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悪夢か現か幻か

堀真潮(ほりましお)

悪夢か現か幻か ブック・カバー
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第11回 公園の少女

2019.03.03 更新

 昼間、お墓参りに行ったときはさすがに暑かったが、夜になると熱気は鳴りを潜め、風にも涼しさが感じられるようになっていた。
「今日はお疲れ様でした」
 縁側でうちわを使いながらくつろいでいると、妻がビールと漬物を持ってきて隣に座った。
 乾杯して、二人でビールを飲みながら空を見上げると、都会とは比べものにならないほどの数の星が瞬いている。
 夏休みはいつも妻の実家に帰ることにしていた。車で高速を使って数時間。午前中に到着して、お墓参りに行く。
「理子(りこ)は?」
「すぐに寝たわ。さすがに疲れたんでしょ」
 娘の理子は五歳になったばかりだ。
「夕方おばあちゃんと買い物に行ったときに公園に寄ってきたらしいわ」
「はしゃぎすぎて熱でも出さなきゃいいなぁ」
「大丈夫よ。あの子幼稚園も皆勤賞だもの」
「丈夫に育ってくれてるのは何よりだ」
「元気良すぎて怪我の方が心配だわ」
 二人で顔を見合わせて笑い合う。こんなゆったりした時間は夏休みならではだ。
「毎年、一緒に来てくれてありがとう」
 不意に妻が言った。
「別に礼を言われるほどのことじゃないさ」
 実際、私の実家はいつでも行ける場所にあるし、長期の休みくらいは妻の実家に帰るのが当たり前だと思っていた。
「あのね。結婚する前に私の家族の話、したでしょう?」
「ああ、覚えてるよ」
 妻の母親はまだ妻が幼い頃に亡くなっていた。その後、父親は再婚し、弟が生まれた。しかし義母は妻も弟も分け隔てなく接し、妻も感謝していると言っていた。
 毎年実母のお墓参りに訪れる私達家族を快く迎えてくれ、理子のことも可愛がってくれる。
 言われなければ、妻と義母の間に血の繫がりがないと気づく人はいないだろう。そのくらい二人の笑顔は似ていたし、何より雰囲気が同じだった。
「それがどうかしたの?」
 珍しく妻がビールの缶を持ったままじっと俯いてしまったので、私は話を続けるように促した。
 妻は何か決心したように口を開いた。
「本当の母が亡くなったのは私が五歳のとき。直前まで元気だったのに、突然倒れてそれっきり。いわゆる心臓発作だったんだけど……」
 妻はそこで黙り込み、しばらく考え込んでからまた話を始めた。
「あのお寺の隣の公園、わかる?」
「わかるよ」
 妻の実家から少し歩いたところにお寺があり、その隣は小さな児童公園になっていて、いつも近所の子供達で賑わっていた。私も理子を連れて何回か行ったことがある。
「母とよく行ったわ。行けば顔見知りが誰かしらいて一緒に遊ぶんだけど、どういうわけだかその日は誰もいなかったの」
「公園?」
「母が亡くなる数日前だったと思う。いつものように公園に行ったの」
「うん」
「そしたらそこに知らない女の子が一人でいたのね。田舎の公園だし、昔のことだから一人で公園に来る子は珍しくなかった。約束しているわけじゃないけど、みんなが集まるのは公園って決まっていたの。都会育ちのあなたにはピンとこないかもしれないわね」
「そんなことないよ」
「とにかくその日はその子がいた。初めて見る子だったけど、私たちはすぐに一緒に遊び始めた。母はベンチに座って本を読んでいたわ。私とその子しかいないから、いつもは大きい子に占領されている遊具も使いたい放題。とても楽しかった。そう、楽しかったの。時間が経つのがあっという間だった。帰る時間になって、その子が家に来ないかと言ったわ。すぐ近くだからおいでって。最初は断ったの。もう帰る時間だからって。でもその子はなかなか諦めなかった。私ももうちょっと遊びたいと思っていた。だから本を読んでいる母のところに行って、その子の家に遊びに行っていいか聞いたの。ここから近いから、すぐ帰るから、お願いって。母はダメだって言ったわ。絶対ダメだって。その子は私の服を摑んで離さないし、母はダメだって言うし、どうしていいかわからなくて泣きそうになった。そしたら母がその子に向かって言ったの。この子はまだ小さいからあなたの家では遊べない。どうしても寂しいなら私が遊んであげるから連れて行くなら私にしなさいって。そしたらその子は私の服を離して、どこかへ行っちゃった。考えると変でしょう? 娘の代わりに母親が遊びに行くなんて」
「それって……」
「母が死んだのはそれからすぐ」
「まさか」
「私もそんなこと考えてもみなかったわ。母が突然亡くなったのは悲しかったけど、無い話じゃないし。第一、公園に行ったことなんてすっかり忘れていたのよ。でも急に思い出したの」
 声を詰まらせる妻の肩を私は摑んだ。なんだか嫌な予感がした。妻は一つ息を吐くと話を続けた。
「理子が、その女の子を、見たって……」
 私は声が出なかった。
「義母(はは)に、この子の家に行ってもいいかって。でも、義母にはその姿が見えなくて、急いで連れて帰って来たって言うんだけど……」
 私は肩を摑んだ手に力を込めた。
「な、何を考えているんだ! ダメだ、絶対にダメだ!」
「だって! じゃあ、どうすればいいのよ!」
 妻は私の手を振り払って立ち上がった。
「あなた。理子のこと、よろしくお願いします」
 私はどうして良いのかわからず、その場に固まってしまった。妻と娘、どちらも失いたくなかった。選ぶことなどできるわけがない。
「どうすればいいんだ」
 そんな頼りない私とは反対に妻は強かった。理子を守ることに迷いがない。
「離して。理子を守らなきゃ」
 そのときだった。
 すぐ外で激しいブレーキ音と人の叫び声がした。
 私と妻が飛び出すと、若い軽トラックの運転手がオロオロと助けを求めていて、近所の人たちもみんな出てきていた。
 轢かれたのは義母だった。
 こんな夜に一体どこへ出かけていたのか。答えはわかっている。
 泣き叫ぶ妻に、呆然と立ち尽くす義父と義弟。救急車とパトカーのサイレンの音。
 そんな中、妻と娘を失わずに済んだことに心底ホッとしていた私は、野次馬の中で微笑む少女の姿を見た。

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作品について

著者プロフィール

堀真潮(ほりましお)

作家。
2016年、「瓶の博物館」で第1回ショートショート大賞受賞、7,817編もの応募作の頂点に。同年12月、作品集『抱卵』で作家デビュー。

作品概要

ときに不思議で懐かしい、かと思えば恐ろしくて狂おしい──。
夢と現の境界を自由に往来する堀真潮ワールドにご案内。
夢と自覚できれば目覚めるけれど、もしどちらの世界かわからなくなってしまったら……。
さあ、どうなるかは読んでお確かめください。

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