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悪夢か現か幻か

堀真潮(ほりましお)

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第6回 沈まぬ死体 

2018.12.15 更新

 俺はついに人を殺した。
 詳細な理由は省くが、とにかくこいつが大嫌いで何とか存在を消してやりたいと思っていたから、凶器の入手方法から死体を遺棄する場所まで、下見とシミュレーションを幾度も繰り返し、完璧な計画を練り上げ、そして実行した。
 ここまでは順調。
 あとは足がつかないよう、用意した毛布でぐるぐる巻きにした死体と凶器の包丁を、あらかじめ調べておいた、死体を捨てるのに最適な池に放り込めば、明日からは晴れ晴れとした毎日が待っている。
 はずだったのに……。
「なぜだ?」
 死体が水底に沈んでくれない。
 この計画で最難関と思われた、死体を誰にも見られる事なく車のトランクに運び入れる行程は無事にクリアした。ドラマにありがちな突然の検問どころか渋滞にも巻き込まれず、ここまで快適に夜のドライブを楽しんだ。車を停めた場所から池までの暗い山道を一人で死体を運ぶのは骨が折れたが、とりあえず人目を気にしなくていいし、あと一息だと思えば頑張れた。先に凶器を池に放り込んだが、丁寧に指紋を拭き取った包丁は、きれいな波紋を残しておとなしく沈んでいった。
 なのに肝心の死体が沈まない。
 人通りもなければ明かりもない山中、懐中電灯に照らされたぼんやりとした光の中に、薄茶色の毛布に包まれ縄で縛られた塊がぽかんと浮いたままになっている。
 近くに落ちていた棒で死体をつついてみた。
 毛布は十分に水を吸っている。本当ならその重みでズブズブと沈んでいるはずだ。
 試しに更に何度かつついてみたが、ゆらゆらと揺れるばかりで沈んでいく様子はない。
「どういう事だ」
 幸いまだ朝までには時間がある。万が一に備えて工具一式を車に積んできたのは正解だった。
 どうにかこうにか、一度落とした死体を引っ張りあげた。
 もう一度棒でつついたり、足で踏んでみたりしたが、特に変わった所はない。
 最初に落とした場所から少し移動し、改めて死体を落とした。さっきより勢いよく落としたせいか、バシャンという派手な水音がして思わず辺りを見回したが、他に人影が見えるはずもなく、ホッとした。だが水しぶきが水面に落ち切っても死体は相変わらずそこにある。
 淀んだ水面に、ロープで縛られた茶色い毛布の塊がそのままになっている。
 なぜだ? なぜ沈まない? 
 幸い、池の上に突き出した桟橋に管理用の小さなボートが繫がれたままになっている。余談になるが、死体遺棄にこの池を選んだのは、このボートの存在が大きい。何かあった場合に使えると思ったからだ。だからこそ、死体遺棄に最適な池、なのである。
 もう一度えっちらおっちら死体を引き上げ、更に水を吸った毛布でより重くなった死体を、半ば転がしながらボートまで運んでいってなんとか乗せると、懐中電灯の明かりだけを頼りに池へと漕ぎ出した。
「この辺りなら大丈夫か」
 場所はちょうど池の真ん中辺り。
 真っ暗で不気味といえば不気味だが、今はそれを気にしている場合ではない。
 わずかに照らされた水面に向けて、死体を投げ捨てた。
「噓だろ……」
 池のど真ん中だというのに死体が沈まない。
 暗い水面に変わらぬ状態でジッとそこにあり続ける毛布が、急に恐ろしい何かに見えてきて、背中がじっとりと汗ばんできた。
「くそっ!」
 死んだこいつがどういうつもりなのかは知らないが、負けるつもりは毛頭ない。俺はもう一度こいつを引き上げると、大急ぎで岸へと戻った。
「チッ。死んでもしぶといな。どこまでも俺の邪魔をするつもりだろうが、そうは行くか」
 結んだロープを解き、濡れた毛布を開く。中はやっぱりあいつの死体だ。変わったところといえば、殺した直後より目が濁り、肌が白くなっている事と、髪が濡れてその肌にひっついていることくらいだ。 
 だが、沈まない。
「ちきしょう、ちきしょう」
 一人ぶつぶつ言いながら、できるだけ大きい石をいくつも拾ってきて、死体と一緒に毛布で包み直した。石はゴロゴロして毛布も縄も濡れているから、最初の時より包みにくい。しかも動かそうとすると格段に重い。
 いつの間にか俺は落ち葉と泥と汗にまみれていた。
 こんなはずじゃなかった。
 息を切らしながら再び死体をボートに乗せ、池の真ん中に向かった。
「いい加減、諦めてあの世へ行けよ」
 フゥと一度深呼吸をして、ボートのへりから転がすようにして死体を落とす。勢いでボートが大きく傾き、その拍子に入ってきた水で、ズボンが気持ち悪く濡れた。
「……どうしてだ」
 死体は沈まなかった。
 確かにさっきよりは深く水に浸かっているが、明らかに水面からはみ出している。こんなに丸見えでは意味がない。
「どうしてだ! どうしてだ!」
 浮かんできた恐ろしい考えを必死で振り払いながら考えた。
 池に捨てられないならどうすればいい? 穴を掘って埋めるか? だが大きなスコップは持ってきていない。どちらにしろ大人の男一人を埋められるだけの穴を掘る時間はない。もうすぐ夜が明けてしまう。九時には何食わぬ顔で会社のデスクに座っていなければならないのに。
「……サイアクだ」
 なぜ、どうして! こいつはどこまで俺の邪魔をするつもりなんだ!

 だが、沈まない死体の謎はじきに解けた。
 きっかけは池の水を抜くテレビ番組だ。人気のせいか、今では似たような企画をどこでもやるようになった。その流れで、俺が死体遺棄に失敗した数日後、あの池の水が抜かれた。
 するとどうだろう。白骨化して水草が生えたものから未だ原型を止める最近のものまで、捨てられた死体でいっぱいだったのだ。
 考えることはみんな一緒らしい。
 俺の調査でもあの池は死体遺棄に最適な池だった。当然みんなが死体を捨てにくる。やがて池の水面ギリギリまでいっぱいになり、小さな凶器はなんとか隙間に沈み込んだものの、新たな死体が入るスペースはなかったというわけだ。
「あーはっはっは」
 あまりにもくだらないオチに、俺は番組を見ながら涙が出るほど笑い続けた。
 こいつが沈まなかったのは祟りでも怨念でもなかったのだ。たとえ一瞬でもそんなモノを信じそうになった自分が可笑しくて仕方がなかった。
「あーあ、なんだ。こんな大変な事をしなくても、やっぱり場所を変えて丸ごと捨てればよかったんじゃないか」 
 俺は風呂場のドアを開けた。
「やっぱりお前は本当に嫌な奴だ」
 浴槽には捨てそこなった死体が隠してある。
 俺は腹立ち紛れに掃除用のブラシでそいつを冷却用の水の中へ押し込もうとした。
 だが沈まない。
 時間が経ってガスが溜まった死体は、沈むどころか浴槽からはみ出さんばかりに膨らんでいた。

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作品について

著者プロフィール

堀真潮(ほりましお)

作家。
2016年、「瓶の博物館」で第1回ショートショート大賞受賞、7,817編もの応募作の頂点に。同年12月、作品集『抱卵』で作家デビュー。

作品概要

ときに不思議で懐かしい、かと思えば恐ろしくて狂おしい──。
夢と現の境界を自由に往来する堀真潮ワールドにご案内。
夢と自覚できれば目覚めるけれど、もしどちらの世界かわからなくなってしまったら……。
さあ、どうなるかは読んでお確かめください。

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