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悪夢か現か幻か

堀真潮(ほりましお)

悪夢か現か幻か ブック・カバー
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第16回 呪いの家

2019.06.01 更新

 葬儀から帰ってきた母は、玄関に入った途端に泣き崩れた。
「やっぱり、あの家は変よ。この十年で三人も自殺するなんて、おかしいわよ」
 自殺が三件、未遂を入れると五件。それが全部同じ家で起きていた。それも主婦ばかり。
 母は、その三人目の自殺者の葬儀に行っていたのだった。

 死んだ三人目の主婦はカワダさんといった。
 カワダさんは二年前、例の家に都会から引っ越してきた。
 その家は、元々芸術家のアトリエで、ポツンと一軒だけ、町を見下ろす高台にあった。芸術家が市に売り、市は都会から田舎暮らしを求めて移住する人に安く貸すことにした。ただし、二年間は必ず住まなければならないという条件付きで、途中解約の場合は、かなりな額の違約金を市に払わなければならない。
 一人目は子供の頃のことなのでよく覚えていないが、このあたりではなかなかお目にかかれない綺麗な人だった。彼女は風呂場で首を括った。二人目はタカハシさんといって、子供を道連れに練炭自殺をしようとしたが、これは未遂。
 さすがに二度も続けて自殺騒動があったので、市はいったん家を取り壊してお祓いをし、新しい家を建てた。
 その新しい家で手首を切ったのがヨシカワさん。これも発見が早くて未遂。僕と同じ年の娘がいたが、彼女も途中から学校に来なくなっていた。
 次がオオサワさんで、これは飛び下り。
 市は、またお祓いをして、家も建て直した。今度は風水にもこだわった家にした。内装も明るくし、精神的な負担を減らす工夫が凝らされた。町の人はみんな羨ましがった。
 そこに越してきたのが、カワダさんだった。中学生の娘がいた。
 カワダさんのご主人は、三年という期限で、東京の銀行から、この町の企業に出向してきたのだった。
「新しく越してきた人に、あの家のことを話した方がいいのかしら」
 と母は言っていた。余計なことはするなと、父にたしなめられていたが、結局母を含め、昔からこの町に住む何人かで、カワダさんにあの家の話をしたらしい。
「信じられない!」
 帰ってきた母はプリプリと怒っていた。
「せっかく教えてあげたのに、カワダさんたらなんて言ったと思う? 気にしません、ですって。私達がお節介だったみたいじゃない。失礼しちゃうわ」
 母はそう言っていたが、母も他の人も都会から呪われた家に越してきた家族に興味津々で、早速、お茶会と称してカワダさんの家に乗り込んでいった。ところが、出された紅茶もお茶菓子のクッキーもまったく知らないメーカーのものだった、と母は言った。東京に一店舗しかない店のものだったそうだ。そんなものを出されてもね、と母は苦笑していた。
「もっといい物を使うように教えてあげた方がいいわよね」
 この町でのいい物とは、地元のスーパーで売っている一番高い物、という意味だ。
「お茶会はまたあるんだし」
 ところがカワダさんは、次からのお茶会には参加しないと言ってきたらしい。在宅で仕事をしているので、時間が作れないというのが理由だった。
 母達のヒソヒソ話にカワダさんの名前が頻繁に出はじめたのは、この頃だ。
 ある時、カワダさんの家に来客があった。東京時代の友人らしく、庭先でカワダさんがにこやかに出迎えているのを、近所の人が見ていた。
 噂はあっと言う間に広がった。
「私達とはお茶できないのに、こっそり客を呼んでいるなんて」
「在宅の仕事なんて噓なんじゃないの?」
「東京の友達って派手だったわよね」
「実は人に言えないような仕事をしているのかも」
 カワダさんは詮索されるのを嫌ってか、しつこく聞かれても、仕事の詳しい内容を話していなかったのだ。
「カワダさんはネットで危ない仕事をしている人」という憶測は、あっと言う間に事実として広まった。彼女達はカワダさんを無視する名目を作りあげた。
 ところが、お茶会に誘われなくても、挨拶をされなくても、カワダさんは一向に困る様子がなかった。カワダさんにとってはご近所の噂話に何時間も取られる方が問題だった。
「あの人、おかしいんじゃないかしら。私、怖いわ」
 母は恐ろしい犯罪者についてのように、カワダさんのことを話した。
「だって私達のお茶会には来ないし。だからってどこか別のグループに入っているわけじゃないし。おかしいわよ」
 父は取り合わなかったが、母の頭の中では「カワダさんはおかしい人」というのが出来上がってしまっていた。
 カワダさんはおかしい。カワダさんは普通じゃない。常識がない。危ない。
 カワダさんがゴミの日を間違えて、途中で気がついて持ち帰ったことがあった。
「カワダさんはゴミの日を守らない」「自宅にゴミを溜めている」
 お茶会は、その話題で持ちきりだ。そして彼女達はさも苦渋の決断のように言う。
「しかたがないわ。ルールが守れないようなら、カワダさんにはゴミステーションの使用を諦めてもらいましょう」
 それだけではなかった。
 町内会の連絡もカワダさんの家だけ外されていて、町会の出欠届が出ていなかった。町内会長は、連絡がなかったことを言い訳にするなとカワダさんに説教をした。まだ話があるから、今度連絡すると言って、帰り際にカワダさんの体を触った。後日、居酒屋に呼び出そうとしたが無視された。町内会長は、カワダさんが無礼だと、町中に触れて回った。
 カワダさんはこの事を市役所に相談した。
 だが、田舎なんてそんなものだからと相手にしてもらえなかったらしい。
 引っ越しも考えたようだ。けれど、夫の仕事はまだ途中で、今家を出れば違約金がかかる。
 カワダさんは三年の辛抱だからと、我慢することにした。
 町の人達は、そんなカワダさんをますます疎んじた。
「信じられない」
 母はカワダさんの話をする時、必ず最初にこの言葉を言う。
 三人家族なのにマヨネーズを二つ買っていたのも、地元の郵便局に行くのに化粧していたのも、ショッピングセンターのコーヒーショップで一人で本を読んでいたのも、全部「信じられない非常識な事」らしい。
 大人達がそういう状態だから、当然その子供達も真似をする。
 学校でカワダさんの娘が同じ目にあうのは、必然だった。
 無視や陰口。物が盗まれたり、水を掛けられたり。歩いている時に、おじさん連中に卑猥な言葉を投げかけられた事もあった。
 けれど気が強かったカワダさんの娘は、屈する事なく中学を卒業し、あっさり東京の大学付属の私立高校に進学して、寮に入ってしまった。
 カワダさんの娘は「逃げた」と言われた。
 カワダさんの家の壁には落書きがされるようになった。動物の死骸が玄関先に置かれていた事もある。石が投げ込まれてガラスが割れた。
 娘の同級生だった人達の仕業だったが、親達は何も言わなかった。
 耐えかねたカワダさんは改めて市役所に行った。市役所はまた適当にごまかそうとしたが、カワダさんはきっちり証拠も揃えていた。
 とりあえず市役所の担当者を交えて、町の人達と話し合いをすることになった。
 カワダさんは指定された時間に、町内会館へ行った。
 そこには男性しかいなかった。女性はカワダさん一人だった。
 中で何が起こったのかはわからない。
 町内会の出席者は「ルールに従ってもらえるよう、この町のやり方で説得しただけだ」と言い、女達はその話題が出ると、一度は表情を曇らせるが、すぐに互いの顔を見合わせてクスクス笑うのだった。

 その後すぐ、カワダさんは毒物を飲んで死んだ。

「綺麗な死に顔だったのよ」
 葬儀には町の人の大半が来ていたそうだ。棺の中の彼女を見て、号泣した人もいたらしい。
「みんな優しいから、自分に何かできることがあったんじゃないかって泣いてたわ。でも、悩みがあるようには見えなかったし、どうしても理由がわからない。オオサワさんや、ほら一人目の、名前を忘れたけど、あの人と同じ。本当に、なんでこんな事になったのかしら。やっぱりあの家は呪われているのよ」
 そう言って、母は涙をこぼし続けた。

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作品について

著者プロフィール

堀真潮(ほりましお)

作家。
2016年、「瓶の博物館」で第1回ショートショート大賞受賞、7,817編もの応募作の頂点に。同年12月、作品集『抱卵』で作家デビュー。

作品概要

ときに不思議で懐かしい、かと思えば恐ろしくて狂おしい──。
夢と現の境界を自由に往来する堀真潮ワールドにご案内。
夢と自覚できれば目覚めるけれど、もしどちらの世界かわからなくなってしまったら……。
さあ、どうなるかは読んでお確かめください。

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