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悪夢か現か幻か

堀真潮(ほりましお)

悪夢か現か幻か ブック・カバー
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第10回 苺狩り

2019.02.16 更新

 その日、苺農園にやって来たのは、若い男女の四人組だった。
「すみませーん。苺狩りがしたいんですけどー」
 その農園は国道沿いに並ぶ観光農園から少し離れた場所にあり、新種の多い穴場らしい。
「すみませーん」
 車を止め、何度か声をかけると、事務所から農園主らしい初老の男が顔を出した。
「はいはい、いらっしゃいませ。苺狩りですね。お一人様一時間二千円になります」
「ええっ! ちょっと高いな」
「うちはまだ市場に出回っていないような珍しい品種を出しているのでね」
 そう言うと農園主はプラスチックのケースに入れた試食用の苺を爪楊枝と一緒に出してきた。カットしてあったが、高級な果物屋さんで一粒ごとに包装されて売っているような苺と同じくらい大きく、中まで真っ赤だ。
「美味しい!」
 嚙むと甘酸っぱい果汁がたっぷりと溢れ出てくる。
「ねぇ、ちょっと高くてもいいじゃない」
 女達にねだられ、男達はそれに従うことになった。
 農園主は代金を受け取ると、引き換えに練乳の入った発泡スチロールの器を渡した。
「ではこちらのハウスへどうぞ。手前では白苺を始めとする最近人気の品種、奥では先ほど試食していただいたものを始め当園で開発した品種を楽しんでいただけます。お好みで練乳をどうぞ。ヘタは置いてあるバケツの中に捨ててください。それだけはお願いしますね。では行ってらっしゃいませ」
 四人はハウスの中へと入っていった。
「わあ、確かにすごいわ!」
 女の一人は白い苺を一粒取ると、先を一口だけ囓り、残りは置いてあった青いポリバケツの中に捨てた。
「私、一番美味しい所しか食べたくないのよね」
「食べ放題だもんね」
 白苺だけでなく、各レーン毎に珍しい苺が緑の葉の間からその愛らしい姿を覗かせている。 
 中には大人の手のひらくらい大きな物もあるが、やはり一番糖度が高いとされる先の部分だけを一口囓り、残りは捨てる。
 そんな調子なので熟した苺はあっという間になくなり、反対にポリバケツの中はほぼ丸ごと残った苺ですぐにいっぱいになった。
 もう摘める苺もないし、そろそろ次のハウスに移動しようかというときだ、女の一人がキャッと悲鳴を上げた。
「どうした?」
「今、足元を何かが通り過ぎていったの」
「ネズミじゃないか?」
「やだっ、やめてよ!」
 女は顔をしかめて言った。
「まぁまぁ。山の中だし、ビニールハウスとはいえ小さな生き物が紛れ込んでいたっておかしくないだろう。気にしないで、苺を食おうぜ」
 女はまだブツブツ言っていたが、仲間達に促されて一つ目と繫がっている次のハウスへと移った。 
 そこは試食のときに出された真っ赤な苺が数え切れないほどに成っていた。その大きさは子供の手のひらほどで、さっきはカットされていてわからなかったが、誰もが思い描く苺として完璧なフォルムをしていた。赤く艶やかで、文字通り食べる宝石と言って良い。
「すごーい!」
 四人はさっきよりも夢中になって食べた。
「こんなに美味しいのはじめて!」
「それにしても本当に珍しいものが多いな」
 男も積んだ苺の三分の一ほどをパクリと食べると、残りをポリバケツに投げ入れた。
 指先と口の周りを溢れ出る真っ赤な果汁でベトベトにしながら、彼らは先端を一口囓ってはまた次の苺を貪った。
「はぁ、もうお腹いっぱい」
 一つ目のハウスと同じく、あっという間に熟した実は取り尽くされ、ポリバケツは食べかけの赤い実で溢れた。
「まだ時間あるけど、もう出ましょうよ」
 四人はハウスの出口に向かったが、一つ目のハウスへと繫がる扉ががっちりと閉じられている。
「おーい! 出してくださーい!」
 声を限りに叫んだが、反応がない。
「おーい! 誰か!」
 まさか客を案内したまま忘れているのかと、四人は必死で扉を叩いた。だが簡素な作りに見えた扉は思いのほか頑丈で、ビクともしない。
「出せ! 出せって言ってんだよ!」
「駄目ですよ」
 不意に扉の向こうから農園主の声が聞こえ、皆ピタリと叫ぶのを止めた。
「どういう事ですか?」
「出してください」
 女の声は震えていた。
「いいえ、駄目です。あなた達の噂はこの辺りの農園には知れ渡っていますよ。先端だけ食べて、後は残して数を食い荒らす。うちの農園はそういう方達のためにあるのです。もちろんマナーの良い一般の方もいらっしゃいますが」
 そういえば、この場所を教えてくれたのは先週行った農園だった。
「あんな酷い食べ方をして、次にお客様を案内できるようになるまで何日かかると思っているんですか? 農園は大損害です」
「だって食べ放題なんだから好きに食べていいでしょう?」
 扉の向こうで農園主がため息をついたのが聞こえた。
「とにかくあなた達が苺にした事のツケは払ってもらいます」
「……いいさ、覚えていろ!」
 男の一人が扉を離れて、ビニールハウスの壁の方に向かった。
「どうするの?」
 女の一人が不安そうに聞く。
「ビニールハウスなんだから破って出ればいいんだよ」
「あ、そうか!」
 そう言った途端、ビニールを破ろうとした男がいきなり転んだ。
 見ると足元に緑の茎が巻きついている。
「ひっ!」
 男は悲鳴をあげた。
 それを聞いた農園主が解説を始める。
「普通に食べていればこんな事にはならなかったのですよ。苺はライナーという茎を伸ばした先に子株を作って増えるのですが、そこの新種は一定量以上に実を取られると、生命の危機を感じるのかもの凄い勢いでライナーを伸ばし、近くの生き物に根付いて肥料にして繁殖するのです。そういえば、どうしてこんな苺ができるのかとお訊ねになりましたね。その生命力こそがこの苺の大きさと甘さの秘密です」
 ハウスの中の苺がザワザワとざわめき出し、女達は泣き始めた。
 手首に足首に、伸びた苺の茎が巻きついている。いつの間にか地を這うように伸びたライナーから株が増え、四人を取り巻いていた。
「わあああ! 何かに嚙まれた!」
 男の一人が叫んだ。
「ああ。蛇苺を改良した品種も放してあります。それも生命力が強くて自分で蔓を伸ばし、環境の良いところを選んで移動します。さらに、天敵に対しては毒で攻撃します。棘に刺されると体が麻痺しますからお気をつけて」
 農園主は扉越しに中の様子を伺っていた。
 女の泣き叫ぶ声と男の喚く声がしばらくの間は聞こえていたが、断末魔の悲鳴の後には何事もなかったかのように静かになった。
 じっと扉に耳を当てていた農園主は満足そうに頷くと、その場を後にした。

 数日後、やってきたのは家族連れだった。
 幼い子供と一緒に苺狩りを楽しんだ後は、お土産用の苺を選んでいる。
 売り場には「売り上げの一部は苺農家支援のための共済基金になります」というポスターが貼ってあった。
「最近は本当に種類がいっぱいあって迷っちゃうわ」
 母親はどれもおいしそうな苺を前に決めかねているようだ。
「じゃあ、これなんかはどうです」 
 農場主は試食用の苺を出してきた。
「うちで作った新種です。今年は特に出来が良くて。見てください、中まで真っ赤でしょう?」
 爪楊枝と一緒に差し出す。カットされていてもなお十分な大きさの苺で、甘みもたっぷりだ。
「まぁ、すごい! どうやったらこんな苺が育つんですか?」
「そりゃあ、日光とちょうど良い水加減、それと栄養のある肥料ですかねぇ」
 農園主はニッコリと笑顔を作って答えた。

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作品について

著者プロフィール

堀真潮(ほりましお)

作家。
2016年、「瓶の博物館」で第1回ショートショート大賞受賞、7,817編もの応募作の頂点に。同年12月、作品集『抱卵』で作家デビュー。

作品概要

ときに不思議で懐かしい、かと思えば恐ろしくて狂おしい──。
夢と現の境界を自由に往来する堀真潮ワールドにご案内。
夢と自覚できれば目覚めるけれど、もしどちらの世界かわからなくなってしまったら……。
さあ、どうなるかは読んでお確かめください。

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