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悪夢か現か幻か

堀真潮(ほりましお)

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第7回 その年の年賀状

2019.01.01 更新

 実は私は肉が好きではありません。特に牛肉がダメなのです。
 神戸なら牛肉が美味しいでしょうって? ははは、確かにそうですが、そんなものは明石の鯛と同じで地元の庶民の口に入るものではありません。
 そもそも神戸牛と銘打ってはいますが、神戸で育てられているわけではないのですよ。
 実際に神戸で食用牛を育てている牧場を見たことがありますか? 言っておきますが六甲山にある牧場は観光用ですし、あそこで育てられているのは乳牛です。
 神戸牛というのは兵庫県内で育てられた但馬牛の中から、厳しい審査を受け、合格した牛肉だけに与えられる呼称なのです。
 私の友人の一人が、その畜産が盛んな土地にいます。
 彼は最初、中学の教師として赴任しました。
 神戸からさほど遠くない場所でありながら、のんびりとした田舎といった風情で、町中みんなが顔見知りのような所だと友人は言っていました。
 そんな調子だから、本来なら教師として望ましくないことですが、友人は町の人々とかなり親しくなっていたようです。
 その中に、今では友人の義父となった人がいました。大きな畜産農場の経営者で、町の名士でした。その人が友人を大層気に入り、うちの家に入って牧場を継いでくれないかと言ってきたそうです。
「うちの娘はそりゃあ器量良しでね」
 宴会の席で友人に酒を勧めながら切り出してきました。
「生まれたときからこの娘は他の子とは違うって思っていましてね、それはもう大事に大事に、手塩にかけて育てました」
 赤い顔で酒を注いでは、延々と娘の自慢話を続けました。
「見た目の良さはコンテストで優勝したこともあるくらいなんですが、それだけじゃあない。もの静かで優しくて、こんな気立ての良い娘は他にいないよ」
 周りの人達も盛んに「良い娘だ、良い娘だ」と言うので、友人もついその気になったのでしょう。その年のうちに教師を辞めて、その家に入ってしまいました。
 畜産農家の経営は順調に引き継いだようですが、子供と奥さんを続けて亡くし、私生活の方が色々大変だというのは、当時風の噂で聞いていました。  
 お子さんは元々病気だったとかで、生まれて数日で亡くなったそうです。それがこたえたのでしょう、奥さんも続けて体調を崩したと……。
その翌年に彼から送られてきた年賀状、ではないですね、寒中見舞いでしょうか。いやそれも違うでしょう。何と言ったらいいのかわかりませんが、とにかく正月すぐに彼から一枚のハガキが送られてきました。 
 それを見たときの衝撃は今でも忘れられません。
 家族写真でした。
 子供が生まれてすぐに記念として撮った写真だったのでしょう。赤ん坊の母親と並んで、生まれたばかりの我が子を抱いた友人が微笑んでいました。
 あなたは件(くだん)というものをご存知ですか?
 牛から生まれ人語を話し、重大な予言を残して数日で死ぬと言われる半人半牛の怪物で、絵姿は厄除けの護符になると言われています。
 そのハガキが届いた数日後のことです。
 あの地震が起こりました。
 瓦礫の山と化した神戸の街を見ながら、私は天変地異の威力に慄きました。関西では地震は起こらないと皆が思っていた頃のことです。誰も何も、心の準備さえしていませんでした。
 このあたりも、建物は全壊か半壊という被害の大きい地域だったのですが、友人の送ってくれた写真のおかげか、私の家はいくつかの食器が割れただけで済みました。
 しかし本来なら感謝すべきところでしょうが、私は友人に対して恐怖を感じてしまったのです。
 とりあえず無事だったという報告とお礼をして、それからは疎遠になっていたのですが……今年また年賀状が届いたのです。
 どうやら友人は新たな人生を歩み始めたようです。
 たとえどんな人生だろうと彼の人生です。幸せに過ごしているのなら私が口を出すことではありません。
 しかし、見てください。

 そう言って彼は一枚の年賀状を私に見せてくれた。
 そこには年始の挨拶と写真──彼の友人と思しき微笑む男と優しげな目をした真っ黒な牛が並んで写っている。
 そして「近々家族が増える予定です」という手書きの文字。
 私は驚いて、写真と彼の顔を何度も見比べた。
「そうなんです」
 彼はため息をついた。
「あれから全く音沙汰なしだったのに……生まれてくる子供は母親似か、父親似か、それとも……」
 そう言って私に家庭用シェルターのパンフレットをそっと差し出してきた。
「あなたも考えておいた方がいいですよ」

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作品について

著者プロフィール

堀真潮(ほりましお)

作家。
2016年、「瓶の博物館」で第1回ショートショート大賞受賞、7,817編もの応募作の頂点に。同年12月、作品集『抱卵』で作家デビュー。

作品概要

ときに不思議で懐かしい、かと思えば恐ろしくて狂おしい──。
夢と現の境界を自由に往来する堀真潮ワールドにご案内。
夢と自覚できれば目覚めるけれど、もしどちらの世界かわからなくなってしまったら……。
さあ、どうなるかは読んでお確かめください。

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