「そんなわけないでしょ。明日、島を出るなんて無理だから。場所もわからないんだもの。ロス・スエニョス島なんて聞いたこともない。属州の島じゃないわね」
 そのとき、ジュリアンの声がした。「その島なら知ってる」何本か向こうの樽の後ろから出てきた笑顔を見ると、盗み聞きを悪いとは思っていないらしい。
「あなたには関係ないわ」スカーレットは軽く手を振った。
 ジュリアンは女の子から軽くあしらわれたことがないのか、きょとんとしている。「親切で言ってるだけなのに。島の名前に聞き覚えがないのは、メリディアン帝国の中じゃないからさ。なんたって、その島は五つの帝国のどこにも属してないんだ。ロス・スエニョス島はレジェンド個人が所有する島で、ここから二日ほどの距離だ。行くなら、おれが連れていってやるよ。船にこっそりもぐりこませる。ただし、タダってわけにはいかない」ジュリアンは三枚目のチケットに目を向けた。濃いまつ毛が深い茶色の目をふちどっている。女の子たちを誘惑してスカートをめくらせるために作られたような目だ。
 さっきテラが言った、死者が出るほど貴重なチケット、という言葉がスカーレットの頭によみがえった。ジュリアンは美しい顔立ちだけど、サザン帝国のなまりがある。サザン帝国は荒くれ者だらけだってことくらい、だれでも知っている。
「断るわ。見つかったら、大変なことになるから」
 スカーレットがきっぱり言いきると、テラが反論した。
「そんなこと言ったら、なにもできないじゃない。こんなとこで男の子といっしょにいるのが見つかったって、大変よ」
 ジュリアンは「男の子」と呼ばれてむっとしたけれど、言いかえす間もなくテラがしゃべりつづけた。
「危険でも、やってみる価値はある。スカー、ずっとこのチャンスを待ってたんでしょ。流れ星を見つけるたびに願いをかけてたじゃない。港に船が入ってくるたびに、あれがカラヴァルのメンバーが乗った魔法の船でありますようにって祈ってた。あたしよりずっと真剣に待ってた」
 スカーレットは手にもったチケットを見おろした。おばあさまの言葉がよみがえる——カラヴァルはね、どれだけ話に聞いていても、実際に会場に入ったらびっくりぎょうてんするよ。ただのゲームや芝居じゃない。魔法としか思えない世界なんだからね。
 幼いころ憧れていたカラヴァルが、今初めて手の届くところまで来ている。胸の中に鮮やかな黄色が広がった。スカーレットはいつも、感情が高ぶると色が見えてくる。ほんの一瞬、レジェンドの島でゲームに勝って願いを叶える自分を想像してみた。自由。選択。奇跡。魔法。
 美しく、そして、愚かな夢。
 そう、夢は夢のままにしておくのがいちばん。願いなんて、伝説の一角獣ユニコーンのようなもの。小さいころはおばあさまが語るカラヴァルの魔法を信じていた。でも、成長とともに、おとぎ話に興味はなくなった。この世に魔法がある証拠なんて一度も見たことがなかったし、おばあさまのお話は年寄りのたわごとだったと思っていた。
 心の中には、カラヴァルのすばらしさにふれてみたいと望んでいる自分が、今もまだいる。それでも、魔法で人生が変わると信じるほど、愚かではなかった。妹と自分に新たな人生を与えてくれるのは、婚約者の伯爵だけだ。
 チケットは、ランプの光から離れると文字が消えて、ただの紙切れにもどった。
「テラ、だめよ。危険すぎる。島を出るなんて——」
 階段がきしる音が聞こえて、スカーレットははっと口をつぐんだ。そして、ブーツの重い足音。三、四人いる。
 あせってテラの顔を見ると、テラは舌打ちをして、ジュリアンに隠れるよう手ぶりで伝えた。
「なにも隠れることはない」ふたりの父、ドラグナ総督が階段をおりてきた。
 スーツにつけた香水のつんとするにおいが、酒蔵にこもっていた樽のにおいをかき消す。スカーレットは急いで手紙をドレスのポケットにしまった。父の後ろには三人の兵士がぴったりつき従っている。
「初めて見る顔だな」ドラグナ総督は娘ふたりを無視して、手袋をはめた手をジュリアンに差しだした。手袋はプラム色。その赤紫は、打撲のあざと権力の色だ。
 手袋をはめたままなのが、せめてもの救いだ。礼儀を重んじる父は服装にこだわりがあり、質のいい黒いフロックコートと紫の縞もようのベストをきちんと着こんでいる。四十代なかばだけれど、ほかの男たちのように太らないよう体形を維持していた。流行に敏感で、金髪を後ろでひとつに束ねて黒いリボンで結び、手入れの行きとどいた眉毛と暗めの金色のあごひげを目立たせている。
 身長はジュリアンのほうが高いが、総督が見おろすかっこうだ。スカーレットには、父が船乗りの品定めをしているのがわかった。ジュリアンはつぎあてのある茶色い上着をはおって、だぶだぶのズボンをくたびれたひざ丈のブーツにつっこんでいる。
 ジュリアンは手袋をしていない手を堂々と総督に差しだした。
「はじめまして、総督。ジュリアン・マレーロです」
「総督のマルチェロ・ドラグナだ」
 ふたりは握手をした。ジュリアンはすぐ手を引っこめようとしたが、総督はその手を強くつかんだまま離さない。「この島の者ではないな?」
 ジュリアンの顔に戸惑いが浮かんだ。
「はい、船乗りです。エル・ベッソ・ドラード号の一等航海士です」
「では、この島には立ち寄っただけか」総督はほほえんだ。「船乗りは歓迎だ。島の経済に貢献してくれる。入港税をたっぷり払い、滞在中にも金を落としていく。さて、うちのラム酒は気に入ったかね?」空いている手でまわりの樽を指す。「味見をしに来たんだろう?」
 ジュリアンが口ごもると、総督の口調がきつくなった。「口に合わなかったかね?」
「いえ、あ、はい」ジュリアンは言い直した。「どれもすばらしい味でした」
「うちの娘たちも?」
 スカーレットはびくっと体をかたくした。
「口からラム酒のにおいがしない」総督が言った。「ここには、トランプをしに来たわけでも、祈りをささげに来たわけでもなかろう。では、きこうか。どちらの娘を味わった?」
「い、いえ、総督。それは誤解です」ジュリアンは首を振った。そんな大それたことはしていないと言わんばかりに、目を見ひらいている。すかさずテラが声をあげた。「スカーレットよ。おりてきたら、ふたりでいちゃいちゃしてるとこだったの」
 やめて! スカーレットは妹の愚かさを呪った。
「お父さま、嘘です。テラのほうです。わたしがおりてきて、見つけたんです」
 スカーレットが叫ぶと、テラの顔が真っ赤になった。
「スカーレット、嘘はやめてよ。ややこしくなるから」
「嘘じゃないわ! お父さま、テラのほうです。わたしがそんなことをするとお思いですか? もう
すぐ結婚する身なのに」
「お父さま、スカーレットの言うことなんか信じないで。結婚前の不安をまぎらすのにちょうどいいって、小声で言ってるのが聞こえたんだから」
「テラ、そんな嘘は——」
「うるさい!」総督はジュリアンに目を向けた。ジュリアンの茶色い手は、香水のついたプラム色の手袋につかまれたままだ。「うちの娘たちには嘘をつく悪い癖があってね。しかし、きみなら素直に答えてくれるだろう。さあ、教えてもらおう。どちらの娘だ?」
「いえ、ちょっと、勘ちがいされているようで——」
 ドラグナ総督がさえぎった。「わたしは勘ちがいなどしない。もう一度チャンスを与えよう。真実を告げよ。さもないと——」兵士たちが一歩前に出た。
 ジュリアンが目でテラに問いかけた。
 テラは小さく首を振りながら、口の形だけで「スカーレット」と伝えた。
 スカーレットはジュリアンを振りむかせて、言うなと告げたかったけれど、ジュリアンの顔に迷いはなかった。
「スカーレットです」
 ばかな人だ。テラをかばって嘘をついたつもりでいる。逆なのに。
 総督はジュリアンの手を放すと、プラム色の手袋をはずし、スカーレットに告げた。「わかっているな。父に背くとどうなるか」
「お父さま、待ってください。ほんのちょっとキスしただけなんです」
 スカーレットがテラの前に出ようとすると、兵士につかまれて樽に押しつけられてしまった。妹を守ろうともがくスカーレットの両ひじを、兵士が後ろにねじあげる。罰を受けるのはスカーレットではない。父は娘のどちらかが反抗すると、罰としてもうひとりの娘を痛めつけるのだ。
 総督は右手に大きな指輪をふたつはめている。ひとつは四角いアメシスト。もうひとつは、鋭くとがった紫色のダイヤモンド。総督はそれを内側にまわし、腕を振りあげてテラの顔を平手打ちした。
「やめて! ぶたれるのは、ほんとはわたしなのに!」スカーレットは動転して余計なことを口走ってしまった。
 父がもう一度テラの頬を打った。「これは、嘘をついた罰だ」二度目はさっきより強かった。テラはよろけてひざをつき、頬から赤い筋がいくつも流れた。
 ドラグナ総督は満足げに後ろにさがると、手についた血を兵士の服でふき、スカーレットのほうを向いた。なぜか父の背がさっきまでより高く見える。自分がちぢんでしまったような気がする。目の前で妹がぶたれるのは、なによりつらい罰だった。
「二度とさからうな」
「もうしわけありません、お父さま。愚かなあやまちを犯しました」それは本心だった。ジュリアンに味見をさせたのは自分ではない。でも、また妹に痛い思いをさせてしまった。「もう二度としません」
「その言葉を忘れるな」総督は手袋をはめると、フロックコートのポケットから折りたたんだ手紙を出した。「おまえに渡すべきではないかもしれない。だが、これを読めば、失うものの大きさが覚悟できるだろう。結婚式は十日後、来週末、二十日だ。結婚までになにかことが起きたら、妹の顔から血が流れる程度ではすまないぞ」

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著者プロフィール

ステファニー・ガーバー(著)

北カリフォルニア育ち。私立大学で創作講座の講師をしながら本書『Caraval』を執筆し、デビュー。現在、シリーズ2作目を執筆中。

西本かおる(訳)
文芸翻訳家。東京外国語大学フランス語学科卒。主な訳書は、ダレン・シャン『やせっぽちの死刑執行人』(小学館)、サラ・ザール『ルーシー変奏曲』(小学館)、アン・M・マーティン『レイン 雨を抱きしめて』(小峰書店)、アレックス・シアラー『ガラスの封筒と海と』(共訳、求龍堂)。

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