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カラヴァル

ステファニー・ガーバー(著)

カラヴァル ブック・カバー
バックナンバー  12 

『カラヴァル 深紅色の少女』試し読み

2018.04.12 更新

トリスダ島

1章

手紙の返事が来るまでに七年かかった。

エランティン王朝五十年
カラヴァルのゲームマスターさまへ

 はじめまして。わたしはスカーレットです。この手紙は妹のテラのかわりに書いています。もうすぐテラの誕生日です。テラはすてきなカラヴァルのみなさんが島に来るのを心から願っています。テラの誕生日は、生育季三十七日です。カラヴァルのみなさんが来てくれたら、とてもとても楽しい誕生日になると思います。

属州トリスダ島のスカーレットより

エランティン王朝五十一年
カラヴァルのゲームマスターさまへ

 こんにちは。スカーレットです。去年送った手紙は届きましたか? 妹のテラは、もう小さな子どもじゃないから今年は誕生日パーティーなんかしなくていいと言っています。でもほんとは、去年カラヴァルがトリスダ島に来なかったから、すねているんだと思います。今年の生育季にテラは十歳、わたしは十一歳になります。テラは口には出さないけれど、今でもゲームマスターさまがカラヴァルのすばらしいメンバーといっしょに来てくださることを願っていると思います。

属州トリスダ島のスカーレットより

エランティン王朝五十二年
カラヴァルのゲームマスター、レジェンドさまへ

 これまでの手紙にきちんとお名前を書いていなかったこと、おわびします。そのせいでトリスダ島に来てくださらなかったわけではありませんよね。カラヴァルのみなさんに来てほしかったのは、妹の誕生日のためだけではありません。わたしもカラヴァルをみたくてたまらないんです。
短い手紙で失礼します。書いているところを父に見つかったら、しかられるので。

属州トリスダ島のスカーレットより

エランティン王朝五十二年
カラヴァルのゲームマスター、レジェンドさま

 噂を聞きました。亡くなった方のご冥福をお祈りします。レジェンドさまはトリスダ島にいらっしゃったことも、お返事をくださったこともありませんが、わたしは信じています。レジェンドさまは人を殺すような方ではありません。しばらく旅公演ができないと聞きました。とても残念です。

属州トリスダ島のスカーレットより

エランティン王朝五十五年
ゲームマスター、レジェンドさま

 わたしのことを覚えていらっしゃいますか? 属州トリスダ島のスカーレットです。久しぶりの手紙になってしまいました。カラヴァルがまた公演を始めたと聞きました。妹は、カラヴァルは同8じ町を二度は訪ねないと言っています。でも、カラヴァルがこの島に来たのは五十年前ですから、島のようすはすっかり変わりました。わたしは世界じゅうのだれよりも、カラヴァルをみたいと願っています。

スカーレットより

エランティン王朝五十六年
ゲームマスター、レジェンドさまへ

 カラヴァルが去年サザン帝国の都で公演をして、空の色を変えたと聞きました。本当ですか? その公演には、妹とふたり、なんとかして行こうとしました。でも、わたしたちはトリスダ島を出ることが許されていません。一生この属州の島から外には出られないのではないかと思うことがあります。だからこそ、カラヴァルがこの島に来るのを心待ちにしているのです。何度頼んでも無駄かもしれませんが、どうかこの島での公演を考えてみてください。

属州トリスダ島のスカーレットより

エランティン王朝五十七年
ゲームマスター、レジェンドさまへ

この手紙で最後になります。わたしはもうすぐ結婚することになりました。ですから、もうカラヴァルのみなさんにはこの島に来ていただかなくてもけっこうです。

スカーレット・ドラグナより

エランティン王朝五十七年
トリスダ島のスカーレット・ドラグナさまへ

ご結婚されるとのこと、おめでとうございます。あいにく今年は旅公演をしていないため、トリスダ島でのカラヴァルの公演はできません。次の公演はご招待のお客さまのみの特別公演ですが、もし島から出られれば、婚約者の方とごいっしょにいらしてください。贈り物として招待券を同封いたします。

カラヴァルのゲームマスター、レジェンドより

2章 

 スカーレットの心はいつもより色鮮やかに染まっていた。燃える石炭の激しい赤。新芽の力強い緑。はばたく鳥の荒々しい黄色。
 ついにレジェンドから返事が来た!
 手紙を読みかえした。もう一度。そして、もう一度。インクの鋭い線を、銀色の蝋に押されたカラヴァルの紋章の曲線を、一本ずつ目でなぞっていく。太陽の中に星があり、その中に涙のしずくが入った紋章。封筒に入っていた招待券にも、同じ紋章の透かし模様がついている。
 にせものなんかじゃない。
「ドナテラ!」スカーレットは階段をかけおりて、地下のラム酒の蔵に妹テラを探しにいった。いつもの糖蜜とオーク材のにおいが鼻にしみてくる。奔放な妹は見あたらない。「テラ、どこにいるの?」
オイルランプの琥珀色の光がラム酒の瓶や熟成中の樽を照らしている。奥に進もうとすると、うめくような声と荒い息づかいが聞こえてきた。テラは少し前に父に反発してひどく叱られてから、お酒を飲むことが多くなった。きっと酔って床で寝こんでいるのだろう。
「テラ――」途中で息をのんだ。
「こっちよ。スカー」テラがだらしない笑みを浮かべている。白い歯と、ふっくらした唇。はちみつ色の巻き毛はくしゃくしゃで、ショールが床に落ちている。
けれど、スカーレットがぎょっとしたのは、テラよりも、その腰に抱きついている若い船乗りのせいだった。
「あ、あの、お邪魔だった?」
「いや、ぜんぜんかまわないよ」船乗りが言った。陽気なサザン帝国のなまりだ。ここメリディアン帝国の鋭い調子の言葉よりずっとなめらかに響く。
 テラはくすくす笑ったけれど、少しは気まずいのか、ちょっと顔を赤らめている。「ジュリアンよ。知ってるよね?」
ジュリアンはほほえんだ。「はじめまして、スカーレット」夏季の木陰を切りとったような涼しげで魅惑的な笑みだ。
 まともに返事をしなくちゃと思っても、妹の青紫色のスカートに巻きついている腕から目を離せなかった。船乗りはずっとスカートの房飾りをいじっている。まるで贈り物のリボンをほどくのが待ちきれないように。
 ジュリアンは美しい顔と小麦色に輝く肌をもつ長身の船乗りで、一か月ほど前にトリスダ島にやってきた。颯爽と船からおりてきたときには、島じゅうの女たちの視線を引きつけた。スカーレットでさえ一瞬振りむいたけれど、真面目なスカーレットはすぐに目をそらした。
「テラ、ちょっと来てくれない?」スカーレットはジュリアンに軽く会釈すると、妹を声が届かないところまで引っぱっていった。
「テラ、なにしてたの?」
「スカーったら、もうすぐ結婚するんだから、こういうときなにするかくらい知ってるでしょ?」テラがからかうように肩をつつく。
「なに言ってるの。お父さまに見つかったら、どうなるかわかってるでしょ」
「見つかったりしないもーん」
「ふざけないで」
「ふざけてないよ。もし見つかったら、スカーのせいにしちゃえばいいんだから」テラはにやりと笑った。「だけど、そんな話をしにきたんじゃないでしょ」
テラはスカーレットがもっている手紙に目を向けた。ランプのぼんやりした光を受けて、手紙のふちの金箔が光っている。金色は魔法と願いの色。そして、未来のできごとを約束する色。封筒の文字も金色に光った。

 メリディアン帝国、属州トリスダ島
 告解部屋内
スカーレット・ドラグナさま

 輝く文字を見て、テラが真剣な目になった。テラは美しいものが大好きだ。たとえば樽の列の向こうで待っている若者もそのひとつ。スカーレットの部屋からなにかきれいなものがなくなったときは、たいてい妹の部屋で見つかる。
 けれど、テラは手紙に手を伸ばさなかった。悪魔からの手紙でも見るように、両手を引っこめたままたずねる。「また伯爵から?」
 婚約者を悪者扱いされるのには困ってしまう。妹はこの結婚にあからさまに反対している。メリディアン帝国では政略結婚なんてめずらしくないし、伯爵からは心のこもった手紙が何度も来ているのに、テラは会ったこともない人と結婚するなんてとんでもないという。でもスカーレットは、初対面の人と結婚することより、このトリスダ島にずっといることのほうが怖かった。
「ちがうの? じゃあ、だれから?」
 テラにきかれて、スカーレットは船乗りに聞こえないように声をひそめた。
「あのね、カラヴァルのゲームマスターから」
「えっ、返事が来たの? びっくり!」テラは手紙をひったくった。
「しーっ! 秘密よ」スカーレットは妹を樽に押しつけた。
「だって、すごいじゃない!」テラは封筒の中から三枚の招待券をとりだした。ランプの光に照らされて、透かし模様が手紙のふちと同じ金色に光ってから、ゆっくりと怪しい血の色に変わっていった。
「今の見た?」テラが息をのんだ。チケットに銀色の線が浮かびあがり、踊るようにゆっくり渦巻いて文字になっていく。
〈一名かぎり有効――属州トリスダ島のドナテラ・ドラグナさま〉
 もう一枚のチケットには、スカーレットの名前があらわれた。三枚目には名前はなく、〈一名かぎり有効〉とだけ書かれている。
公演場所は「ロス・スエニョス島」。聞いたことのない名前だった。
 名前のない招待券は婚約者のものだ。結婚相手といっしょにカラヴァルに参加できるなんて、なんてロマンティックなんだろう。
「見て。まだなにか書いてある!」テラが声をあげた。チケットに新たな文字があらわれる。
〈カラヴァルへのご入場は一度かぎり。メインゲートは、エランティン王朝五十七年、生育季十三日の真夜中に閉まります。遅れた方はゲームに参加できません。今年はゲームの勝者には、賞品として願いをひとつ叶えてさしあげます〉
「あと三日しかない」スカーレットはつぶやいた。さっきまで感じていた鮮やかな色彩が、いつもと同じ失望の灰色に変わっていく。カラヴァルに行けるなんて、ほんの一瞬でも思ったのがばかみたいだ。もし日付が三か月後だったら、ううん、三週間後でもいい。せめて結婚式のあとだったら――。お父さまは結婚式の日取りを明かしてくれないけれど、結婚式が三日以内ということはぜったいにない。結婚前に島を出るなんて無理。危険すぎる。
「でも、見てよ。今年の勝者は願いを叶えてもらえるんだって」テラははしゃぎながら言った。
「願いなんて信じないんじゃなかったの?」
「そっちこそ、もっと喜ぶかと思ってた。とりあいになって死者が出るような貴重なチケットなのに」
「だって、島から出ていかなきゃならないのよ。三日後に向こうに着くなんて、明日にでも出発しないと」もしいつかカラヴァルに行けるとしたら、結婚したあとだ。
「ねえ、どうしてあたしがこんなにわくわくしてると思う?」テラの目の輝きが増してきた。テラがうれしい気持ちになると、あたり全体がきらきら輝きだす。そんなとき、スカーレットもいっしょにはしゃぎたくなって、なんでも望みどおりにしてあげたくなる。けれど、スカーレットはゲームで願いが叶うなんていう幻想につられて危険をおかすほど幼くはなかった。
 妹の夢を奪うのはつらいけれど、ほかのだれかにひどく傷つけられるよりはましだ。スカーレットは声をとがらせた。「酔ってるんでしょ? 前にふたりでトリスダ島を出ようとしたとき、お父さまになにをされたか、忘れたの?」
 テラはびくっとした。いつも強気なふりをしているテラが、一瞬かよわい少女の顔になる。それでも、すぐにピンク色の唇をきゅっと結んだ。(続く)

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著者プロフィール

ステファニー・ガーバー(著)

北カリフォルニア育ち。私立大学で創作講座の講師をしながら本書『Caraval』を執筆し、デビュー。現在、シリーズ2作目を執筆中。

西本かおる(訳)
文芸翻訳家。東京外国語大学フランス語学科卒。主な訳書は、ダレン・シャン『やせっぽちの死刑執行人』(小学館)、サラ・ザール『ルーシー変奏曲』(小学館)、アン・M・マーティン『レイン 雨を抱きしめて』(小峰書店)、アレックス・シアラー『ガラスの封筒と海と』(共訳、求龍堂)。

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